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将棋世界インタビュー特集

佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(6)

新手座談会、いよいよ最終回です。

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研究の比率

――佐藤九段からは何かありますか。

佐藤 お二人に同じ質問となりますが、将棋の勉強時間の中で、「序盤、中盤、終盤」の比率を聞いてみたいですね。ちなみに私の場合だと、奨励会時代では序盤が0.5、中盤が2、終盤が7.5くらいでした。プロになってからだいぶ変わって、四段になってから現在までの総量で見ると、序盤が7.5くらい。4分の3ですね。中盤が0.5で、終盤が2くらいですかね。

菅井 以前は序盤が4ぐらいだったかもしれません。中盤が2で、終盤が残りの4といったところでしょうか。いまは中終盤が強くなりたいという意識が強いので、ほとんど中終盤のことしか考えていないかもしれませんね。

佐藤 なるほど。中終盤があわせて8から9くらいですかね。プロ棋士全体の統計を取ると、それくらいが普通のような気がします。藤井さんはどうですか?

藤井 奨励会のときは、佐藤さんと同じような感じで、詰将棋ばかりやっていましたね。四段になってからは、うーん、そうですねえ……。中終盤の勉強方法って難しくて、はっきりいって知りたいぐらいですよ。僕が思うに、プロになってから「こうすればはっきり強くなる」というような勉強方法はない。強くなるためにいちばん勉強になるのは実戦ですよ。実戦をこなして対局数を増やしていけば、勝手に中終盤が強くなっていく。僕自身がそうだったし、反対に対局数が少ない時期は、思うように強くなれなかった。強くなれないと勝っていけないから、対局数も増えていかない。いわゆる悪循環ですね。だから、菅井君は指しているだけでどんどん強くなっていく(笑)。やっぱり公式戦の数が大事なんだよね。プロの対局は持ち時間が長いから、1局指せばすごく勉強になる。研究会だと短かすぎて、どうしても終盤が雑になってしまう。だから、僕が終盤の勉強をするとしたら、自分の実戦を振り返るのみですね。仮に対局間隔が1週間あったとしたら、対局が終わった翌日はその将棋の終盤を振り返りますね。場合によってはもう1日ということもあるかもしれませんが、まあ大体1日だけで、終盤の勉強はそれだけです。あとの6日間は、次の対局への準備になるので、基本的に序盤の勉強をしています。詰将棋もあんまりやっていないし、序盤6の終盤1です。

佐藤 6対1の割合ということですね。

藤井 ちょっと終盤が少ないよね。でもどうやれば終盤が強くなるかわからないからしょうがない。僕は対局数を増やすしかないと考えています。

菅井 対局がいちばん勉強になるということですね。

佐藤 だから、去年は菅井さんがいちばん勉強しているはずですよ(昨年度は勝利数1位、勝率1位、対局数3位)。

藤井 そうそう、実はそれが言いたかった(笑)。対局がないのはつらいですよ。

菅井 確かに研究で得られない、いろいろな要素が含まれている気がします。

藤井 研究会の感想戦と、本番中で「何とかしなきゃ」というのは、真剣度が全然違うしね。序盤の研究は1人でもできるけど、終盤はそうはいかないでしょう。

菅井 ちなみに研究会を行うのは、中終盤のためですか? それとも序盤のためですか? 実戦感覚をつかむのが目的だったり、人それぞれだとは思いますけど。

藤井 それは日によって違うかな。「調子が上がらないなあ」と感じたときは、少しでも自信を持たせるためにやっていますね。でも基本的には、経験値を上げていくためにしていますね。

佐藤 私も中終盤のために行っている意味合いのほうが強いですね。序盤も研究するけど、やっぱり人から聞いた手を指すのが好きじゃない。ある程度の結論が出るのはいいことだけど、率先してやろうとは思わないですね。それと、研究会でテーマにされる局面は、すぐに公式戦で現れたりするから、その研究で勝ち星を拾うみたいなことはないですね。感覚を継続させるためとか、進歩させるためとか、研ぎ澄ますためといったイメージのほうが強いかな。

身になった研究会

菅井 研究会で「中終盤の勉強をしよう」と思っても、クラスが上だと相手がいなくて困ったりしないのですか?

