【第1回】 | マイナビブックス

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【第1回】

2016.09.26 | kou

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 外では蝉の声が鳴り響き、店内では懐中時計の音がチクタクと時を刻んでいた。今年で十八歳になる空海は、いずれ暇なこの時計屋『バビロン』を継がなければならない。

「なあ、オヤジ。そろそろ腕時計を商品として扱った方がいいんじゃない?」ガラス製の商品棚を拭きながら、空海は言い、「絶対」と付け加えた。

「お前は、金だ、利益だ、うるさい男だな。そんな細々としてると女ができねえぞ」

 父は新作の懐中時計制作に没頭しながら、ルーペ越しに空海を見て言った。

「オヤジは、いつも時計か女の話だな」と、空海は壁に掛かっている、懐中時計を眺め、「ふっ」と父が鼻で笑った。

「それでいいじゃねえか。あまり興味の対象がたくさんありぎると生き迷うぞ。それにな、時計は女と出会うには必須アイテムだ。とくに懐中時計はな」

「意味がわからない」

「お前にもわかるときがくるさ。女の直感ってのは鋭いからな。どんな些細な変化も見逃さない。よく男を観察してるんだ。時計の針が一秒一秒刻むようにな。少なからず母さんはそういう人間だった」

 父はどこか懐かしむように、首に下げられた懐中時計を見つめ、そして天井を見上げ、また新作の懐中時計制作に没頭した。

 既に母は病気で他界し、ある意味男手ひとつで空海は育てられた。父から、「高校卒業と同時に店を頼む」という無理難題を軽快な口調で言われ、「任せてよ」と気軽に空海は言った。というのも、店を継ぐ、継がない、の会話をなぜか寝ているときに無理に起こされ、「そういうことだから」と最後は耳元で囁かれ、「どういうことだよ」と、もにょもにょと発した記憶が、彼にはある。

 時計屋『バビロン』は創業してから祖父から数えて父で二代目になるが、高度経済成長の波に押され、懐中時計のニーズは年々減り、腕時計が街を席巻している。もちろん一部のマニアの間では懐中時計の人気は根強い。

「なあ、オヤジ。その懐中時計まだ出来ないの?」

「お前は、横からごちゃごちゃうるせえな」と父が怒気と唾を飛ばし、「人生において大事なことがわかるか?」と空海に訊いた。

「まだ十代の俺にわかるわけないだろ」

「じゃあ、今教えてやる」

「なんだよ?」

「準備だ」と父は断言し、「連鎖」と言い足した。

「なんだよそれ」

 空海は苦笑した。

「小さい物事がいずれ誰かにとって大事なことになるんだ。それを俺は作ってる。繋げてやるんだよ」

「ますます意味がわからなくなったよ」

 空海はさらに苦笑した。父はそんな彼の発言を無視し、

「ほら、出来たぞ」と言い、「上出来だ」と満足気だった。

 父から出来上がった懐中時計を手渡され、蓋を開けた。秒針の音が独特だった。

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