佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(5)|将棋情報局

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佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(5)

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コンピュータ将棋の序盤

――近年、コンピュータ将棋は驚異的に強くなってきました。従来、「ソフトは序盤が苦手」と言われてきましたが、ソフトが指した手が話題になり、それが公式戦にも現れたりしています。ソフトの序盤に対してはどのような印象をお持ちでしょうか。また今後、ソフトはどのような役割を担っていくのでしょうか。

佐藤 私は先日、将棋電王戦FINAL第4局の▲Ponanza―△村山慈明七段戦を解説したのですが、相横歩取りからポナンザが▲7七歩と打って、▲3六飛(A図)と引いたじゃないですか。

(飛車を3四から引いた局面で、村山慈明七段の意表を突いた新手。先手からは次に▲2二歩の狙いがある。実戦は△3三桂▲2六飛△2五歩▲5六飛△4二銀▲8六飛△8四歩(△8二歩には▲8三歩から攻めが続く)▲8三角から馬を作った先手が快勝した。)

この組み合わせには驚きましたね。いままで考えた人はいなかったのではないでしょうか。しかもこの手順は、論理的に十分成立していそうな気がします。普通の概念としては、▲7七歩と低い位置に歩を打ったからには、当然、代償を得なければなりません。よって「▲7四同飛と飛車交換して、局面をリードしにいく」のが必然だと思われていました。ところが、「▲3六飛と引いて▲7七歩を生かす構想」があったことに、びっくりしましたね。盲点になっていたというか、▲7七歩の意味が違うわけです。これまでも矢倉の△3七銀(B図。ポナンザ新手、第71期名人戦第5局で森内俊之名人が採用)とか、角換わり腰掛け銀の△5五銀左(C図。ツツカナ新手、第64期王将戦第1局で渡辺明王将が採用)とかいろいろありましたけど……。うーん……。でもソフトの将棋を見ていると、「やっぱり将棋は中終盤が大事」というイメージですね(笑)。

(ポナンザがインターネット上で指して話題になった新手。森内俊之名人が研究を加えた上で、名人戦の大舞台で披露した。実戦は▲5八飛△2六銀成▲1四銀△2五成銀▲同銀△1三桂▲3六銀△3七角成▲4六角△同馬▲同歩に△6六桂が痛打となって、後手が快勝した。)
(6六銀が出た局面で、先手は銀損でも指せると見ている。森下卓九段が研究でツツカナに指された手が、村山慈明七段を経由して渡辺明王将に伝わった。実戦は△5五同銀▲4七銀△3七角成▲同角△5四歩▲5六歩△7四桂から激しい攻め合いになったが、結果は先手勝ち。)

――序盤研究に活用している棋士もいるのでしょうか。

佐藤 私は序盤研究にソフトを使うことはありませんね。そういうのって、プロ棋士としては損をする面もあるのではないでしょうか。「ソフトで序盤研究をする棋士」というレッテルを貼られてしまうと、いい手を指しても「どうせソフトに聞いたんでしょ」と思われてしまう。

菅井 棋譜を見て、「これは、どうも人間の手じゃなさそうだな」と感じることはありますよね(笑)。実際にインターネット上で行われているソフト同士の対局で、その手が現れていたり、流行していたりすることもあります。

佐藤 ソフトによる序盤研究がいいとか悪いとかは、人の考え方にもよるので何とも言えませんが、私としては好きではありませんね。

藤井 もし、これから画期的な手を指した人がいて、「升田賞を贈りましょう」ということになったとしますよね。そこで本人が「実はソフトに聞いた手です」という告白をしたら、どうなるのかな。審査員としては困ってしまうよね(笑)。

佐藤 ソフトは基本的に無駄な手も含めて、全部の手を読むわけですよね。新しい手を発見するのは必然という気もします。升田賞に関しては、うーん……。まあ、優秀な手なら受賞することになるのでしょうか。私としては、「ソフトが考えた手だから」といった感じの区別をすることはなく、「ポナンザさん、すごいなー」とか、人が指したのと同じように感心していましたね(笑)。

