将棋情報局

将棋世界インタビュー特集

佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(4)

前の記事(1)
前の記事(2)
前の記事(3)

思いつき

――ダイレクト向かい飛車の誕生秘話を教えていただけないでしょうか。

佐藤 当初、私が指していたのは9筋の歩を突き越す形でした。しかも、角交換したあとは四間飛車に振っていましたね。それが、「いきなり向かい飛車に振れないか」というのをパッと思いついた。研究してみたら結構やれそうだったので、森内さん(俊之九段)とのNHK杯戦の決勝で採用しました(E図)。

(第56回NHK杯将棋トーナメント戦の▲佐藤康光棋聖―△森内俊之名人(平成19年2月)より。E図から▲2二角成△同銀▲8八銀△6二銀▲7七銀△3三銀▲8八飛△4五角▲3六角△同角▲同歩△6四歩と進んだ。持久戦になれば1筋の位が大きい。結果は佐藤棋聖の勝ち。)
 

よく指すようになったのはあの将棋がきっかけですね。ただ、ダイレクト向かい飛車の▲8八飛(△2二飛)という手は勝敗に直結するような工夫ではありません。もちろん危険な変化はあるのですが、とことん突き詰めてから指した、というほどのものではないですね。いま主流になっている△9三歩型のダイレクト向かい飛車は、山本さん(真也五段)や脇さん(謙二八段)が連採されていたはずで、私はどちらかというと後発組だと思います。個人的にダイレクト向かい飛車よりも印象に残っているのは、角換わり腰掛け銀同型の▲1一角(F図)に対する△3五銀~△2二角ですね。あれは居飛車党にとっては命題といってもいいほど重要な局面で、どう指せばいいのかを常に考えていた。手順を入れ替えただけなので、新手と呼ぶほどではありませんが、「苦労してひねり出した」という思いはある。10年近くの歳月を経てようやくたどり着いたこともあり、強く記憶に残ってます。それと私の場合は、対局相手の顔を見て、パッと手がひらめくこともありましたね。

 

(第27期棋王戦五番勝負第4局▲羽生善治棋王―△佐藤康光九段(平成14年3月)より。F図以下△2二角▲同角成△同玉▲3四歩と進む実戦例が多かったが、佐藤九段は△3五銀▲4五銀△2二角と剛直な受けを見せた。新工夫は十分成立していたが、結果は羽生棋王の勝ち。)

藤井 え? 相手の顔を見て?

菅井 それはどういうことですか(笑)。

佐藤 行方さんとの銀河戦で、少し趣向を凝らした序盤戦になりました(G図)。私は3筋の位を取って、銀立ち矢倉を狙っています。似たような将棋を何局か指していたのですが、行方さんがいきなり▲3六歩△同歩▲2六飛と仕掛けてきたのですよ。それは全く考えていなくて、「えっ、どうしようかな」と、思わず相手の顔を見た。そうしたら、行方さんは大山門下じゃないですか。それで大山康晴十五世名人の顔がパッと浮かんで、△3一金の好手を発見できた(笑)。中飛車の▲3八飛戦法に対する大山流の受け△3一金の応用ですね。これがうまくいって勝てました。

(第16期銀河戦本戦Eブロックの▲行方尚史八段―△佐藤康光二冠(平成20年5月)より。G図から▲3六歩△同歩▲2六飛△3一金▲3六飛△3二飛と進んだ。このあと佐藤二冠は玉を美濃囲いに囲い、タイミングよく飛車交換を挑んでペースを握る。結果も64手で快勝した。)

藤井 すごいなあ。そういう発想は僕にはない。

佐藤 私の場合はそんなことも結構ありますよ。だから、作戦を論理的に構築していく藤井先生とこうして並ばせていただくのは申し訳ないというか、すごく恥ずかしい感じです(笑)。

弱いからこその発想

――菅井六段はどうでしょうか。

菅井 自分の場合はオリジナル戦法ではないので、「誕生秘話」みたいなものはあまりないですね。石田流の▲7六飛(H図)とかも話題になりましたけど、江戸時代に香落ちの将棋で指した人がいたそうですし。

(第52期王位戦予選の▲菅井竜也四段―△谷川浩司九段(平成22年11月)より。この▲7六飛が菅井新手。実戦はH図以下、△8八角成▲同銀△4五角▲6六飛△2七角成▲7四歩△同歩▲5五角と進んで難解な形勢。結果は谷川九段の勝ち。)

