コースを見下ろして
数組のプレーを同時に見なければいけないときがある。
一般的には、余程のもの好きでもない限りそんなシーンはないが、イベントをコースに持ち込んだりしているときには、進行がスムーズか、プレーしているムード、問題のある組や人はいないかなどを確認するために、数組のプレーを同時に見たくなるときがあるのだ。
私は、プレーしたことがあるコースであれば、基本的にはコースの人に聞かず、自分の判断で数ホールが見下ろせる場所に行き、チェックをする。それを見たコースの人は、良くあの場所がわかりましたねと褒めてくれたり、逆にマニアックで気味が悪いと引かれたりもする。
全てのコースで可能なわけではないが、結構多くのコースで、そういう秘密のビューポイントがあるものだ。
プレーしている人が、見下ろしている私に気づくことは少ない。私は密かに観察して、何か言わなければならない場合は、カートでその組のところに走って行き、実行する。見られていると意識しながら悪いことをする人はいない。多くの場合、誰も見ていない、と思う油断が悪いことをさせるのである。
突如現れた私が、少し前からどこからか問題のある行動を見ていたことに驚き、注意された人は素直に反省してくれる。いつ、どこからでも見られていると思ってください、と念を押す。事実そうなのである。
また、プレー後に見ていたことから得た情報を話したりしても、同様に驚かれる。驚かせてからの方が、大概の話はしやすいものなので色々と効果がある。
遠くから見下ろして、他人のプレーを見ることに特別な面白さはない。ある程度の慣れや、経験が必要ではあるが、誰でも必要に迫られればすることである。
私はこの数年で、この能力を飛躍的に向上させた。理由は簡単で、そういう経験をたくさんしたことが大きい。元々、プレー中も遠くの組を見て情報収集する癖はついていたし、風などの条件を読む中で、どのホールが高い位置にあるかということには自然に敏感になっていた。
そして、この数年、私はボールを曲げまくっているので、ボールを確認するためにコースの裏側をたくさん歩いた。そういう体験の中で、ここから何番ホールが見えるのか、とかいう情報も蓄積されたというおまけもある。
転んでもただでは起きないことは、何事でも大切である。ボールを曲げることもマイナスばかりではないと、自分を慰める材料になって嬉しくもある。
コースを見下ろすことに面白さはないと書いたが、勉強になることはある。例えば、コースの幅は角度を変えることでより明確になるので、戦略ルートなどが見えることも多々あるし、遠くから見える他の人の立ち振る舞いをゴルファーとしての自分と照らし合わせて反省したりすることもある。
ゴルフは学べば学ぶほど学ぶことが多くなる、と言う言葉があるが、まさにその通りである。
ゴルフの神様は、最も巧妙に私たちを見ているということを意識してしまう。見られても困らないようにすれば良いだけの話なのだが……
常にそういう意識は忘れないようにしたいと思うのである。
(2008年1月16日)