佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(3)|将棋情報局

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佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(3)

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棋士のプライド

――自分が出した新手を、他の棋士が指したときはどう思いますか。「まねされて悔しい」みたいな思いはありますか。

菅井 いや、「悔しい」みたいな気持ちは全然ありませんよ。自分が逆の立場につくこともありますし、光栄なことだと思っていますね。

藤井 僕も藤井システムが流行していたときには、うれしい気持ちがありましたね。しかも、「指してもらったほうが、自分のためになる」こともある。居飛車党は大勢いますから、自分ひとりで全員を相手にしていたら大変じゃないですか。他の棋士がやってくれて負けているのを見て、「危ない、危ない、自分もやろうと思っていた」というのが結構ありましたね。でも逆に勝っているのを見ると、ちょっと悔しい意味はありますね。「あなたが勝てたのは僕のおかげじゃないの? お歳暮くらい贈ってよ」みたいな(笑)。まあそれは冗談だとしても、羽生―谷川のタイトル戦でも最新形が現れて、「なるほど」と感心することがありました。より高度な考え方を取り入れて効率よく研究できたので、巡り巡って自分にかえってくるところがありますね。

佐藤 私から見ると、まねされているお二人がうらやましいです(笑)。

――自分が温めていた新手を、他の棋士に先に指されて悔しい思いをしたということはあるのでしょうか。

菅井 それはあるかもしれませんが、自分がそれを口にすることはないですね。新手に対して、「あれは自分もやろうと思っていた」というような話を聞くことがありますが、それを言うのは「どうかな」と思います。だって、後からならなんだって言えるじゃないですか。思い描いた構想はあっても、課題をクリアできなかったとか、何か嫌な手があったから指さなかったのですよね。例えば「自分も藤井システムをやろうと思っていた」とか、冗談にしか聞こえません(笑)。

佐藤 藤井さんが指摘された通り、「指すのが大事」だということですね。

藤井 実際に昔、藤井システムについて「あれは俺が三段の頃から指していた」と言われたことがありましたよ(笑)。

菅井 それは意味がないですよね。やっぱりプロ棋士なので、同じような構想はみな持っているわけですよ。でも最初に指すのと、優秀だとわかったあとに指すのは全然別ですね。やっぱり公式戦で指すのは大きいことだと思います。

藤井 僕は指そうと思っていた手を先に指された経験が、過去に2回あります。1つは研究会の情報が漏れたことが原因だけど、もう1つはすごくびっくりした。かなり古い話で、平成8年に行われた第14回全日本プロトーナメント準決勝の▲屋敷伸之七段―△羽生善治七冠戦です。A図から羽生さんは、左美濃の玉頭めがけて△8二飛と回りました。これはさすがに奇抜な手だから、「僕が最初に指すのだろうな」と思っていたから驚きましたね。研究会で1度指したことはあったけど、その情報が羽生さんに伝わったとは思えないし、不思議な感じがしました。実はA図の1手前の局面は佐藤さんと指したことがあって、「場合によってはバーンと飛車を回るぞ」というつもりで駒組みをしていました。

(羽生七冠はここから△8二飛と回り、▲3四歩△2二角▲4五桂△8五歩▲同歩△8六歩▲同玉△7五歩▲同歩△9五歩▲同歩△7四銀で優勢になった。対して▲7四同歩なら△8五飛で先手玉は収拾がつかない。実戦は△7四銀に▲6六角と辛抱して、屋敷七段が逆転勝ち。)



佐藤 そういえばありましたね。

藤井 佐藤さんはA図の▲3七桂に代えて▲6六銀だったから違う展開になったけど、羽生さんはその将棋を見て、「この形は△8二飛を狙っている」と見抜いたのかなあ。

佐藤 研究会とはいえ、1局でも指したら危ないのではないですか(笑)。

藤井 いや、そのときのメンバーと羽生さんに接点があるとはとても思えない。局面として見れば△8二飛は自然な手ということですかね。謎です。

斬新な角交換四間飛車

――最近の藤井九段は角交換四間飛車をよく指されています。

藤井 これは藤井システムと違って、誰もまねしてくれないですね。

佐藤 そんなことはないでしょう(笑)。

藤井 みんなが指しているのは、僕のとは微妙に違う。だから1人で一生懸命指して、授業料を払っているところです。誰か代わりに被害にあってくれれば戦法の進化も早いのですが(笑)。

――アマチュア間ではすごい流行ですが。

菅井 でもまあ、さすがにプロとアマチュアでは違いますよ。

藤井 プロ間では人気がないですよね。△3三銀、△4二飛という形がみんなは好きじゃないのかな。結局、△2二飛と回ることになるしね。だからダイレクト向かい飛車のほうが人気なんだ。

