【第03回】さらば友よ | マイナビブックス

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さらば友よ

【第03回】さらば友よ

2016.05.25 | 田蛙澄

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さっそく私は自分が木崎玲子から聞いた話と、取調室で若い刑事を通して聞いた話をする。
神山は黙って聞いていたが、私の話が自殺した警官の話になったところで口を開いた。
「幻聴か。ということはその音声データの送り元が見えないように巧妙に隠されていたというわけだ。あたかも自分自身の精神【ガイスト】から湧き出たかのように。だからその警官はそれが誰かからの嫌がらせなどとは考えなかった」
「そうだ。だが木崎玲子の場合は違う。彼女にはその自分の声が誰かから送られたものだとわかっていた。いや、分かるようにされていた。何のためにだ。警察に相談させるため。あるいは」
「君に相談させるためか」
神山は飲み終えた紅茶のカップを静かにおいて言う。
「かもしれないな。彼女の働く飲食店はうちの事務所の近くで、住んでるのもそこだそうだ」
「もしかして、角のタバコ屋の斜め向かいにあった食堂か」
「そうかもな。そこなら前に一度行ったことがある。少し見覚えがある顔だとは思っていたんだ。もっともタバコ屋はあそこのばあさんが死んでなくなったけどな。今じゃ更地だ。こっちに来てるんじゃないか」
「いや、見てないな。まあ、あの世代のお年寄りは電脳化でさえしてないことが多いからな。大方自分が死んでまで人格データが残るのを嫌がったんだろう」
「そうかもな。そういうお前はどうなんだ」
「僕は気にならないよ。肉体がないとはいえ、人格と記憶は引き継いでいて、元の現実空間における僕と自己同一性を保っている。まあ、身体がない分経験から人格へのフィードバックはないが、性格が変わらないというのはそれはそれで安定していていいものだよ」
「そうか。私がよぼよぼの爺さんになって涙もろくなっても、お前は変わらずにいるというわけだ」
「それまでこの空間があればだけどね。それで、君としてはどうやって犯人を見つけるつもりだい。事件の記事によるとハッキングの痕跡はないらしいじゃないか」
「そうだ。にもかかわらず状況的にはハッキングによって自殺させられたようにしか思えない、少なくとも木崎玲子はな」
「確かに、これだけ連続的に自殺が続けば作意を感じるね。群発自殺にしては共通性がないし」
「だが手がかりがない」
私はうんざりした声で言った。どうもくたびれているらしい。あまり頭が働かない。
「ちなみに木崎玲子の顔はどんななんだ」
「そういえばまだ見せてなかったか。うっかりしていた」
私は神山の目の前に木崎玲子の顔の記憶を投影する。もちろん頭がまだちゃんと原形を保っている時のだ。
「ん?」
神山が怪訝な顔をする。何かを思い出そうとしているらしい。
「どこかで見た顔だな」
「生きてた頃に彼女が働いてた食堂でじゃないか」
「いや、もっと最近。僕が死んでからだ」
今度は私が怪訝な表情をする番らしい。最近? 神山はこの安らぎの庭からは出たりできないはずだ。死者のデータが犯罪などをしないようにそのあたりは厳しく統制されている。なんといっても彼らはもはや裁く対象たる物理的身体がないのだ。だとしたら、見たのはここという事になる。
神山は私の思考を読み取って先を続ける。
「そうだ、たぶん見たのはここ、安らぎの庭でだ」
「どこでだ」
「まってくれ記憶データを検索する」
こういう時には純粋にデータ体であるのは便利なものだと思う。脳のように思いだせないという事はない。キーとなるものさえあれば検索で探り当てられるのだ。