【第1回】その1 | マイナビブックス

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狸のムコ入り 上演台本

【第1回】その1

2016.08.03 | 鈴木雄太

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その1

 

イメージ的には東京都杉並区(それも荻窪付近)にありそうな松坂家

この家の主である、お父さん・松坂健雄(見た目50歳くらい)と

近所の酒屋の婆さん(見た目85歳ほど)がお喋りしている

足元にビールケース

お父さんは爪きったり新聞みたり、平和的な事しながらの片手間に話している

 

お父さん   そうかぁ、廃業かぁ……まあでもそれは仕方ないよね。

酒屋の婆さん 酒屋だけでやっていくのは今もう楽じゃないだろってんで、まあ少しでも楽になればと始めたんですがねぇ……

お父さん   逆に楽じゃなかった。

酒屋の婆さん 甘くなったですね、お寿司屋さんやるのは。

お父さん   全然してないんだもんね、修行とか。

酒屋の婆さん はい、全く。ド素人です。

お父さん   それはやっぱり無理だよ。正直マズいマズいって評判だったもん。

酒屋の婆さん ……やっぱりマズかったですか。

お父さん   いやオレ食った事ない。マズいって評判だったから。

酒屋の婆さん ハァァ~(ため息)、なにがいけなかったかなぁ。

お父さん   いや、むしろなんでそこイケると思っちゃったのか逆に聞きたいよ、俺。うん。

酒屋の婆さん 私も今より2歳ばかし若かったですからね。「いたり」ってやつです。

お父さん   (婆さんを改めて見つめ)……そうね、まあ2歳は大きいよね。

 

改めて確認するが、酒屋の婆さんの見た目は85歳ほど

 

酒屋の婆さん 教科書通りコンビニにしておけば今頃ねぇ。

酒屋の娘(声) おばあちゃ~ん!

 

酒屋の娘、くる

 

酒屋の娘   もう!心配するじゃない。ビールケース回収しに出てった切り4時間も何やってたわけ!?(どこかでチラッとお父さんに会釈)。

酒屋の婆さん あらもうそんな経った!?ついつい話し込んじゃった。

お父さん   寿司屋廃業の話、今ので68まわり目だったからね。

酒屋の娘   すみませんホントに。

酒屋の婆さん 松坂さんと話してるとなんか死んだ爺さんを思い出してねぇ。

お父さん   そんな所とダブらされていたのか。

酒屋の娘   ハイ、帰るよ。ケバブの移動車販売についての説明の人だってさっきからずっと待ってるんだから。

酒屋の婆さん あぁ!しまった!今日か!

お父さん   ケバブ?

酒屋の娘   寿司屋ダメだったんで、新事業に着手するんです。

お父さん   いやもう大人しくコンビニでいいじゃん!なんでそこ導かれちゃうかなあ、ケバブに。

酒屋の婆さん (軽々とビールケースを持ち上げ)チャレンジイズマイライフ!

お父さん   大体そもそもあれって基本、現地の人らしき外国の人が売ってるイメージじゃない。日本人が売ってるのってあんまり……

酒屋の娘   はい、だからお婆ちゃん……アタシにもトルコ人とのお見合いを強要してくるんです。

お父さん   ケバブに命懸けじゃないか。

酒屋の婆さん まあどうせすぐ潰れるからね、そしたら別れりゃいいのよ。

お父さん   だったら始めなきゃいいじゃないか。

酒屋の婆さん ま、コンビニにしようがケバブ売ろうが、この娘が良いお婿さんでも連れて来てくれない限り、結局ウチは近い将来全部廃業ですけどね。よっ!(軽々とビールケースを持ち換え)じゃ、毎度!

 

酒屋の婆さん、揚々と出ていく

 

酒屋の娘   結婚相手くらい本人の好きに選ばせろって感じですよね。そう思いません?

お父さん   え?そうねえ、うん、まあそうね。……色んな考え方があっていいんじゃないかな!ハハハハハ。

酒屋の娘   いいなあ、松坂さん家は理解ありそうで。(お父さんにペコリと一礼して)それじゃ。

 

酒屋の娘、出ていく

顔をのぞかせる松坂家の次女・弥生(妹)

 

妹      「理解ありそう」ねえ……。

お父さん   ……なんだよ。

 

別空間

泣きながら走り込んでくる一人の男、それを追う一人の女

女は松坂家の長女・葉月(お姉ちゃん)、男はその婚約者

 

婚約者    (号泣)ハアアアアアアアアン!

お姉ちゃん  落ち着いて!大丈夫だから!どうってことないってあんなの!

婚約者    僕は最低だ!俺は最低だ!よって私は最低だ!

お姉ちゃん  わかる、わかるよ。こういう時ってなぜか色々な一人称使いたくなるよね。

 

松坂家

 

お父さん   言っとくけどな、別にお父さんが頑固オヤジぶりを発揮してどうこうってわけじゃないぞ。むしろスッキリ認めさせてもらえなかったって意味ではこっちだって被害者だよ。

 

今後、別空間と松坂家、同時進行(父・妹=松坂家、姉、婚約者=別空間)

 

婚約者    なぐさめはよしてくれ!……最低だ。最低のゴミクズ野郎だ僕は俺は私は!お義父さんに完全に嫌われてしまった。

お姉ちゃん  そんな事ないって!

婚約者    ある!

お姉ちゃん  まあ確かに嫌われたかもしれないけどさ。

婚約者    ……やっぱ嫌われてたんだ。

お姉ちゃん  かもね!かも!(100人中5人くらいわかるレベルでさりげなく鴨のマネをして下さい)……大体さ、お父さんに嫌われたとしたって結婚するのアタシとだよ?そのアタシが良いって言ってるんだからさ、お父さんに嫌われたってどんとこいよ!

