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ゴルフのおかげで、旅、友、嬉し涙 二の旅 探訪 ~いた!ピーター・ヘイがトイレに~

【第3回】カナナスキスで「セ・シ・ボ・ン」 ~カナダ~

2017.04.04 | 鈴木康之

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 カナダ西部のゴルフコースはどこも絵はがきそのままの美しさで予想どおりだったが、予想外だったのは美味この上ない食事である。

 バンクーバーの中華が美味しかったのは、中国返還直前の香港から腕のいい料理人たちが移ってきたためだった。現地の人の話では、香港の名料理人十指のうちの8人が来たということだ。その数の信憑性はともかく、バンクーバーの中華飯店間でたいへんな味競争が始まっていることは間違いないようだった。

 ウィスラーの奥の村、ペンバートンにあるビッグスカイ・ゴルフのクラブサンドは頰張って嚙み出した瞬間、顔つきが変わった。嚙みくだくほどに、絶賛の声をあげたくなった。ウィスラーの町のパスタやサラダ、バンフスプリングスのアルバータ牛の焼き肉、それにスーパーマーケットで買う冷えたパンまでが「なんで」と思うほど美味かった。それぞれに深い旨味があった。

 なんでこんなにと不思議がったのは生半可な知識のせいである。カナダは東部フランス圏と西部イギリス圏の、複言語、複文化を抱えている。フランス文化圏のほうならともかく、イギリス文化圏である西部の食べ物が、なんでこんなに美味く調理されているのか、イギリス人は怒るだろうが、意外であった。

 きれいの一語に尽きるバンフからカルガリーへ下る途中、リゾート地カナナスキスに立ち寄った。ロッキー山脈アルバータ州の懐にあって、2002年にサミットが開かれたカナダの景勝地である。ここに、名匠ロバート・T・ジョーンズが「これほどゴルフコースにふさわしいロケーションに出会ったことがない」と最上級の気に入りようで設計したコースである、とコースガイドに書いてある。ここを訪れた者は誰しもがのみ込まれるパノラマだ。Mt.ロレッテ・コースとMt.キッド・コース36ホールが岩壁と渓流に沿って展開している。私たちはMt.ロレッテ・コースを回ったが、確かに美しさと爽快感には最上級のほめ言葉を差し上げてもいいコースだった。もっともカナダのコースはみんなそうだが。

 キャディマスターがMt.ロレッテの1番ティを指さし、あの2人と回るようにと言った。出会いの挨拶をし、握手して、自分のファーストネームを言えば、それでオーライだ。ところが、2人は英語ではなかった。ヌヌレレドゥドゥシオン……鼻音で跳ね上がるフランス語だった。東部のケベックからバカンスに来たベルナールと大学生の息子ジャン。列車の旅で来たと言っていた。日本に帰って調べてみたら片道2500キロをはるかに超える長旅だ。

 

 

 ベルナールはまあまあだが、ジャンの球は左右に飛び散り大忙し。こちら夫婦も壮大な借景とコースの迫力に呑み込まれて、力が空回り。最初の数ホールは会話どころではなく、それぞれの打順を笑顔で譲り譲られながらのプレーだった。

 やがて少しずつ会話の時間が持てるようになってきたが、フランス語など35年近く前の大学の語学でかじっただけ。とっさに口に出るフランス語は10個もない。

 ベルナールがティショットを快打した時「セ・シ・ボン」と言ってみた。ジャンのアプローチがまぐれで寄った時「トレ・ビァン」と言ってみた。2人とも目を輝かせて喜んでくれて、ヌヌレレドゥドゥニョンパ、ドゥドゥパシオンシオンと……鼻音で跳ね上げて何やら話してきたが、なにしろチンプンカンプンだ。それでも笑顔を交わして友情が芽生え、クラブハウスでランチをともにするまでの仲良しになった。ゴルフクラブと笑顔さえあれば、世界中、何語の国でも旅ができる。この時もそれを痛感したものである。

 ランチをとりながら、自分でも呆れるほどのぐちゃぐちゃの英語で「カナダの東と西ではどっちのほうが味覚がよろしいか」と尋ねた。かろうじて通じた。「もちろん東だ」とフランス文化圏人は言ってから、こう続けた。「しかし、こちらのも美味い。オールドイングランドの子孫たちがオールドフレンチの子孫たちに負けたくないので、頑張った」というような答えだった。

 別れしなは「アディユー(さよなら)」ではなく「オー・ルボワール(またね)」だ。知っているフランス語は全部使い果たした。

 

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