菅井 例えば藤井システムのような戦法を作らせることは、いまの感じだと絶対に無理ですよね。「有利な局面を想定して、初手からそこにたどり着くまでの構想を描く」みたいなことはできませんから。ソフトは人間の定跡があって、はじめて力を発揮できるところがあります。中盤のいい勝負とされている局面まで進めてみて、そこでの見解を調べてみる、といったような使い方をしている棋士は、すでにかなりいると思いますよ。でも、結局は自分自身が強くないと、ソフトの手も生かせない。人間と指せばソフトを使った研究手順とは全く違った展開になるので、ソフトの研究によって著しく勝率が上がることはないですね。みんながソフトを使って研究していくうちに、わからなかった部分が解明されていくということはあるかもしれませんが、勝敗に直接影響はしてこないと思いますね。

それぞれへの質問

――それぞれのお相手に、「この機会に聞いておきたい」質問があればどうぞ。

藤井 そうですねえ。僕が矢倉を指すようになった経緯を話したけど(前回記事)、菅井君が居飛車を指すようになったのには、何か理由があったの?

菅井 やっぱり戦型ごとに含まれている要素が違うので、「いろいろなことをやってみたい」というのが一つです。例えば相居飛車だと、斬り合いの要素が強いじゃないですか。自分は中終盤が強いほうではないので、「終盤力を鍛えたい」という思いもありました。振り飛車だと展開にもよりますが、はっきり1手余すとか、絶対詰まない状況で相手に必至をかけて勝つとかが多いので、中終盤の力があまり必要ない気がします。

佐藤 ええ? いやいや、そんなことはないでしょう(笑)。

菅井 あれ、そうですか? 例えば「自玉が絶対詰まなくて、飛車角金銀持っていて、相手に必至をかければ勝ち」という条件があれば、時間があればプロなら誰でもできるじゃないですか。振り飛車はそういった展開になりやすいと思うのですが。

佐藤 その局面になれば、確かに誰でもできるだろうけど、その状況を作りだすまでが大変ですよ。

菅井 自分の偏見かもしれませんが、振り飛車戦は差がつきやすいイメージです。相矢倉とか角換わり、横歩取りなどは、少しでも間違えてしまうとすぐに形勢が入れ替わってしまうイメージがあります。気持ちよく攻めていても、1手最善を逃しただけですぐに逆転してしまうような。

佐藤 そんなことはないと思うけどなあ。

菅井 自分はクラスが下のほうだから、そういう展開になりやすいのですかね。

藤井 でも、強い人をバーンと気持ちよく倒せるのは振り飛車ですよ。「ここからなら誰が相手でも絶対に負けない」という展開を作りやすい。相居飛車は、最後まで勝ちきるのが大変でしょう。

佐藤 いやいや、そんなことないですよ。相居飛車でも終盤で差のつくことは、普通にあるでしょう。先手が主導権を握って、バシバシ攻めて、そのまま勝ちきってしまうようなパターンも結構多いじゃないですか。

菅井 相居飛車は常に「勝負が紙一重」というイメージが自分にはあります。矢倉や角換わりはもちろん、横歩取りでも、最後はお互いが攻め合う展開になりやすくありませんか? 「辛抱する」とか、「一歩距離を取って戦う」といった展開にはなりにくいと思うのですが。

佐藤 うーん、確かにそうかもしれないけど、それは裏を返せば、悪くなったら粘りようがないということですよね。

藤井 だから結局、振り飛車は勝つときは手堅く勝てるし、悪くなっても粘れる「二重構造」ということだよね。ここまでの話によると、相居飛車は勝つときはギリギリで、悪くなったら粘れない。確かにそういうイメージがありますね。やっぱり振り飛車のほうがいい戦法ということなのかな(笑)。

佐藤 そうかなあ(笑)。

菅井 例えばゴキゲン中飛車が流行するのは、「勝ちやすい展開」になりやすいからだと思います。仮に角交換型になれば、△2一飛~△4四銀~△4二金~△3三桂と組んでおけばいい、みたいな。パターンが決まっている感じで、あまり考えるところがないですよね。

佐藤 えっ、考えるところがないの?