妹      まあ確かに色々あったけどさ……約束の時間に遅れたのだってホラ、緊張してお腹が痛くなっちゃったって理由がちゃんとあったわけでしょ?

婚約者    (自嘲気味に)……フッ、お腹が痛くなっちゃって遅刻ったってさ……

お父さん   限度ってもんがある。お昼の約束が、結局きたのがまさかの夜9時過ぎだぞ。

婚約者    都合約9時間も緊張のあまりトイレから出られなかったんだ僕は!いる!?そんな奴いる!?いるんなら是非とも会ってみたいよ。アッハッハッハッハッハ!(笑い終わると同時にズーンと落ちる)

妹      まあまあ来ただけでも偉いじゃん、アタシ絶対もう来ないと思ったもん。てかアタシだったら行かない。

お父さん   100歩譲ってそこはまだいいよ。

婚約者    お義父さんが100歩譲ってそこ許してくれたとしてもさ。

妹      まあ、お姉ちゃんの名前いきなり間違えたのにはさすがにビックリしたけどね。

婚約者    やってしまったぁ!

お姉ちゃん  ……うん、アタシの名前を間違えられたのは、アタシもチョットあれだった。

お父さん   「純子さんとお付き合いさせて頂いている者です」誰だよ!純子さん、誰だよ!

婚約者    誰なんだ!誰なんだ純子さん!僕が1番聞きたいよ!携帯のメモリ全て調べたけど僕の知り合いに純子さん一人もいなかったのに!

お姉ちゃん  緊張してたんだよ!なんで緊張してそうなんだよ!って思うけどきっと緊張してたからだよ!

妹      でもさ、お父さんがお母さんの実家行った時はどうだったの?緊張しなかったの。同じ男としてさ、その辺の気持ち……

お父さん   もちろんわかる。お父さんもお母さんの実家でお母さんの名前間違えた。

妹      良くあることなのそれ!

お父さん   だから少しでもリラックスになればとアルコールを勧めたんじゃないか。

婚約者    ……そこで僕はヘドロのように泥酔した。

お父さん   そうだ、最も許せないのはその後だ。

 

お父さん、写真を一枚取り出す

 

お父さん   母さんが○年前に他界したって話、聞いた事ないわけがないだろうに。

お姉ちゃん  ……あれはチョットまずかったかもね。お父さん、まだお母さんの写真、肌身離さず持ってるような人だから。

妹      ホントに見えたのかもしれないじゃん、お母さんの事。今後あの人の体にお母さん降りてくるような事とかまであればさ、そしたらお父さん、彼を通してまたお父さんもお母さんとコミュニケーションとれるかもしれないよ。

 

(※この辺のどこか良いタイミングでお母さんを出して絡ませたい)

 

お父さん   降りてくるってイタコか!だとしてもなんでアイツに膝枕で耳掃除してもらったりしなきゃならないんだ。

妹      1番にうかぶコミュニケーションそれ!?

お父さん   ……忘れもしないよあの一連のセリフは「あれ?もしかしてお母さん?あーどうもはじめまして。どうですか一杯。え?死んでるから飲めない?じゃあ今日はあの世からわざわざ?あーそりゃどうもすみません。じゃあまあ一杯、だから飲めないだっつーの」こんな面白くもない一人漫才みたいなの忘れられなくしやがって!

婚約者    ……でも、そこなんとなく景色は覚えてるんだよなぁ。他は全然覚えてないけど。

お父さん   少なくとも妻を亡くした男の前で軽々言うような事じゃないよ。それも今から結婚しようって奴が。……あ、もうこんな時間か。「巨人×広島」プレイボール1時間前だ。お父さんいくぞ。そろそろテレビの前でスタンバイだ。

妹      好きだね、ホント。今日、東京ドームだっけ。地上波?

お父さん   いやBS日テレだ。

 

お父さんと妹、出ていく

(※BS日テレは黄金のコメディフェスティバルを応援してくれました。笑)

 

お姉ちゃん  も~、元気出してホラ!はい。ガムでも噛んでとりあえずリラックチュ(キスを飛ばすイメージ)、ね。

 

お姉ちゃん、ガムを差し出す

 

お姉ちゃん  ガムはね、こう見えて凄いんだって。ガム噛んでる時は噛んでない時に比べ、高齢者の記憶力が格段に上がる~なんてって実験データが残されてるんだから。

婚約者    僕なんかよりよっぽどデキる男だ。

お姉ちゃん  そんな事言ってもう!

婚約者    いいや、そうなんだ。そもそも僕なんかが人間に生まれてしまったのがそもそもの間違いだったんだ。こんな僕が勝ち負けできるのはせいぜいダニやゴキブリぐらいなもんさ。

お姉ちゃん  ……。

婚約者    ……え?……あれ?

お姉ちゃん  ……。

婚約者    ……あの、出来ればもっかい「そんな事言ってもう!」とか慰めてもらえると嬉しかったり……

お姉ちゃん  ……ダニやゴキブリになら、楽勝で勝てるってわけだよね。

婚約者    え?まあ、うん、楽勝かは保証できないけど、がんばればまあ良い勝負には……

お姉ちゃん  ……つまり、まわりをダニやゴキブリで埋め尽くせば、否が応でも○○(婚約者の呼び名)の価値がグーンと高まると、高まったかのようにお父さんを錯覚させ化かす事ができる、と。

婚約者    え?え?え?

お姉ちゃん  よし、来週にでもすぐまたお父さんとこに行こう。任せて、アタシに名案がある。

婚約者    ええ!名案!?

お姉ちゃん  上を見るから悪いのよ……下と比べれば、おのずと価値は高まる!

 

今後の展開にワクワクさせるような、胸おどるダンス

 

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