藤井 その質問は羽生さんに聞いてほしいなあ(一同笑)。確かに少し上の相手に教わるのがいいよね。僕は奨励会三段のとき、四段、五段の先生に教わったのが、すごく勉強になった。それと竜王を獲ったときに、島先生(朗九段)から研究会に誘ってもらえたのですよ。当時、僕は順位戦でB級2組だったけど、そこでA級の島、森下(卓九段)、森内(俊之九段)というメンバーと、みっちり将棋を指すことができた。みんなパンチが重いから、これがすごく勉強になる。切磋琢磨しながら、「伸びているな」という充実感がありました。

佐藤 私も終盤が強くなりたいなあ。ついこの間の藤井さんとの対局でも、ひどいトン死をしたしね(笑)。結局は根を詰める時間が大事になってくるのかな。常にちょっと強いトレーニング相手がいればいいけど、さすがに上のクラスにきたらそれは無理ですからね。

藤井 菅井君、やっぱり羽生さんに聞いてみてよ。羽生さんこそ、それで悩んでいるのじゃないかな(笑)。

菅井 「一人将棋」ですかね(笑)。

藤井 だから、羽生さんはタイトル戦を楽しみにしていると思いますよ。挑戦者は誰が来ても、絶対に強いわけだから、「これぞ自分を高める絶好のチャンス」と張りきっているでしょう。もしもタイトル戦に全く出なくなったら、羽生さんでも少し調子が狂うのじゃないかな。

佐藤 ただし終盤も接戦ばかりじゃないから、実戦だけというのは辛いですよね。

藤井 そもそも、菅井君は終盤が強いじゃない。接戦になったらほとんど勝っているでしょ。終盤が強くなる方法なんて、こっちが聞きたいぐらいだよ(笑)。

佐藤 糸谷さん(哲郎竜王)、豊島さん(将之七段)、稲葉さん(陽七段)など、関西には菅井さんより少し年上で、よい目標がいっぱいいるじゃない。環境としてはすごくいいでしょう。

菅井 それはそうですが、いまはまだ、公式戦ではそれほど当たっていませんね。これから増えていけばと思っています。

理想の棋士像

藤井 菅井君はどんな将来像を描いているのかな。例えば広瀬君(章人八段)はある程度のところまで振り飛車穴熊一本でやってきて、そこから突然、居飛車に切り替えたよね。「後手で定跡形を受けて勝つのが理想」みたいな発言も聞いて、「あれ、ずいぶん変わったな」と思った。菅井君はいまのところ居飛車、振り飛車、両方やるけど、将来的にはどんな棋士になりたいの? これを聞いておこう。

菅井 やっぱり、いろいろできたらいいなと思いますね。

藤井 オールラウンドプレーヤーかな?

菅井 それが理想ですよね。みんなそう思っているのではないですか?

藤井 厳密な意味でのオールラウンドプレーヤーなんて、全然いないでしょう。羽生さんだって居飛車党だし、佐藤さんだって申し訳ないけど居飛車党ですよ。

佐藤 いやあ、オールラウンドプレーヤーになるのは難しいですよ。人生はそんなに長くありませんから(笑)。

藤井 日ハムの大谷翔平投手みたいに、「二刀流」を目指すのかな(笑)。

菅井 そもそも、自分にはあんまり戦法に対するこだわりはないですね。「その日の気分」で選んでいるようなところがあります。それこそ、初手から「うーん、何をしようかな」と考えているくらいですから(笑)。

藤井 菅井君が将棋を覚えたときはどうだったの? いつから振り飛車をやっているの?

菅井 最初に覚えた戦法は振り飛車でしたね。幼稚園のときですけど(笑)。

佐藤 幼稚園から振り飛車かー。

藤井 そうなんだ。実はね、出発点というのは大事ですよ。久保さん(利明九段)は、確か奨励会1級からのはずです。

菅井 え、そうなのですか。

藤井 僕と鈴木大介君(八段)は脇目も振らずに、ずーっと振り飛車をやっている。振り飛車一本でやってきた人と、奨励会のある程度まで居飛車できた人がいて、戸辺さん(誠六段)もそのタイプ。奨励会で居飛車で悩んでいて、ゴキゲン中飛車を取り入れたら勝ちだしたそうです。僕は居飛車で勝ち抜いてきたというキャリアがないのだけど、居飛車で奨励会に入ってある程度まで勝ち上がってきたという棋士も結構いるよね。菅井君はどっちなのかなあと思ったのだけど。