藤井 でも、それは全然知らなかったのでしょ? だったら新手ですよ。たまたま大昔の香落ちで前例があったからといって、価値が下がる訳じゃない。

菅井 ありがとうございます。自分の新手と呼ばれている手は、自然に少しずつ工夫を重ねていって生まれていますね。ゴキゲン中飛車の△4四歩にしても、奨励会の頃は▲4六銀(I図)に、△5六歩▲同歩△同飛といくことばかりを考えていて、なかなかうまくいかずにいったん研究をやめました。棋士になってから局面を見ると、「いまなら△4五歩▲同銀△3二金とやるのになあ」といった感じて、研究をやり直しました。

(ゴキゲン中飛車の菅井流△4四歩に対し、▲4六銀と出た局面。I図からは△4五歩▲同銀に△3二金(△3二銀もある)と進むのが定跡手順。代えて△5六歩▲同歩△同飛は▲2四歩△同歩▲3五歩と反発されて、振り飛車が自信のない展開になる。)

藤井 相振り飛車で「菅井流」と呼ばれる仕掛けがあるじゃない(J図)。僕が菅井君の名前を最初に聞いたのはそれが最初だったけど、これはどうなの?

(三間飛車対向かい飛車の序盤戦。ここから、▲6五歩△同歩▲4五歩と仕掛けてしまうのが菅井流。以下、△4五同歩▲3三角成△同桂▲8八角△3二飛▲5五銀と進めば先手十分だ。戸辺誠六段の著作の中で、「衝撃を受けた仕掛け」として紹介された。)

菅井 いい加減な仕掛けですよね(笑)。これは奨励会の級位者の頃、対局中に思いついた仕掛けです。「面白いかも」と思って指したら、結果は快勝でした。この形は、目指そうと思ったら目指せます。相振り飛車で3筋を突いていったら、だいたい相手は向かい飛車に振って矢倉に組んでくるじゃないですか。こちらの形はいつも同じでよくて、わかりやすい。かなり勝っていましたし、長いことやっていたので印象に残っていますね。

佐藤 これはたしかに有名ですね。私も印象に残っています。

藤井 これって、自玉のそばから仕掛けているでしょう。プロ棋士が仮に思いついたとしても、「まあ、こんな手はないよな」とふたをしてしまう。失礼だけど、当時は奨励会の級位者ということだから、あんまり強くはなかった。弱いからこそ生み出せる柔軟な発想というのがあるよね。強くなればなるほど、目新しいことに対する抵抗が強くて、可能性を閉じてしまう。段位が上がるにつれて、必ずしも強くなっていくとは限らないね。

未開拓の振り飛車

――いま最も注目をしているとか、可能性の広がりを感じている戦型があったら教えていただけないでしょうか。

藤井 可能性を感じる戦型ですか。うーん、そうですねえ………。ちょっと話が長くなってもいいですか?

佐藤・菅井 (うなずいて姿勢を正す)

藤井 まず、将棋には居飛車と振り飛車がありますよね。そのうち、圧倒的に手つかずなのが振り飛車です。将棋界では昔から常に居飛車が主流で、莫大な局数が指されてきた。一方の振り飛車は実戦例が少なくて、まだまだ未開拓ですね。僕から見たら、「居飛車はもういいんじゃない?」と思ってしまう(一同笑)。僕は居飛車には3つしか戦法がないと思っている。1つ目は矢倉系。2つ目は角換わり系。腰掛け銀、早繰り銀などの将棋ですね。そして3つ目が空中戦。相掛かりや横歩取りなど飛車角系の将棋です。もちろん異論はあるだろうけど、大きく分けるとこの3つしかない。一方の振り飛車は、三間飛車、中飛車、四間飛車とあって、それぞれは全く別の戦法なのですね。それで囲い方が美濃囲いと穴熊に分かれるので2倍の6通り。さらに角を換えるか換えないかで2倍に膨れて12通り。そこに向かい飛車もまぜちゃえば、一気にバーンと増えてくる。こっちばかり細かく分けて申し訳ないけど(笑)、振り飛車は戦法の数が多いですね。

