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将棋世界インタビュー特集

佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位座談会「創造の原動力」(2)

「新手」をテーマに佐藤康光九段、藤井猛九段、菅井竜也王位が大いに語りました。
(初出:将棋世界2015年7月号 段位・肩書は当時のもの)

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スペシャリストの悩み

――謙遜されていますが、藤井九段は現在も角交換四間飛車の開拓をはじめ、さまざまな工夫を重ね続けています。

菅井 自分は角交換四間飛車を指す前に、藤井先生の棋譜をずいぶんと並べました。

藤井 そうなの? 並べて嫌になったりはしなかった?(笑)

菅井 嫌になったりはしませんでしたが、意味が難しい戦法だなとは思いました。いきなり藤井先生の将棋を並べたのがよくなかったのかもしれませんが。

藤井 僕が指している将棋は、どうも不人気ですよね。難しい上に、ご利益も少ない。同じ振り飛車でもゴキゲン中飛車がこれだけ人気なのは、言い方は悪いけど、誰でも指せるからでしょう。

佐藤 たしかに「難しく指す」からプロらしいというところはありますよね。誰でも指せる戦法をプロが使うのは、それはそれで難しいところがあります。アマチュアの方でも真似しやすく人気のある戦法を、しっかりと成立させて勝ち抜いていくのは大変なことでしょう。

藤井 佐藤さんもよく、「誰も真似してくれない」と嘆いていますよね。

佐藤 一応、論理的に組み立てているつもりなのですが、大盤解説会などでそれをいうと、まずそこで笑いが起きます(笑)。何故ですかね。どうもキャラができあがってしまったのかな。

菅井 ダイレクト向かい飛車は自分もやってみたいですけど。

佐藤 角交換系の将棋は駒組みの制約があって、間口が狭いですよね。私としてはダイレクト向かい飛車を指すにしても、できればいろいろな対策を相手にして戦いたい。毎局のように同じ形だとつまらないじゃないですか。でも相手側からすると、その戦法を相手にするのは新鮮なことなので、いちばん有力とされる対策で来るわけですよ。そうすると、スペシャリスト側はそればっかりを相手にすることになる。せっかくいろいろな形の準備をしているのに生かせない。そうなると私としては面白くないし、連採していくのも大変です。これはスペシャリスト側の問題というか、悩みですね。

相手は「全世界」

――普段の研究は1人ですか。それとも共同研究もしているのでしょうか。

藤井 僕は基本的に1人でやっています。ただし、一時期はよく阿部健治郎(五段・同じ西村門下)とやっていましたね。7~8年前のことですが、矢倉をやってみようと思ったときに、僕は基礎がまるでできていないから、さすがに居飛車党の助っ人が必要でした。その頃、鈴木大介八段と当時は振り飛車党だった永瀬拓矢六段がコンビを組んでいて、関西では久保利明九段と菅井竜也六段というコンビができていました。一応「振り飛車御三家」と呼ばれている身としては対抗意識を燃やして阿部健治郎と組んでみたけど、彼は居飛車党なので、どうにも歯車が合わないのですよ(笑)。「このコンビは変だな」と思いつつも、2人で矢倉だけでなく、中飛車や角交換系の将棋など、いろいろ研究していました。久保、菅井コンビは実際のところ、どうなの?

菅井 最近はほとんどやらなくなりましたね。奨励会の二段の頃がいちばん教えてもらったかもしれません。三段から四段になりたての頃は新構想をぶつけてみるみたいなこともありましたね。胸を借りて教えを請う相手としては、これ以上の方は考えられません。ただし、プロになってからはそれも減りました。最近は研究会自体もあまり参加していませんし、新構想みたいなものはいつも自分1人で考えています。

佐藤 私は奨励会初段の頃に、室岡克彦七段に研究会に誘っていただいて、ずいぶんと面倒を見ていただきました。室岡先生は非常に論理的な研究をされていて、受けた影響はかなり大きいですね。最近の研究会は将棋を指すのが中心ですが、その頃は室岡先生と、あともう1人棋士か奨励会員がいて、「指さない研究会」をやっていました。ただし研究テーマは四間飛車と相掛かりや横歩取り、つまり室岡先生の得意戦法が多かったですけど(笑)。室岡先生は論理的なだけでなく、いろいろな新しい発想も出されています。そして室岡先生はその研究を全部ノートに整理されていて、その冊数はびっくりするぐらいの量になります。あれはいずれ世に出してほしいですね。

藤井 あれは本当にすごいです。部屋いっぱいです。

佐藤 しかも面白いのは、その研究ノートに記された図面ですね。自分側のところに「室岡」と書いてあって、相手側のところに「全世界」と書いてあるのですよ。これはすごいなあと思いました。だって全世界ですよ。つまり棋風とか好みとかいった要素を一切排除して、論理的な研究で1つの戦法をきわめてやろう、という気概があるじゃないですか。いまだったら「新手1勝」じゃないけど、とりあえず1局勝てればいいや、みたいに思う人もいるかと思いますが、室岡先生の姿勢には見習うべきものを感じます。

藤井 研究しているときの基本的な気持ちとしては、僕も相手は全世界です。「1局、2局はこれで勝てるかな」といった精神では絶対にやりませんね。

佐藤 やっぱり藤井さんは素晴らしいですね。そうじゃないかと思っていました。私はそうではないです(笑)。というのも、最初の話に戻りますが、やっぱり自分は居飛車党出身で、居飛車は先後両方とも指すので、片方がつぶれたら指せなくなってしまいますよね。だから「きわめてやろう」という精神が薄いというか、どこか純粋じゃないというか、少し濁ったところがありますね(笑)。