菅井 居飛車もたまにはやっていましたけど、採用率は1割程度でしたね。

藤井 だったら幾多の困難を振り飛車で切り抜けてきた、生粋の振り飛車党というわけですね。

菅井 最近は両方やる人が増えましたね。勝負の面でいうと、戦法のバリエーションは多いほうが絶対に有利なはずです。相手から見ても、中飛車しかできない人よりも、横歩取りでも何でもできるという人のほうが嫌じゃないですか。

藤井 みんな、好き嫌いがなくなってきたのかな。菅井君は「どうしても中飛車と三間飛車が好き!」みたいな感じではなかったの?

菅井 面白さは強く感じていました。それでのめり込んでいって、他の戦法ができなかったということはありますね。矢倉や横歩取りはやりたかったけど、指せなかったです。

藤井 僕は一応、「矢倉は指せる振り飛車党」だった。矢倉ならできるけど、横歩取りはできないし、嫌いだった。昔は振り飛車党だった横山君(泰明六段)や千葉君(幸生六段)、長岡君(裕也五段)などは居飛車を指すようになったけど、彼らは横歩取りも器用に指しているよね。昔は「振り飛車党は矢倉はできても横歩取りはできない」とされていた。菅井君はどうなのかな? 手ごたえはあるの?

菅井 自分もさっぱりわからないですね。

藤井 だけど結構やっているじゃない。

菅井 横歩取りは、「わからないけどやってみよう」という感じですね。例えば、みんなが研究している流行の局面になってくれれば、どんな戦型でも棋士はそれなりに指せると思います。でも途中で変化された場合に、やっぱり経験や感覚の差が出てしまいますよね。知らない局面になったら、全然対応できないのではないかと思います。

藤井 見ていると、そうでもないように思うけどなあ。

菅井 いまは勉強しようという意識があるので、逆に未知の局面になってくれたらうれしいという気持ちもありますね。

佐藤 やっぱり若いうちは、なんでも取り入れていくのがいいのでしょうね。

出身地の違い

菅井 佐藤先生が振り飛車を指そうと思ったきっかけはありますか?

佐藤 きっかけですか。うーん、若いときは陽動振り飛車が多く、純粋な振り飛車はあまり指していない感じです。いまはダイレクト向かい飛車をよく指していますが、あの戦法を指している人には2パターンがあります。一つは純粋な振り飛車党の人が指すパターン。もう一つは、一手損角換わりの延長として指しているパターンで、私の場合は後者です。一手損角換わりで先手が右銀を繰り出してきたら、よく後手は右玉にするじゃないですか。でも右玉はやっぱり薄いですよね。ところがダイレクト向かい飛車だと、玉を美濃囲いに囲えます。「これはいい戦法だ」と思って、指しているわけですよ。同じ戦法を指していても、「振り飛車出身の使い手」と、「角換わり出身の使い手」がいるということですね。

菅井 でも、ゴキゲン中飛車なども指していませんでしたか。

佐藤 指していましたけど、全然、うまくないですよ。純粋振り飛車党の方には、お見せするのも恥ずかしいです(笑)。確かに飛車を左に移動する戦法自体は結構指していますよ。振り飛車と呼ぶと怒られそうなので、「左に移動する」といっておきます(笑)。この10年くらいは結構指していて、実は採用率が5割を超えている年度もあります。それでも「振り飛車党」と呼ばれたことは一度もありませんが(笑)。

藤井 振り飛車「党」というと、なんとなくイメージが違うのですかね。

佐藤 今年に入ってからもダイレクト向かい飛車は指していますけど、横歩取りは全然指していません。藤井システムは指せませんが(笑)、ゴキゲンもよく指していましたし、20代の頃は四間飛車穴熊も指していました。

藤井 え、それほんと?

佐藤 ほら、全然覚えていない(笑)。

菅井 ノーマルの四間飛車穴熊ですか?