菅井 ひいき目が入っていますね(笑)。

佐藤 居飛車も分けてくださいよ(笑)。

藤井 もちろん分けてもらっても構わないけど、僕から見るといつも同じ将棋を指しているように見えちゃう。振り飛車のほうが、ちょっとずつ違うという印象を受けてもらえているはずですよ。それともう1つ、忘れてはならないのが相振り飛車です。相振りは特殊な戦法で、「相振り党」なんて人はいませんよね。戦型の数にさえ、基本的には入ってこない。これはなぜかというと、「必要とされていない」からなのですよ。理論的に考えると実現しにくいのです。▲7六歩△3四歩から始まって、仮にどちらかが飛車を振ったとしても、もう片方が飛車を振る必要は全くない。ある意味、「趣向の戦型」ですね。実際、ほとんど▲2六歩や△8四歩から対抗型に進んでいるじゃないですか。だから相振りは途方もない未開拓状態です。みんなで指しても100年以上は楽しめますよ(笑)。

長期計画

――いろいろな可能性があるわけですね。

藤井 三間対向かい飛車、三間対四間、相三間、相四間、相中飛車、分けてみたらいくつになるのかな? それはもう大変なことになりますね。ところが、相振り飛車には出現するための必然性が全くない。放っておいたら、これからも手つかずで進んでいくのでしょう。

佐藤 たしかに、基本的に相手の同意が必要な戦型ですよね。

藤井 そう、「今日は相振りでいこう」と思っても、なかなかそうはいかない。だけど、菅井君が▲7六歩△3四歩にビシッと▲7五歩と突くとするよね。その▲7五歩が優秀で、後手が居飛車で対抗するのは自信がない、ということになればどうでしょう。△3五歩と突く相三間飛車がクローズアップされるじゃないですか。そこで初めて相振りが、「必然の戦型」になってくるのですよ。一時期ちょっとだけその傾向はあったけど、現状は「△4二玉でも△6二銀でもなんでもいいや」という感じだから、必須科目までには至っていない。同じような例で、菅井流の初手▲5六歩に対して、居飛車で戦うのは自信がない、困ったなという人もいるでしょう。そこで昨年、△5四歩と突いて、相中飛車にする対策が指された。プロの将棋で相中飛車が現れるとは驚きでしたが、それも2、3局ぐらい指された程度で、とても必然性があるという感じではない。矢倉の話に戻るのだけど、当時、僕は「なんとか相振り飛車に必然性を持たせられないか」と考えた。まず▲7六歩と突きますよね。対して△8四歩なら矢倉になりますが、矢倉はその頃、先手の勝率が高かった。仮に先手矢倉が優秀だとしたら、後手は▲7六歩に△3四歩を選ぶことになる。そこで僕は横歩取りを指さないから、▲6六歩と突きますよね。この3手の出だしで無理やり矢倉を目指すのは得ではないとされているけど、僕はそこにチャレンジした。この場合の相居飛車でも、先手が押し気味に戦えるということになれば、後手は3手目の▲6六歩に△3二飛と指すことになる訳ですよ。どうです? 必然的に相振り飛車が現れたでしょう?

佐藤 論理的ですね。

藤井 わかってくれました? 僕が矢倉を指し始めたのは、「必然的に相振りを表舞台に出す」という目的もあったのですよ。ところがですね、僕が黙々と矢倉を研究しながら長期プランで相振りを土俵に上げようとしているのに、ちょうど同じ時期にさっきの菅井流(J図)が現れた。戸辺誠六段の『相振りなんでも三間飛車』(マイナビ出版)という本が出るくらい、相振りの三間飛車が大流行してしまった。僕の思惑などは誰も知る由なく、▲6六歩には当然のように△3二飛と回っている(一同笑)。結果としては相振りが流行したので目的は達成したけれど、三間飛車が強力すぎて、こんどは▲6六歩が下火になってしまった。菅井君のせいで、僕のプランは台無しです(笑)。

菅井 いや、いや、いや(笑)。

藤井 向かい飛車対三間飛車の戦いは、かつて向かい飛車側がやや有利とされていた。その歴史が菅井君の工夫によって、パッと覆ってしまった。そういうことが、相振りにはまだいっぱいあって、無限に楽しめる。対抗型の将棋にしたってまだ全然、手つかずのようなもので、もっと指されるべきだと思いますね。だけど、これからはもっともっと居飛車が指されていくのでしょう。手つかずのほうはそのままで、研究が進んでいるほうが、これまで以上により指されていく。僕はそう見ています。

深すぎる穴

――菅井六段が注目されている戦型は?