佐藤 いや、全然、人気ないですよ。特に今年に入ってからはひどくて、指しているのはほとんど私ぐらいです。あとは伊藤さん(真吾五段)と、中村さん(亮介五段)くらいかな。「全世界」を相手にしていくにはちょっと少ない(笑)。

菅井 でも後手番として、すごく意欲的な戦法ですよね。

藤井 やっぱり、タイトル戦で指されるのは大きいね。みんなが注目するから、研究テーマになるし、進化も早い。

――今年の王将戦第4局(▲郷田真隆九段対―△渡辺明王将戦)は角交換四間飛車になりましたね。

藤井 あれはとても勉強になりました。3筋の部分的な攻防(B図)は、頭の中ではよく出てくる変化だけど、意外と実戦では経験していない。「なるほど、こういう風に進むのか」と感心しましたね。

(ここから▲3五同歩△同銀▲7七角△4四角▲同角△同銀▲8七銀△3二飛▲3六歩△3一金と進んだ。途中の△4四角に▲3六歩と打てば△7七角成▲同桂△4四銀で手得できるが、▲3六歩を打たされているのが不満となる。双方に妥協のない進行。)
 

菅井 (ポツリと)難しいですよね。

藤井 菅井君に難しいと言われてしまうと困るなあ(一同笑)。みんなは何を求めているのだろう。

菅井 藤井先生の実戦で3一銀型のまま△5二金左(C図)と上がって、△4四歩と突く序盤があるじゃないですか。

(第55期王位戦挑戦者決定リーグの▲佐藤康光九段―△藤井猛九段(平成26年5月)より。3一銀の動きを保留したのが藤井九段の工夫で、相手の駒組みを見て銀の活用法を決める狙い。実戦は△2二飛~△4二銀~△5三銀と使っていった。結果は佐藤九段の勝ち。)
 

佐藤 それも私との将棋でしたね。

菅井 自分はあれを見て、本当にすごい構想だなと思いました。

藤井 え、意味がわからないってこと?

菅井 (笑)。いや、意味はわかるのですが、「浮かびにくい構想」ですよね。手順を工夫したということなのでしょうが、斬新だと思います。

藤井 僕としてはなかなかの工夫なのに、いかんせん負けているし、作戦勝ちもしていないから、全く評価されない。アイデアとしては優秀だと思うけど、菅井君にはわかってもらえるかな?

菅井 いやあ、もう、はい(笑)。

藤井 うれしいね。僕は一局一局、ちゃんと細かいところで工夫しているのに、それを言っても「はー、そうですか」と、全部スルーされてしまう。会心の工夫があっても、全然わかってもらえない。かといって「ここが工夫したところです」と、企業秘密を自分から一生懸命に宣伝する人はいませんよね(笑)。

――ジレンマを感じるわけですね。

藤井 そういう意味では、引き角戦法の飯島栄治七段のように、ある程度の宣伝は必要なのかもしれないね(「飯島流引き角戦法」は第16回升田幸三賞を受賞)。彼は賢いですよ。表面的な部分だけを、「ああです、こうです」と明かしてしまって、みんなに指してもらう。そうすれば割りと評価もされるし、戦法が進化していくから。僕も飯島流でいこうかな。

印税生活

――戦法に開発者の利権が認められれば、宣伝をしやすいかもしれませんね。

佐藤 戦法に著作権があれば、藤井さんはすごいですよ。お屋敷が何十件も建つのではないでしょうか(笑)。でも実際に将棋で印税生活はできないから、常に新しいことをやっていかなければ食っていけない。大変です。

藤井 それはあるよね。

佐藤 ひどいときだと、新しい戦法を使ったら負けてしまい、しかも次にその相手がその作戦を使って勝つ、みたいなこともありますからね。

藤井 あれは結構、頭にくる(笑)

佐藤 横歩取りで▲5八玉と上がったあとに角交換して、▲7七桂(D図・前ページ)~▲8六歩と指す作戦があるじゃないですか。あれは最初に私が三浦弘行九段とのA級順位戦で指したのだけど、その将棋は逆転負け。しかもその戦型は羽生―三浦の名人戦など公式戦で頻繁に現れたのに、私自身は指す機会が全然なかった。2年後にようやく指したけど、完全に置いてけぼりをくっていて、細かい変化に全然ついていけない(笑)。

(第68期A級順位戦の▲佐藤康光九段―△三浦弘行八段(平成21年11月)より。ここから△8四飛▲7五歩△5一金▲6八銀(佐藤新手)△9四歩▲8六歩△9三桂▲7四歩△同歩▲7二歩と進んだ。その局面は平成22年の公式戦だけで9局も現れた。)
 