佐藤 公式戦では5、6局ぐらいだと思います。羽生さんとの順位戦でも指していますよ。でも30代だったかな。

菅井 もうやってみないのですか?

佐藤 うーん……、もうちょっと振り飛車がうまければねえ(笑)。基本的に私は「美濃囲いが体に染み込んでいない」のですよ。藤井さん、菅井さん、久保さん、鈴木さんなど、振り飛車党の美濃囲いって、耐久力があってなかなか寄らないじゃないですか。ところが私が指すと、それはもうひどい寄せられ方をします。「え、こんな攻めで寄っちゃうの!?」みたいな(笑)。多分、経験値が足りないのでしょうね。厳しいです。やっぱり美濃囲いに向いていない人は、振り飛車を指せないのかなって思いますね。

藤井 佐藤さんがいちばん好きな戦型は何ですか?

佐藤 やっぱり矢倉が好きですね。現代矢倉はちょっと難しいけど、ひと昔前の矢倉は好きです。横歩取りも、内藤(國雄九段)―中原(誠十六世名人)時代の将棋は好きですね。でも最近のはちょっと難しすぎて、なんとなく好きになれないところがあります。藤井さんは四間飛車がいちばん好きですか?

藤井 本当に好きな戦法はというと、「振り飛車穴熊」かもしれない。具体的にどの形がというわけではないけど、振り飛車と穴熊の組み合わせって美しいじゃないですか。広いし、堅くて、美しい。現実問題としてはあんまりいい思いはできないけど、いちばん好きです。菅井君も注目していると言っていたね。

菅井 振り穴は好きですね。振り飛車党はみんな好きなのかもしれません。

佐藤 みんな好きなの? 個人的には、美濃囲いのほうがかっこいいと思うし、勝てるのがうらやましいですけどね。

藤井 振り穴はみんな好きですよ。美濃はやっぱり薄い(笑)。

菅井 でも不思議ですよね。四間飛車穴熊対居飛車銀冠の戦いでは、結構、居飛車が勝っているじゃないですか。ところが、居飛車穴熊対四間飛車銀冠の戦いだと、銀冠側が全然勝てない。不思議ですし、何でだろうと思いますね。

藤井 四間穴熊で、金が6三にいく形があるじゃないですか。仕方なく指すこともあるけど、あれは好きではないですね。

佐藤 △7二金寄まで固めたいということですか? 味がないように思いますけど。深すぎてわからないなあ(笑)。

菅井 最近だと、6二まで寄せて待つ人が多いですよね。

藤井 6二まではいけるけど、7二まではいけないよね。現実的にはそういう不都合があるから指さないのだけど、形的な好き嫌いでいえば、振り飛車と穴熊の組み合わせは美しいよね。

升田将棋のスピード感覚

――いろいろな話を伺ってきましたが、升田賞座談会なので、最後に升田幸三実力制第四代名人のすごいと思うところについて、お聞かせください。

藤井 升田先生のすごいところですか。うーん……。いやあ、升田ファンには大変申し訳ないのですが、僕は修業時代からずっと大山(康晴十五世名人)派でした(笑)。大山対升田戦を並べていると、大山先生が升田先生のいいところをしっかりと封じてしまうので、升田先生の強さが全然わからないのですよ。升田将棋は並べた局数も少なくて、すごさを語れるほど詳しくはないですね。ただ、当時としては将棋の「スピード感覚」が優れていたのだろうと思います。特に全盛期には、角換わり腰掛け銀のような、スピーディーな将棋を好んでいましたよね。棋士として晩年に指していた「升田式石田流」はどちらかというと、衰えてきた部分を補うための変化球的な意味合いがあったのでしょう。本来は角換わりのような正攻法で勝負していて、現代感覚に近いスピード将棋を真っ先に指していたのが升田先生ではないでしょうか。

――升田将棋のスピード感とは?