菅井 全部の戦型でいろいろな可能性が広がっていると思いますね。そんな中、逆にみんながあまり注目していないのは角道を止める振り飛車でしょうか。でも、昔ながらの美濃囲いで居飛穴と戦う将棋にしても、藤井システムにしても、まだまだいろいろな新しい変化が生まれてくる可能性はあると思いますね。これからの数年で増えていくのではないでしょうか。あと、四間飛車穴熊も流行するかもしれませんね。十分な可能性を感じます。居飛車系では、あまり自分は詳しくはないですが、矢倉ですかね。いまは先手が少し苦労していますが、ちょっとずつ全体的な流れが変わっていきますよね。そういう意味でも注目しています。

――矢倉戦にも参入してみたいと。

菅井 まあ、それは自分の権利ですから(笑)。それにしても、いろいろなところにコンピュータの影響が現れているような気がしますね。矢倉にしてもそうですし、ノーマル四間飛車が見直されるようになったのも関係しています。

――コンピュータ将棋については、のちほど改めてお話を伺いたいと思います。佐藤先生はいかがでしょうか。

佐藤 いやあ、藤井さんの壮大な計画を聞いて仰天しました(笑)。万里の長城を作っているみたいですね。たしかに相居飛車は指されすぎかもしれませんが、あえて言うと「掘りすぎ」なのですよ。相居飛車もたくさんの戦型があるじゃないですか。矢倉だったら、森下システム、加藤流、藤井流、スズメ刺し、▲3五歩早突きなど、数えだしたらきりがない。それに後手から見た矢倉中飛車、郷田・阿久津流、右四間飛車などが加わって、実に多くの戦法がある。なのに、主流の▲4六銀・3七桂型だけをひたすら深く掘っていて、他のは全然掘られていないのですよ。角換わりでも、先手が腰掛け銀に構えて後手が受けて立つ戦型だけが掘られていて、早繰り銀とか棒銀とかはほとんど指されていない。未開の分野はたくさんありますよ。私の目から見ても、掘りすぎじゃないかなという部分もあります。もう少しまんべんなく進むのが理想だけれど、一極集中という感じですね。順番に街ができていけばいい国になるのに、1つの都市だけ開発が進み、残りの土地は草しか生えていないような感じです(笑)。それがいいことだとは思っていないのですが、やっぱり勝ち負けが絡んでいるから仕方がないのかな。

――将棋の解明に近づいていかないということがあるのでしょうか。

佐藤 いや、解明に近づいていると信じて、みんなが一生懸命やっているわけですね。最善を突き詰めるタイプの人は、初手から「こう指すべき」というアプローチをするわけです。本当は自分もいろんな戦型を見たいですよ。だからもう、「今月はこれしか指したらだめ」みたいな決まりを作りましょうか。今月は矢倉、来月は相振り、みたいに全部決めておけば、いろいろな戦型が見られますから面白いでしょう(笑)。

藤井 それと似たようなことを考えたことはありますよ。主催者が戦型を勝手に決めてしまえばいい。「中飛車選手権」とか「ひねり飛車杯」とかね(笑)。

――それは面白いですね(笑)。

菅井 面白いですかねえ(笑)。

藤井 冗談みたいだけど、これは本当にまじめに考えたのですよ。

佐藤 強い人は結局、最後には勝つわけですからね。それがいい方法かどうかはともかく、「将棋の面白さをプロ棋士がちゃんと伝えられているのかな」という疑問を感じることはありますね。いずれにしろ、相居飛車も未開の地は山ほどありますので、まだまだ大丈夫です(笑)。

藤井 佐藤さんの話を聞いて、なるほどと思いました。3つではないですね。

菅井 さすがに、そんなに少なくはないでしょう(笑)。

佐藤 ということで、注目している戦型は山ほどありますが、なかなかお目にかかれていません(笑)。

『将棋世界インタビュー特集』の記事一覧はこちら


将棋情報局では、お得なキャンペーンや新着コンテンツの情報をお届けしています。

著者