【第3回】現在のかなえちゃんのアパート | マイナビブックス

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3 現在のかなえちゃんのアパート

 

 現在のかなえちゃんのアパートは、小田急線沿線の川崎市にある。小田急線の起点は新宿だが、そこから30分以上はかかる郊外に位置している。会社迄は約一時間の道のりだ。
 間取りは1Kタイプ。バス、キッチン、洗面が一つになった(ビスネスホテルタイプ)三点ユニット型、広さ約20㎡のロフト付アパートだ。今となっては、お世辞にもお洒落とは言えない、主として学生や新入社員の男の子が住むようなアパートだ。
 彼女は学生時代からここに住んでいる。思えば十数年前、短大入学前に母親とアパート探しに来た際に借りた物件だ。当時、母親は規則の厳しい学校斡旋の女子寮に入る事を奨めた。しかしながら、夢にまで見た都会での一人暮らし、また「ドラマで見る素敵な彼と鍋をつつき合うお部屋デート」なんて事に憧れて、思いつく限りの正論を言って、母親を説き伏せて借りたのがこの部屋だ。
 当時はこれから起こる様々な事に夢いっぱいの部屋だった。また自分が学生だった事もあり、何の違和感もなく住んでいたが、年々ここにいるのが恥かしくなってきた。
 全12部屋あるアパートの中で、最年長者は間違いなくかなえちゃんであり、勿論、一番長く住んでいるのも彼女である。あどけなかった入学から、少し大人になって就職で出ていく学生を何人も見てきた。また時代の変化とともに、入居者の層も変わり、外人の入居者も増えてきた。少しずつ変わっていくアパート模様に、変わってないのは自分だけなのか、と刹那ささえ感じている。
 先日、「いったい自分はここの大家さんに幾ら払ったのだろう?」と計算してみた。
 かなえちゃんが会社に入って13年目、という悲しい事実から逆算すると、少なくとも、家賃6万×12ヵ月×12年=720万。二年に一度の更新料一か月が6回 6万×6=36万 合わせて756万は大家さんに払っている。更に言うなら、住みはじめ当初の家賃は6万5千円だった。昨今の賃料下落傾向と長年住んでいる実績をアピールして、数年前より現在の家賃になったので、実際は800万円近く払っているだろう。
「800万円!!!!!!」
「そんなにも払っていたのか!!」
「大家さん、丸儲けじゃん!!!!!!!」
 彼女をそんな感覚が包み込んだ。
 振り返って、彼女自身が引っ越しを考えなかった訳ではない。就職の時も考えた。でもごくごく普通のサラリーマン家庭である彼女が、学生の間ずっと家賃を含めた仕送りをしてもらい、金銭的に多大な負担を両親にかけていたが故に、就職前のお金のない彼女には、引っ越しのお願いをできなかった。
 また彼氏と別れた時、更新の時など、引っ越しを考えなくもなかったが、現実に転居費用を計算すると、なかなか決断できずに、ずるずると今日に至った。

(下記表)
(新居の家賃が今と同じ60000円とした時の引っ越し費用概算)
引っ越し費用 20000円
敷金二か月  120000円
礼金一か月  60000円
仲介手数料  60000円
家財保険等  20000円
鍵交換費用  20000円
雑費     10000円
合計     310000円

 安く見積っても30万円以上はかかる。勿論30万円が無いわけではないが、彼女にとっては大きい金額であり、引っ越す決断ができなかった。