【第03回】二階 | マイナビブックス

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二階


布団が敷かれている。なかでは仄が寝込んでいる。傍らには葵、そして憂と妙。

葵 大丈夫?仄。
仄 …うん。
葵 そろそろさ、起きようよ。もう昼になるよ。
仄 …。
妙 いいよ。
葵 え?
妙 寝ていていいよ。仄。
憂 うん。
仄 ありがとう。
葵 …。
憂 …中もさ、どうかしてるわよね。
妙 そうね。
憂 昨日までは楽しかったのに。
妙 うん。
葵 でも、動物園よ、今日。クマとか。
憂 うん、ヒツジとかね。でも仄が…。
仄 私はいいよ。みんなで行って。
憂 うーん。
葵 …。ほら、動物園だよ、仄、元気だそう。女子だけで行動するから、ね、仄。
仄 …いい。
葵 中のせいだよ。全部あいつが悪いんだから、ね。
仄 葵、もう、うるさい…。
葵 慰めてんのに…。
仄 …。
妙 葵が見つけたんでしょう?
葵 え?
妙 中の、ほら。
葵 そうだよ。
妙 黙ってれば、良かったんじゃないかな…。
葵 なんで?だって仄、覗かれてたんだよ!?
妙 そうだけどさ。
葵 最低だよ中は。仄の気持ちも考えないで。
憂 そう、そこなのよ。私もおかしいと思ってた。
葵 え?
憂 だってほら、中と仄って、いい感じだったじゃん。
葵 そうなの?
妙 そうでしょ。
仄 やめてよ、もういいから。
憂 ごめん。

仄は布団から起き上がり、布団を奥へ畳む。

妙 もういいの?
仄 トイレ。
葵 大丈夫?一緒に行こうか。
仄 いい。

仄は袖にはける。皆はしばし、仄の後姿を見送る。

葵 仄と中って、そういう関係だったの?
憂 多分ね。
葵 だったらなんで中のやつ。
妙 中に聞いてみないとわからない。
葵 え?何を聞くの?気持ち悪いよ。
妙 気持ち悪い?何が?
葵 え?中でしょ。
妙 うん、そうだね、そうそう。
葵 なんか変だよ、妙。

浩と純が入ってくる。

純 いい?
葵 あ、おはよう。
純 おはよう。
憂 なに?
浩 仄は?
妙 トイレ。
浩 そうか、ごめんな。
憂 別に浩が謝らなくてもいいよ。
浩 いいや、男子全員の責任だよ。中の件は、俺がしっかり謝らせる。
純 うん、なんだか不穏な空気になっちゃったからさ。
憂 そうだね。
葵 やめよう。明るくしようよ。だって今日動物園だよ。クマとか!
純 ああ、そのヒツジとかなんだが、今日は全員謹慎だそうだ。
葵 え?
浩 轟がさっき。
憂 そうなんだ。
浩 連帯責任だそうだ。だから、すまん。
憂 だから浩はいいって。
葵 バーベキューは?
純 中止だ。
葵 えー?
憂 仕方ないでしょう。
葵 なら今日はなにするの?
浩 何も。
葵 えー?
純 儷先生が俺たちの食事をつくってくれるらしい。だから葵、それの手伝いをしようよ。
葵 純は手伝うの?
純 うん。
葵 わかった。気持ち切り替えなくちゃねー。
浩 俺も手伝う。
葵 いいね!
純 憂と妙は?
妙 仄といるよ。
憂 私も。
純 ああ、そうだな。そうしてくれ。
葵 いこう?
純 ああ。
浩 中とは話すな。俺が何とかする。
憂 うん。

浩、純、葵ははける。

妙 仄、トイレ長くない?
憂 見てこようか?
妙 何を?
憂 え?だから何かあるといけないから。
妙 違う、何を見るの?
憂 だから、誰かが覗いていないか。
妙 誰かって誰?
憂 妙?
妙 明確にして。明確にしないとわからない。
憂 中、とか。
妙 とか、誰?瀟?
憂 中よ、中。
妙 そう。
憂 妙、さっきからおかしくない?なんか。
妙 別に。

瀟がやってくる。

瀟 よろしいか?
妙 瀟。
憂 いいよ。
瀟 中も、なんだが。
憂 今、仄、トイレに行っているから。
瀟 もういいのか?
妙 とりあえず、布団からは起きれたみたい。
瀟 そうか。それは朗報だ。
憂 いいよ、来なよ、中。

