【第4回】三年坂(2)
唯、こんなことがありました。ある雨あがりの夜でしたが、練習が終わって坂下のわが家へ薄暗い商店街をぶらぶら戻っていくと、後ろから「おい、○○君」と声をかけられたのです。びっくりしてふり向くと、泥でよごれた格好の先生が、忘れ物の傘を差し出しながら自転車を支えて立っていらっしゃるのです。「すいません。――どうされましたか」とうかがうと、「すべっちゃってね」とばつが悪そうにおっしゃられ、ひどく恐縮したことを覚えています。濡れたマンホールに車輪をとられたのでしょうか。なんとも思いやりのある先生でした。