その男の奏でる音は、万民を癒した。
常夏の小さな島に生まれ、その島だけに伝わる小さな笛を吹く男は、観光資源の手付かずの自然が災いしてホテルすらないその島に、クルーザーの故障で訪れた金持ちと会ったことで運命が変わった。偶然とはいつもそういうもの。
金持ちは笛の音を録音して、その音を自宅で行ったパーティーのBGMにした。
そのパーティーに出ていた音楽プロデューサーは、すぐに常夏の小さな島に向かった。
男は、聞いた通りの場所で、聞いた通りに笛を吹いていた……
島から出たことがない、という男を説得し、自然がないことが自然となりつつある大都会に連れて行き、笛の音を録音し、それを世界中で売った。
口コミで売れ出した矢先、映画の町で撮られた大ヒット映画の中でBGMとして使用され、爆発的な売り上げを記録した。
レコーディングが終わり、島に帰っていた男が世界中で自分の音楽が飛び回っていることを知るのは、島に凄まじい量の資材が届き、自分の名前が付いた録音スタジオが島に建つと知った時だった。
男の収入は激増した。その島の人間全ての年収を合計した額の何百倍の収入が彼の懐に入る計算になった。
残念なことに、その島には銀行がなくお金を降ろすことができなかったが、島は原則として物々交換なので、男は毎日漁に出ては、最小限の魚を何かと交換する生活を続けていた。
男に大きな転機が訪れたのは、島のスタジオに録音に来たミュージシャンが何もない島に退屈し、草ゴルフを始めた時だった。
男は、スタジオにも、他の人の音楽にも全く興味がなかったが、草ゴルフを一目見て興味を持ち、試しにやってみて虜になった。
男は、本物のゴルフをしに、再び大きな国を訪れた。
草ゴルフに端を発した男のゴルフは、急速に上達し、島に訪れるミュージシャンなど相手にならないほどになっていた。
「本当のゴルフなら負けないけどさ」
負け惜しみをいう敗者に対する挑戦でもあった。