観る体験から、居る体験へ|MacFan

アラカルト Dialogue with the Gifted 言葉の処方箋

観る体験から、居る体験へ

バズワードにもなっている「メタバース」という概念の登場や、「プレイステーション(PlayStation)VR2」の発表などがあり、VR(仮想現実)業界が再び盛り上がりを見せています。端末の軽量化や5Gの実装に伴い、今後はより高解像度の触覚等を含むさまざまな情報の転送が実現されるでしょう。今回は、来る5G・メタバース時代に向けて、VRの持つ可能性を「学習」という視点から考察したいと思います。

「当事者意識が低い」「もっと当事者意識を持ってほしい」といった発言を、患者会やさまざまな支援者団体等の勉強会で耳にします。たしかに当事者意識を持つことは、社会の課題を自分ごととして考え、議論して課題の解決を進めるうえでとても重要です。一方で、具体的に当事者意識を高めるための研修や学習法が確立されていないのも事実。そのような現状に対して、VRによる学習が当事者意識を高めるための有効な手段だと感じた一例として、サービスつき高齢者向け住宅「銀木犀」を運営する株式会社シルバーウッドのVRサービスを紹介します。

同社の「VR ダイバーシティ&インクルージョン」(A https://angleshift.jp/diversity/)は、VRを活用することで、チームの多様な立場を“一人称”で体験できるプログラム。ワークショップを通じて、今まで他人事だった「ダイバーシティ&インクルージョン(性別や年齢、国籍、障害などの違いを認め合い、活かすこと)」を自分事と捉え、個々の多様な側面や視点をチームパフォーマンスへつなげる職場を目指すものです。

また同社はVRを活用して認知症の中核症状を一人称で体験するサービス「VR認知症」も展開。本サービスは、先述の「銀木犀」に入居する認知症がある方との暮らしから着想を得ているそうです。シルバーウッドはサービス群のコンセプトに関して、以下のように言及しています(同社公式サイトより抜粋)。

「認知症を『学ぶ』のではなくVRを活用した一人称『体験』を通じて理解を深めるコンテンツとして誕生し、今では認知症のみならず『他人事でみていたことも“一人称”で体験するとちがって見えるはず』というコンセプトのもと、他者のさまざまな視点を体験するコンテンツを展開しています」

本サービスが「体験を提供すること」を強調するように、昨今のVRは実際にその空間に居るような感覚を与え、一人称の視点で他人の生活を追体験することが可能です。「自分の体験以上のことを認知するのは難しい」と言われますが、VRによる体感型の学習は、認知できないことに由来する無意識の偏見や心理的バリアなど体感し、相互理解を深める一助となり得るかもしれません。

私自身、学生時代にはじめて買った電化製品がプロジェクタだったほど、日々の生活に体感や没入感を重要視して生きてきました。今後のVRの進化には、1人の社会医としても、映画やゲーム好きな個人としても、目が離せません。

 

来るべき未来に向けて、準備体操を始めよう。

 

 

Taku Miyake

医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。