藤井 アイデアだけ提供して、なんの実りもないという。

佐藤 印税生活ができたらいいなあ。私にも多少は入ってくるでしょう(笑)。

藤井 新手使用料として、勝ったほうの対局料から天引きするとかね(笑)。

菅井 お気持ちはわかりますが、さすがに実現はちょっとないですね(笑)。

対策を迫られた竜王戦

――「新戦法の誕生秘話」みたいな話があれば教えていただきたいのですが。

藤井 自慢みたいになるのは嫌だけど、まあいい機会だから話そうかな。ゴキゲン中飛車の「▲5八金右超急戦」というのがあるじゃないですか。あれは一応、僕の新手ですが、知っていますか。

佐藤 鈴木さん(大介八段)との第12期竜王戦ですね。

藤井 そう。鈴木大介君との七番勝負は居飛車で戦うと決めていたから、ゴキゲンを迎え撃つ必要があった。だけど当時はまだゴキゲン対策が少なくて、▲2二角成と角を換える丸山ワクチンと、▲7八金型ぐらい。そのどちらも自分の棋風には合わなくて、▲3六銀と出ていくような急戦もメジャーではなかった。「だったら相振りでいいじゃないか」と言われそうだけど、それも自信がない。そこで死に物狂いで考えた。だってタイトル戦、しかも竜王戦ですよ? それはもう必死に研究しましたね。そのうち左の金を▲6八金と上がって、▲2四歩から決戦になった将棋が僕のアンテナに引っかかった。それをヒントに「▲5八金右の形で▲2四歩の決戦をやれないか」というのが新しいアイデアです。▲6八金だと持久戦にされたときに不満だけど、▲5八金右なら自然に玉を囲えるから、向こうが妥協してくれれば作戦勝ちになるだろうと。▲5八金右は前にもあった手だけど、▲2四歩の決戦に踏み込んだのは僕が初めてでしたね。舞台はタイトル戦ですよ? しかもあれから16年近く経ったいまでも指されていて、実戦例は300局を軽く超えている。なのに、▲5八金右が「藤井新手」と書かれたことが一度もないのはなぜでしょうか?

――申し訳ございません。今度からはそう書きます(笑)。

佐藤 最初はどうしても評価されにくいですよね。これはプロの習性で、「前例のない手はどこかおかしいはず」と経験で判断して、まずは否定しにかかる。最初から感心する手は稀ですね。

菅井 自分も藤井先生の新手だとは知りませんでした。たしかに人の名前はついていないですよね。

藤井 そうでしょう。いまの若手棋士は、僕が最初だとは誰も知らないですよ。

菅井 やっぱり、振り飛車の新手ではないからでしょうか。

藤井 別に「藤井新手」と呼んでほしいわけじゃないけど、あれはまさに「必要に迫られて」の新手だった。居玉で戦うのは得意としていたし、手順が理論的でもある。僕のアンテナに引っかかった「これかな」という感覚を大事にして突き詰めていった。

――準備はどのくらいしたのですか。

藤井 研究を始めたのが番勝負の直前だったけど、それでも30時間くらいしましたね。「これで勝ち」というところまでは持っていけなかったけど、「難しい」というのはわかった。たいした研究量ではないかもしれないけれど、相手はノーマークだから、30時間対0分ですよ。持ち時間は8時間ですが、「これならなんとかなるだろう」と思いましたね(笑)。

アンテナ

――藤井九段は矢倉でも「藤井流」と名のつく戦法を作りました。

藤井 いまから7~8年前は勝率がひどかったので、気分転換の意味もあって、まずは「矢倉を指す!」と、決めましたね。ただし、経験の差が大きいから普通の形では勝負にならない。「自分がいちばん詳しい」と自信を持てるような形を見つける必要がありました。そこで、自分のアンテナに引っかかったのが早囲いです。当時は誰も指していないから、研究すれば瞬間的な知識としては自分が一番になれる。「早囲いの最先端」というテーマを決めて、1年間ぐらいは準備をしたかな。少し二人に聞きたいのだけど、新しいことをやろうとしたら犠牲はつきものだから、1局目はまあ負けますよね。それは仕方ないけど、2連敗したら結構きついじゃない? どこまでだったら、我慢してやってみる?

佐藤 どうですかねえ。やれそうだと思ったら、連投しそうな気もしますけど。

菅井 将棋の内容にもよるでしょうか。

藤井 やれそうと思いつつも、連敗したら、3局目は結構きつくないですか?

佐藤 たしかに続けて指すのは勇気がいりますね。ちょっと間隔を空けたりするかもしれません。

藤井 矢倉はそこそこ好スタートを切れたので、何とか続けていけましたね。

佐藤 私は藤井流矢倉をかなり指して、本まで出していますから(『佐藤康光の矢倉』日本将棋連盟)、お歳暮くらいは贈らないといけませんね(笑)。

藤井 この前の名人戦第1局に出てびっくりしましたよ(▲行方尚史八段―△羽生善治戦。その後、第5局でも現れた)。ああやってみんなで指されると、戦法も進化していく。全く指されていなかった早囲いを復活させたという意味では、ちょっとは貢献できたのかな。

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