まえがき
本書はメールマガジン『Golf Planet』の2001年の金曜日に書かれたエッセイを集めたものです。
創刊から1年を過ぎて、300号を超えた話なども出てきます。週末に向けて、ゴルフが大好きだ、という気持ちを前面に出した話が並んでいます。
振り返ってみて、ゴルフができる幸せについて当時と現在で変わらない部分と変わった部分の両方があることに気がつきます。
2001年当時、市場調査の会社で実査担当の役員をしていて、ゴルフに行きたくとも行けない苦悩を抱えていました。ゴルフに行けないからこそ燃える情熱もあることを人生で初めて痛感していたのです。
色々な話が出てきますが、その中に妻が死にそうだという話が出てきます。現在進行形の話で、後日談は出てきません。まえがきで書くのはどうかと思いますが、妻は元気に回復して生きています。
ゴルフ業界に戻ろうと決心したのは2001年でした。
ゴルフと人生をリンクさせられるのは、特殊な人だけの特権ですが、そんな側面も楽しんでもらえれば、読むゴルフとしてより深いものになると思います。
ゴルフな気分を盛り上げながら読んでください。
(2013年3月)
ゴルフの面白さ2001
実は、春までに引っ越す予定なのである。一戸建てを購入すると言えば大袈裟だが、両親や祖父祖母と同居することになったのである。そうなれば、仕事も頑張ってローンを返していかなければならないと悲壮な決意するのが普通らしいが、私はいたって楽観的で、妻のピリピリしたムードを不思議な顔をして見ていたりするのである。
2001年はそういう意味でも、今までと違う年になるのだが、何にも増してゴルフが面白くてしかたがない年になりそうで怖いのである。つまり、私は一生を左右する大きな転機である事柄より、ゴルフが気になって仕方がない状態で1年をスタートしたのだ。
理由は様々であろうが、正直な話、よく分からない。
何故、ゴルフが気になって仕方がないのか?
ゴルフの面白さを気軽に語る人がいるが、私にはその人の気持ちが分からない。話を聞きながら、多くの場合は、その人に同情するか、酷いときは軽蔑したりしてしまう。
間違いなくゴルフは面白い。ゴルフ歴や腕前に関わらず面白いはずである。しかし、それを簡単に話せるほどこの面白さは単純ではないと思ってしまうからだ。
初心者が、ボールがもの凄く飛ぶんだとか言って興奮しているのは、分かりやすい例である。彼は入口から見た風景の一つに興奮しているだけなのだ。麓から見る山は美しいが、山頂から見下ろす景色はもっと美しいのである。それだけではなく、その途中で起こる様々な困難を乗り越えた達成感というフィルターが掛かっているのだから、それを経験していない人に説明しても分からない美しさがあるのである。山は見るものではなく、登るものだと感じる瞬間である(誤解がないように弁解すると、山を見て楽しむのも間違いなく立派な楽しみ方ではある)。
私はゴルフの楽しさを簡単には語ることができない。だから、本誌も200号を越えたというのにまだ続いているのだと思う。語り尽くせないものが、もっともっとある。そして、それは日々増え続けているのである。とてもじゃないが、一言で完結に述べることなどできはしない。
ゴルフが気になって仕方がない私は、新しい家の間取りなどの相談をしていた時に、Hさんを思い出していた。Hさんとは約15年前、よくご一緒させていただいていて、そのパターの上手さには舌を巻いたものだった。
そんなある日、Hさんとプレーしていると、コースのカートが凄い勢いで走ってきて、「Hさん! 大変です!」と副支配人が叫んだ。Hさんの家が燃えているという。火事の中、隣の家から奥さんが電話をしてきたのだ。Hさんは名残惜しそうに、途中で止めて帰宅した。Hさんの家は全焼した。
それから2年後、Hさんはあの恐ろしいほどにカップに向かっていくパットのテクニックを失っていた。親しい仲間は、家を建て替えたりして、ゴルフどころではないのだと口を揃えて言っていたが、私は真相を知っていた。
全焼したHさんの家には長い廊下があり、その廊下には108ミリのカップが3カ所切られていたのだ。つまり、Hさんの家の廊下はパット練習場だったのである。新しい家は普通の家で、カップなどはありもしなかったのだ。練習の場を失ったHさんは昔のようなパットができなくなってしまったのである。
私が今年建てる新しい家に108ミリの穴を開けることが可能かどうか、流石に私も声に出して確認はしていない。しかし、Hさんのあの頃のパットのテクニックが手に入るなら、穴ぐらい何でもないと思うのも事実なのである。まあ、それ以前の問題として、長い廊下が作れるような大きな家を建てることができるかのほうが重大であるが……。
2001年、私はよりゴルフを楽しみたいと思っている。面白さが、今よりもっと一言では語れないようにしたい。
ゴルフの面白さは深く多様である。色々な人に出会いたいし、メンバーになったコースも熟知したいし、良いスコアも出したいし、良い道具にも出会いたい。そして、Golf Planetを通してゴルフの楽しさを少しずつではあっても伝えていきたい。
何をしていても、頭の中はゴルフが渦巻いている状態も、ゴルフの楽しさの一つである、というのが2001年スタートでの結論である。
(2001年1月12日)