プロローグ
二十年慣れ親しんだ故郷が、まるで異国の地のように歪んだまま浮かんでいた。買い物客を見たことのない駅までの商店街や、街唯一のデートスポットである大型ショッピングモール。当たり前過ぎて何も感じなくなっていた景色まで、全てが灰色に沈んでいた。
二年ぶりの帰省。視界に飛び込む光景は変わらないはずだが、視界には見知らぬ色が漂っている。車の窓に何が飛び込もうと、心にはざらついた味だけが垂れ流された。
『助けて。宗教組織に二百万円を盗られ、お店まで奪われてしまいそうなの』
妹の理奈から届いた一年半ぶりのメールは、たった一通で俺の世界を二つの大陸に切り裂いた。俺は勤務先の東京丸の内から大慌てでアパートに帰り、部屋にも寄らずそのまま駐車場から車で飛んできた。
心の色が世界の色を決める。
何も変わっていないはずの故郷が虚像の継ぎ接ぎに映し出され、高速道路では何度か勝手に足が震え出した。
一人暮らしの千葉から実家のある群馬の外れまで三時間半。ようやく実家に着く頃には、時計は夜の十時を回っていた。九月も終わりとなると、さすがにこの時間にワイシャツ一枚では肌寒い。上半身に自然と入った力が、空虚の焦りを体内に流し込む。
俺は親父が死んでから十一年間、埋まることのなかった駐車場に自慢のプリウスを停めた。二年ぶりに足を踏み入れた実家。一度も目に留まることなどなかった玄関から、必要以上に黄色い外灯が脳裏にまでこびりつく。
親父が死んでから花屋になっていた一階。焦る気持ちに最後の抵抗をするように、茶色いバーバリーの革靴は思うように進まなかった。無意識にもゆっくりと一階を通り過ぎる時、室内に取り込まれた四十種類を超える花たちが、一斉に俺の方へ顔を向けた。
「来てしまったね」
そう笑われながら、灰色の街から黄色く染まった室内へ。
再び震え出した足に力を入れて、俺は取り返しのつかない一歩を踏み入れた。