中、入ってくる。

中 今日は謹慎になった。
憂 浩と純から聞いた。
中 そうか。
憂 あんたに話があるんだけど。
中 二人でか?
憂 別に。
中 いいぞ。

中、瀟は腰を降ろす。

憂 あんたさ、仄と、あれよね。
中 ああ。
憂 じゃあなんで?
中 何が。
憂 なんで覗いたか聞いてるの。
中 たまたまだ。
憂 たまたまって、弁解はしないの?
中 する必要はない。
憂 あんた、何?なんでそんな態度なの?
中 態度?
妙 ねえ、本当に、あれは覗きだったの?
中 そうだ。
妙 葵が発見したから、そうなったんじゃなくて?
憂 え?
中 いや、自由意志によってだ。
瀟 中は女子トイレのドアノブの鍵を外側から開けて、覗きを行った。それを人は、自らの動機に基づいた自由意志と、そう言う。
妙 違うわね、女子トイレの扉は建て付けが悪くてね、
瀟 なに?
憂 そう。なんか、鍵がかからないことがあるのよね。
妙 しかも扉は勝手に開ききることがある。
瀟 仄が施錠せじようを誤まったと?
妙 その可能性がある。
憂 まさか。
妙 扉は勝手に開いたんじゃないの?
中 さあな。
瀟 扉が勝手に開いて、たまたま通りかかった中がそのなかをみたら、仄がいた。だから覗きではなく、不可抗力だと、そう言いたいのか?中の弁護を計ってくれているようで喜ばしいが、それでも中には多々、罪を回避する余地があった。例えば、黙ってその場を後にする。もしくは、謝りつつ扉を閉める。などだ。中はたとえ偶然にしても、仄のそれをひとしきり眺めたことになる。以上の理由からして、中は覗きを行ったことになるというのは明白だろう。
妙 いいえ、たとえ外から扉を閉めてやったとしてもあの開きたがりの扉の奴は、勝手に開いてしまったと思うわ。
瀟 それなら場を外せば良かった。
憂 ねえ、妙、なんで中の弁護をしたいのよ?
妙 真実が知りたいの。仄は、あなたの存在に気づいていたの?
中 さあな。
妙 はぐらかさないで。その状況で、仄が気づかないはずがない。仄は何も言わなかったの?
中 少なくとも、自分で扉を閉めることはできなかったようだ。そのことだけは伝えておこう。
瀟 なるほど、時間にしてどのくらい眺めていた?
中 さあな。あの時は、永遠ともいえるが、誰かさんの定めた時間ではほんの数秒というところだ。
妙 そこに葵が現れた。
憂 じゃあ、なに?あんたと仄は、その数秒の間、何も会話をせずに、いたというの?
中 会話はしたさ。
憂 どんな?
中 (少し考えて)わからない。
妙 実際にしたわけではないからでしょう?
中 実際とは、なんだ?
妙 声に出して、ということよ。
中 声など出したら、気づかれる。
憂 え?仄は気づいていたんじゃないの?
妙 何に、気付かれるの?
中 知ってどうする?
妙 知りたいの。

仄が帰ってくる。

憂 あ。
瀟 (立ち上がって)外すよ。
妙 憂、私たちも、行こう。
憂 いいの?
仄 うん、中と話をさせて。

瀟、憂、妙は袖にはける。しばし、沈黙。

仄 ごめんね。
中 なぜ謝る。
仄 …。一緒にさ、クマとか、ヒツジとか見ようって、約束してたよね。
中 今となっては叶わんことだ。
仄 そうだね…。でも、中、なんか変な話し方。
中 そんなことはない。
仄 …ねえ、なんで。本当に、中は、覗いてた、の?
中 ああ。
仄 違うよ。それなら、私、大声で抵抗したもの。
中 しなかった。
仄 うん、怖くて。
中 何が怖い?
仄 わからない。でも…、もし…。
中 もし。
仄 もし、トイレにいたのが葵か誰かだったら、どうしたかな。
中 俺がおまえのあとをつけた。おまえがトイレに入ることは確信していた。
仄 そういうことじゃなくて、もし、よ。
中 興味がないからな。おまえだから、ああなった。
仄 うん、知ってる。
中 ならなぜ聞いた?
仄 私たち、付き合ってるよね?
中 昨日のあの時までは。
仄 …。許さないよ、中。
中 当然だ。
仄 そして私は、葵も許さない。
中 それは勝手だが、間違いだ。
仄 ねえ、中。

仄は中に触れようとする。

中 触れるな。
仄 中…。
中 ダメだ。

仄は差し伸べた手を下げる。

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