菅井 布陣もわかりやすいですし、囲いも美濃囲いから銀冠に組めばいいですよね。あとは相手の動きに合わせていけば、簡単に悪くはならないじゃないですか。

藤井 確かに楽かもしれない。

佐藤 いやいや、振り飛車も難しいですよ。私は全然、勝てません(笑)。

菅井 それに比べて、居飛車は実際にやってみて、「難しいな」と思いました。あと、羽生先生の振り飛車はすごいなと思いますね。なんというか、低い陣形で指すことはほとんどなくて、盤上全体でうまくバランスを取っているイメージです。たとえ悪くなったとしても、必ずどこかに勝負どころが残っています。自分の場合だと、中飛車をやったら5筋から押さえ込まれて何もできずに終わり、みたいなことがありますから。しかし、羽生先生にはそういう展開がまずありません。結局、強い人は何をやっても強いということですかね。

藤井 振り飛車には低い陣形でドンパチするのと、厚みで押すのがあるけど、プロが好むのは圧倒的に後者だよね。低い陣形でササっとよくしにいこうとしても、そううまくはいかないでしょう。

菅井 終盤も、例えば美濃囲いの崩し方だったらある程度パターン化されているし、「この形は何を持てば詰み」みたいなものも、決まっていますよね。

藤井 なるほど。確かにそうだな。

菅井 決まっているというと語弊があるかもしれませんが、相居飛車と比較して、「寄せ方の筋」みたいなものは、それほど多くないのではないでしょうか。

佐藤 矢倉戦の寄せ方もある程度パターン化されているように思いますけどね。たいていは「ああ、この筋か」といった感じで、びっくりするような寄せ方は少ないような気がします。お二人ともなんでそう感じるのかな……。相居飛車は入玉とかが絡みやすいからかなあ。

藤井 ああ、きっとそれですよ。入玉とかは、マジで勘弁してほしい(笑)。僕が矢倉をやっていたときに、相手がよくトライ(入玉)しにくるから困っていましたね。振り飛車戦はほとんど入玉を狙う展開にはならなくて、持将棋もほぼない。こっちは経験値が少ないから、簡単に入られてしまう。そうか、だからやっぱり相居飛車と振り飛車の終盤は全く違いますね。最後は自分の玉で相手玉を仕留められるから。攻め駒が少なくても、相手の玉を引っ張り出してしまえば、美濃囲い自身で倒すことができる。相居飛車だと押さえの駒がないから、その分、余計に戦力が必要ですね。そういう意味では振り飛車戦のほうが、相手玉を寄せきるのは少し楽かな。

佐藤 やっぱりそうなのかなあ。

藤井 相手が舟囲いだと、「いらっしゃい、いらっしゃい」と上部に呼びさえすれば、すぐに寄る。だけど居飛車穴熊だと、深くて遠いし、美濃囲い自身を利用できないから寄せるのが大変です。やっぱり対居飛穴は苦労しますね。

序盤の検証

――菅井六段からの質問はありますか。

菅井 お二人の研究に関することでもいいですか?

佐藤 答えられるかどうかは、質問を聞いてからお答えします(笑)。

菅井 ひとりで序盤を研究するときには、どこから始めているのでしょうか? 例えば実戦例などの気になる局面があって、そこから始めるのでしょうか。それとも初手から始めているのでしょうか。

藤井 うん? 初手とは、初形からってこと? それはさすがにないのでは?

菅井 やっぱり、そうなのですね。初手から考えたりはしないのですね。

佐藤 え、初手からの検証ですよね。それはもちろんしていますよ。

――分かれましたね。

藤井 いや、でも最初から、「この戦型の研究をしよう」という目的はあるわけですよね。だったら、戦型が決まるところぐらいまでは進めるでしょう。

佐藤 でも、戦型を区切るところまでの検証は必要じゃないですか。6手目だとか8手目だとか、その辺の確認はやっていますけどね。

菅井 自分は例えば、飛車先を突こうか、角道を開けようかといったところから考えてしまいます。

藤井 なるほど。だけど、それは研究としての意味合いがちょっと違いますよね。「初手の最善は何か」みたいなテーマで、それはそれとしてあるけれど、普段の研究とは違いますよね。例えば角換わり同型の変化を研究しようと思って、初手▲7六歩から考えていたら、日が暮れてもテーマ図にならないでしょう(笑)。

