【第1回】プロローグ | マイナビブックス

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Loss 上演台本

【第1回】プロローグ

2016.04.13 | 宇野正玖

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プロローグ

 

 

(とあるレストラン。キリスト教のカタコンベのような内装で人気を博す小洒落た空間。女は出現と同時に言葉を発する。のんびりとした韻調なのだが、とにかく先を急ぎたいのか言葉の尻を切らずにしゃべり続ける。まるで夢遊病者の徘徊である。)

 

女      私がレストランに入ると、ウェイターが分かりきった建前で人数を聞いてきたので、いつも私は無言で人差し指を差し出すことにしていて、ウェイターは心地よい嫌味でもって私を二人席の庵に案内してくれると、ろうそくがほのかに灯ったかまくらの形の異空間は、もし二人で来たのならさぞかし雰囲気の楽しめる空間だろうなと私をつっけんどんにいざなったので、私はいつもそこが落ち着くので奥側の席に腰をおろしたところ、間髪入れずにウェイターが水を運んできてくれたので私は軽い会釈と共にその水を頂いたわけなんだけど不思議なことに、私の向かい側の空き席にも水を置いていく始末で、でも「一人です」とウェイターに言い正すわけでもなく、またあまりにもウェイターが当然のように水を向かいに置いていくので私も、さしたる違和感もなくそれを受け入れてしまったことまではいいとして、勇んで山盛りサラダとついでにパスタを頼んだこともついでに容赦してほしいところだけど、二人分のサラダとボリューム感たっぷりのパスタを一人であっという間に平らげた私は、この違和感に言い訳をするように二人分を平らげる胃袋に苦言を呈して足早にレストランを去ろうと、山盛りサラダの料金が少し高いと思いつつも抗議をせずに路上に這い出てすぐ、終電間際の慌てぶりに慳(けん)もほろろは勘弁と走って電車に乗り込んで、下車すぐ間近、木造二階の我が家に足を運ぶと、安普請ながらに日当たり良好でお気に入りのアパートの鍵を開けてすぐ、疲れた身体を惜しみなくベッドに投げ込み、並べられた二つの枕に違和感を感じて、ただ、いつもこうしていることを帰ってすぐに思い出すから、自分の中の疑問に質問することの無意味さを感じながら自棄(やけ)になって床に就こうとすると、朝起きて水浸しにでもなったかのようにずぶ濡れになっている枕を哀れみ、いつも嘆く自分を思い浮かべるから、寝ながら涙を流しつつ夢を見るのがとても嫌で、私はこうして右側に寄って蹲り、嫌な夢を見ないよう、子守唄がわりに喜びの歌を流すのだけれど、歌唱の部分がとても嫌いなので、だからしかたなく歌唱が始まる前に眠れるように努力する。何か悲しい夢を。見ているのだと思う。だから、いつも、目を瞑るのが恐ろしくて、私は右側に蹲って眠るのだと思う・・・・。

 

(女は自室のベッドで眠りにつく。音楽『Ode to joy』の上昇とともに舞台上がスモークに包まれる。)

 

 

『Ode to joy』

(楽園の大戦。本編の主時間軸からわずかに遡る過去の大戦。

轟音。数人の男女が銃を手に殺し合う。青色の服を着た7人、赤い服を着た2人。白い服を着た一人が舞台上で戦いあう。白い服を着た一人が撃ち殺され、床に倒れる。その後瞬く間に青の集団に赤二人が集中攻撃され、しかも弾数を惜しむためか、集団に撲殺されてしまう。青い服を着た7人はしばし協議の末、円環に並んでそれぞれの頭に銃口を押しつける。約定をつけたのか、そのうち二人だけは銃口を突きつけられていない。ほぼ一斉に発射された弾丸は、7人の内4人のみを絶命させた。約定を破った唯一人は女性なのだが、弾丸をよけたあと、審判の場に向かって走り出していた。彼女を撃ち損じた男はすぐさま落ちている銃を拾い、審判の場に向かった女を背中から撃ち殺す。

残った二人はお互いに何かを確認しつつ、一人が審判の場に、ただの椅子なのだが、腰掛ける。すると陰から赤い服を着た男女が現れ、審判の場に座る男めがけて銃を構える。咄嗟に場にいる全員が身構え、もう一人の青い服の男がすぐさま赤い服の一人を撃ち、腹に致命傷を負わせるが、間に合わず審判の場の青服の男は撃たれて崩れ落ちる。それと同時にもう片方の青服の男が、なぜだか同じような死因で力尽きる。

腹を撃たれた赤い服の一人は持ちこたえられず、床に倒れる。一言二言もう一人の赤服と言葉を交わすと、力尽きる。すると無事だったはずのもう一人の赤い服も、今絶命した相棒と重なるように息絶え、床に落ちる。すでに舞台に立っている者はいない。音楽が上昇し、舞台が闇に包まれる。)

 

暗転

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