藤井 具体的にいうと、「無駄を省く」ということですね。例えば端歩を突くとか、金を一つ動かすにしても、「果たして本当に必要か」というのは大事じゃないですか。「形から1回はこう指すところ」という手を、「ちょっと待てよ、ほかに優先するべき手があるのでは?」と検証するのが、現代将棋における主流の考え方ですよね。真っ先にそういう機敏な駒組みをしたイメージがあります。ただし、僕は升田将棋の専門家ではないので、詳しいことはちょっと(笑)。

佐藤 私も恥ずかしながら、升田先生のことをうまく評論することはできないですね。やっぱり、現実に見ていないというのが大きいです。私がプロを目指して奨励会に入った頃に、升田先生はもう引退されていました。修業時代に勉強するのは、どうしてもそのときにタイトルを持っているなど、いちばん活躍している棋士の将棋になるじゃないですか。私の場合だと、それは中原先生、米長先生(邦雄永世棋聖)、谷川先生(浩司九段)、加藤先生(一二三九段)でした。大山先生もまだA級で活躍されていましたので、それらの先生についてなら論ずることもできるのかと思うのですが。うーん……。升田先生の将棋はもちろん並べてはいるのですが、強い影響を受けたというほどではありません。もちろん棋譜の中から、スピード感覚が当時としては卓越していたのだろうな、というのは伝わってきますが、評論するというのは難しいですね。ただ、升田先生が引退されてから、もう36年になります。亡くなられてから数えても24年という長い年月が経っているのに、いまでも熱烈なファンの方が多くいるじゃないですか。これは本当にすごいことだと思います。もちろん風貌や言動が受けたこともあるのでしょうが、根本的には升田将棋に大きな魅力があったからでしょう。多くの将棋ファンを魅了し続けたという点においては、棋士として最高というか、いちばん憧れる姿ですね。

――升田将棋の系譜は、米長先生から佐藤九段へと引き継がれているのでは?

佐藤 いやあ、お恥ずかしいですよ。私の将棋を升田先生に評論されたら、何を言われるかわかりません(笑)。

――菅井六段は升田先生が亡くなった翌年の平成4年生まれになります。

菅井 自分は振り飛車を中心にいくつかの棋譜を並べたことはあるのですが、いちばんすごかった頃の将棋ではなかったですね。やっぱり全盛期を知らないので、自分には「本当のすごさ」というのはちょっとわかりません。

藤井 まずいな。升田将棋について、まさか誰も語れないとは(笑)。

佐藤 「升田賞座談会、升田を語れず」ですか(笑)。

菅井 冴えませんね(笑)。

「新手一生」の出発点

――他人の将棋に憧れているようでは、「創造する力」は生まれてこないということでしょうか。

藤井 でも、「語れませんでした」という訳にはいかないよね。だからこれを機に、升田将棋について考えてみました。升田先生は「新手一生」を掲げていましたよね。「新しい手を生み出していかなければプロじゃない」と公言していた。だけど、これって不思議ですよね。プロは勝負の世界だから、勝たなければいけないというのが至上の命題です。新手、新手と騒いでいてもしょうがない。そんなことを言っている棋士は、ほかにあまりいなかったはずです。では、どうしてそんなにこだわったのかというのを、僕なりに推測してみた。すると考えられるのは、やっぱり「必要に迫られた」のではないでしょうか。新手を指さざるを得ない状況があったと思いますね。新手は趣味ではないですよ。趣味ではない。まずそこに必要性があって、苦労して搾り出すように生み出すものだと思います。当時の状況を振り返ってみると、升田先生には「打倒、木村!」という目標が大命題としてありました。おそらく、倒すべき相手の木村義雄先生(十四世名人)に勝つためには、序盤で工夫をしたほうがいい、というのが出発点だったのではないかな。ちょっと話が変わるけど、「佐藤さんが新手を生み出すモチベーションは、『打倒、羽生!』からきている」という話を聞いたことがあります。

佐藤 ええ。確かに棋風が変わったのは、その影響が大きかったと思いますね。

藤井 終盤型の米長先生も、中原先生を倒すために序盤で工夫するようになった。すべて状況がよく似ていますよね。常に「大きな山」みたいな倒すべき相手がいて、それを越えるためには序盤で工夫する必要があったのではないでしょうか。升田先生の「新手一生」はそこから始まった、というのが僕なりの推測です。

佐藤 そういう可能性もありますね。

菅井 木村先生は、升田先生から見ても大きな山だったのですね。

――本日はとても楽しく貴重なお話を、どうもありがとうございました。これからも、将棋界にどんどん新しい風を送り込んでいただきたいと思います。

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