【第01回】1.朝 | マイナビブックス

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諍わなければならないいくつかのこと

【第01回】1.朝

2016.01.27 | 宇野正玖

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1.朝


教師三人に、校長一人。生徒八人の学校。このたびは学校総出で、とあるコテージに修学旅行へ来ている。旅行は3泊4日。しかし、二日目に中が女子トイレを覗いたため、問題になっていた。

コテージには三部屋ある。一階の男生徒の部屋。二階の女生徒と儷の部屋。さらには三階の校長と男教師の部屋に分けられる。各階へは上階への階段を繋ぐ半外の渡り廊下を使って往き来する。つまり、各階へは、外の踊り場を経由することによって、外からどの部屋へも入ることが出来る。炊事場は外。食事はベランダに設置された机で済ます。女子トイレと男子トイレはベランダに隣接するコテージの離れにあり、コテージ前の屋根付き渡り廊下を通って使用する。常時トイレの明かりを灯していないと、離れが見えなくなる程、夜の渡り廊下は暗い。
 

ベランダ


中がトイレとコテージをつなぐ渡り廊下を歩いて、ベランダに入ろうというとき、一階男子部屋に遊びに来ていた女生徒たちと丁度かち合う。(中は劇場の客席側はけ口、つまり花道から入場する。)

妙 あ。
中 …。(女たちをふと見ると、立ち止まる。ただ、視線を送るだけ。)
憂 中、あんた!
妙 やめなよ、憂。
憂 だって仄、寝込んでるんだよ。
妙 戻ろう。

女生徒たちは袖にはける。入れ代わりで男子生徒が現れる。浩、純である。

浩 中。
中 浩。
浩 やってくれたな。中…。
中 弁解するつもりは無い。
浩 そんなものはいらねえよ。
純 まてよ、浩。魔がさしたんだ。そうだろ?中。
中 魔は、俺の後ろにある。
純 なんだって?
中 君らの後ろにだっている。
純 なんか変だなおまえ。
中 変、たりうるは、退化か、それとも進歩か、君にわかるか?
浩 何分けの分からねえことを言ってるんだ!
純 浩!でかい声を出すな。女子に聞こえる。
浩 なにか不都合でもあるのか?
純 傷つくから…。
中 もういいかい?
浩 なんだと!?

瀟が現れる。中のうしろから。

瀟 部屋へ行ってろよ。
純 瀟。
瀟 話は俺がつける。
浩 おまえに何が出来るってんだ。
瀟 ならおまえに何か出来るのか。
浩 あ!?
純 浩、行こう。
浩 純…。
純 俺たちは、部屋にいる。あとで来い。話なら、沢山あるんだ。

純と浩は袖へはける。

瀟 つきあうよ。中。
中 足でまといだ。
瀟 そう言うな。力になる。
中 力は必要ない。
瀟 弁は立つ。
中 雄弁は時として多くのことを見失う。俺はそこを、君の欠点だと感じている。
瀟 共にいるだけだ。
中 ま、いいだろう。

団藤が降りてくる。団藤は教師だが、風貌がダンディであるため、ダンディと言われている。つまり、ダンディはバシリとキメたスーツの右ポケットにハンカチーフを必ず仕込む。ボルサリーノを目深に被る。素足に白いテニスシューズ。タバコは白フィルター。茶色のケースに6本だけ入れる。ジッポは金。腕時計は銀であるが、時間を気にすることはない。立ち姿は常に半身、座った様は足を組む。歩みは踵から。彼を眺める時はつま先から。重要なことである。

瀟 団藤先生。
ダンディ 三階へ行くまでもない。
中 俺などを、三階へ上がらせるわけにはいかないということですか?
ダンディ ここでいい。
中 声が漏れる。
ダンディ 案ずるな。やがて校長も来る。
中 総出でお出ましですか。
ダンディ 気張るな。

轟が階段を降りてくる。遠くで車が到着する音が聞こえる。

ダンディ 轟君。
轟 中。
中 轟先生。
轟 儷には仄の看護を頼みました。
ダンディ 良い選択だ。この場に彼女は重たすぎる。
中 奥さんがいちゃ、轟先生の凄みも利かせられませんか。
轟 言葉を慎め、中。それに、奥さんとは言うな。儷先生と、そう呼べ。
中 はい、強くん。
轟 反抗はやめろ。金輪際だ。

校長が現れる。中らの背後から。

ダンディ お早いお着きですね、校長。
校長 いいところだな。車で5時間程か。
ダンディ お疲れ様です。
校長 中の件だったな。
轟 はい。

轟は校長に頷くと、瀟に目を遣やる。

轟 瀟、おまえは部屋へ戻れ。
瀟 中を一人には出来ない。
轟 すぐに返す。おまえは待機だ。
ダンディ 轟君。彼の選んだ道だ。
轟 しかし。
校長 まあ、いいじゃないですか。
轟 校長まで。
ダンディ それより轟君、椅子だよ。
轟 え?
ダンディ 校長が座る。
轟 …はい。

轟は椅子を持ち出す。校長はその椅子に誘われるまま、腰をかける。その間、沈黙が走る。

校長 仄はまだ一年生だ。
中 はい。
校長 君は、あれかね、仄を好いているというわけかね。
中 随分遠回しに聞きますね。はい。と答えれば満足でしょうか。
轟 中!なんだその口の利き方は!
中 俺はへりくだらない。俺を屈服させたいなら。殴るなりなんなりー

轟が中を殴る。中は床に倒れる。轟は中を持ち上げ、さらにもう一発構える。瀟が止める。

瀟 非礼はまだ一度。その拳は今ひとたびの非礼に下すべきだと思います。
ダンディ 瀟のいう通りだ。轟君。やめたまえ。
轟 …。失礼。

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