佐藤 そうなのですが、私の場合は戦型が決まるまでが長いですね。テーマ図までの研究に、つい時間をかけてしまう。

菅井 自分も同じように、なかなか戦型が決まりません。

藤井 え、それじゃあ初形を眺めながら「今日は、どこの歩から突こうかな?」みたいに考えているの?(一同笑)

菅井 ええ、そうですね。

藤井 おお。それはやっぱり研究家だね。

菅井 研究家というか、性格なのかもしれません。初形をじーっと見て、「今日は何をしようかな」という感じですね。

佐藤 研究する際のタイプは二つに分かれますよね。「テーマ図を決めて、そこから研究する人」と、「テーマ図に至るまでの道のりから研究する人」です。私もどちらかというと、菅井さんと同じ後者のタイプです。

菅井 結構、ほかにもそういう人っていますよね。

佐藤 うーん、さすがに少数派でしょう。ほとんどの棋士は、そんなに時間をかけていないと思いますよ。

藤井 相当な少数派でしょう。僕だって、例えば角交換四間飛車を研究しようと思ったら、▲7六歩△3四歩▲2六歩△4二飛に、居飛車がもう1手指しますよね。▲6八玉か▲4八銀かわかりませんが、せいぜいそこからですよ。

佐藤 でもそれでも6手目からですよね。6手目から検証するというのは、すごいことじゃないですか。さすがに自分も、「初手▲4六歩や▲3六歩と突いたらどう進むのかな」とか、全部考えているわけではありませんよ。

菅井 でも、「そうやったら、どうなるのかな」って考えませんか?

藤井 お、それはすごい。

佐藤 確かにすごい。やっぱり私とはタイプが違いました(笑)。自分はせいぜい、6手目か8手目ぐらいからですね。

菅井 そういうのが好きだったのですが、たまに、「これって効率が悪いな」と思っていましたね(笑)。

藤井 菅井君、そんな発言して大丈夫?将棋世界に「菅井六段は究極を目指して、初手から最善を追究している」とか、書かれてしまうよ?

菅井 えーっ、それはやめてください。いまの発言はなかったことで(笑)。

藤井 例えば角換わり腰掛け銀で、流行しているテーマ図がありますよね。いまだと後手が待機策をとって、先手が▲6八金右とする形です。あそこら辺までは誰が指しても一緒の局面に到達するけど、道中の手順は人それぞれですよね。角交換したあと、▲4六歩をいつ突くか、どこで玉を移動させるか、▲9六歩と▲1六歩の順番とかなど、見ているとまちまちです。丸山さん(忠久九段)あたりはちゃんと一手一手に理論を持ってしっかり指していると思うけど、ほかの人はどうなのかな。佐藤さんは緻密にやっているでしょうけど、たいていの人は、少しアバウトに指しているのじゃないかなあ。

佐藤 私もそんなに緻密ではないですよ。

藤井 別にそれを非難しているわけではなくて、初手から一手一手、菅井方式で研究していったら、頭が変になってしまうでしょう。

菅井 自分は最初のほうにだけ、こだわりがある感じですけどね。

藤井 結局、同じ局面になるから無駄なのかもしれないけど、そこら辺を突き詰めるのは僕は好きですね。

佐藤 だったらやっぱり、私たちと同じタイプじゃないですか。棋士でも角換わり腰掛け銀だったら、▲6八金右までの手順にも比重を置くタイプと、▲6八金右の局面から集中的に研究するタイプと、両方いるということです。3人とも手前から考えるタイプということですね。

藤井 そういう意味では確かにその通りですね。どうでもよさそうに思えるところをしっかりやっておかないと、変な手順前後をしてしまって、相手がつけ込んで動いてくることがあるじゃないですか。

佐藤 甘い手を指すと変化されますよね。

藤井 例えば四間飛車だと、少しの手順前後が命取りになることがあります。だから、駒組みのどうでもいいような順番にもこだわっていきたいね。

佐藤 確かに後手番の藤井システムで、「何でこんなに早く△3三角と上がるのだろう」とか疑問はいろいろありますね。正直、いまでもわからないです(笑)。

藤井 いやあ、それには重要な意味があるのですよ。それがたまに指す戦法ならいいのですが、主戦場ではそうはいきません。何度も指すわけですから、それだけはきちっとやる姿勢でいます。

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