藤井 僕は裏表をやらないのでわからないけど、矢倉の先後を両方持つ人にとっては、突き詰めたらまずいところがあるじゃないですか。先手有利になればなるほど後手を持ったときには困るわけで、適度なところで止めておきましょうという気持ちが働くのかもしれない。ところが、相手が振り飛車となれば、全く容赦がないのでこっちはきつい(笑)。振り飛車なんて、向こうの人からすればなくなっても何も困ることはないから遠慮がないよね。「消えてなくなれ」ぐらいに思っているのでしょう(笑)。だから、こっちも全世界を相手に戦う気持ちを持たないと、やっていられないわけですよ。

菅井 研究するときには、先後をひっくり返してみることもありますね。

藤井 例えば菅井君が中飛車をやったら、みんなが連合軍のように遠慮なく超速▲3七銀戦法でつぶしにくるじゃない。あれなんかどう思うの?

菅井 たしかに超速は勝率が高い戦法ですし、すごい流行でしたよね。でも前は逆に「やってきてほしいな」という気持ちが強かったです。反骨心もありましたし、そういう優秀な戦法と勝負したいという気持ちもありました。そもそもそのときは超速以外の研究はほとんどしていませんでしたし(笑)。いまは特にそういった思い入れはないですね。

佐藤 そういった気持ちは大事ですよね。気概というか、精神がしっかりしていないと1つの戦法を組み立てていくことは難しいと思います。

水面下の研究

菅井 採用する戦法について聞きたいのですが、何か嫌な要素というか、水面下で気になる変化があったら実戦では使わないものですか?

藤井 ん? いつも嫌な変化だらけですよ(一同笑)。

菅井 例えば藤井システムで、「自分の中ではこれが嫌だけど、みんなの中ではそう思われていないから、まあやってみようか」みたいなことはありますか。

藤井 それはある。「この変化は嫌だな」というのはたくさんあるけれど、みんなは主流の変化をやってくるので実戦には現れない。だけど気持ちの中で課題としてとらえ、水面下では研究を続けていますね。当面の間に出てきそうなのを重点的にやって、いずれ出てきそうというのにも備えて手広くやっている感じだけど、昔から常に不安な変化だらけですよ。

佐藤 私は戦法を散らすタイプだと思っていますが、「ちょっと嫌だな」という予感があるときは他の戦法を考えたりしますね。だけど、嫌な変化は必ずありますよね。全部の変化で自信があるとか、あり得ないでしょう。それは「最後は自分が勝つ」というのと同じで単なる自信家ですよ(笑)。ただ、若いときは、そういうことを気にしていたかもしれませんね。いまはもう来たらしょうがないかと開き直っているというか(笑)。

藤井 たしかに段々不安に慣れてくるというか、仕方がないと思えてくるね。

菅井 自分は「いい勝負」だと思えばやるのですが、「少し不利」と思う変化があればできないですね。

佐藤・藤井 若い、若い(笑)。

藤井 たしかに若いけど、そういう細かい気配りは大事ですよ。

菅井 若いですか(笑)。でもそう考えると、できる戦法がほとんどなくなってきますよね。仕方がないから、はやっていない変な方向の研究ばかりして、誰も入ってこないのに、「やっぱりこの変化は自信ないな」とかで封印したり(笑)。

――完璧主義というか、そういう傾向はあるのでしょうか。

菅井 いや、とても完璧主義ではないですけど、実際にその変化が現れて負けたら、バカみたいじゃないですか。

佐藤 その「嫌な度合い」には注意が必要で、「これは大丈夫、あれも大丈夫」といった感じでどんどん大きくなってはまずいですよね(笑)。自分の中である程度は許せる範囲は決めてやっています。

藤井 でもそれで、自分の指し手を狭めてしまうのはもったいないじゃないですか。研究するがゆえに、逆に可能性を閉じてしまう。

佐藤 たしかにそれはありますね。

藤井 研究には弊害もあって、何も考えなければいろいろ指せるのに、すればするほど「これもだめ、あれもだめ」なんてことになってきたら、結局楽しくなくなってきてしまう。

菅井 たしかに自分は、結構1人で苦しんでいることが多いですね。

藤井 だから、そこは研究家のバカみたいなところで、むしろ研究しないほうがいいみたいなときもありますよ。

佐藤 たしかにあえてしないというのも1つのアイデアかもしれない。もちろん全然しないわけではなくて、する部分としない部分を分けるということですね。

藤井 だから途中でばさっと切っちゃうのがいいね。ある程度やって、「さあ、あとは実戦で」みたいな感じで。どっちが勝ちかまでは、やらないほうがいい。

佐藤 でも突き詰めるのが好きな人も多いですよね。そういう人にはちょっと向かない方法かもしれません(笑)。

なぞり将棋

――前例を踏襲する将棋が増えているということについてはどう思いますか?

菅井 その人が一手一手ちゃんと考えて指しているのであれば、それは構わないと思います。研究した結果、実戦例の進行しか思い浮かばなかったとしたら、それは仕方ないですよね。でも、「トップ棋士がやっているから」という理由で指すのはよくないとは思いますけど。

佐藤 まあ前例をなぞっていくことは、考え方としては普通のことだと私は思っていますね。「最初から最後まで最善を指そう」と突き詰めて考えていくと、正しいと思う手を外すわけにはいかないじゃないですか。私も若い頃はそういうタイプでしたし、例えばチェスの世界では、よりそういった傾向が顕著なはずですよね。その人の将棋観というか考え方にもよりますけど、ある意味ゲームとしては、しょうがないことだと思っています。ただ、私としては同じようにずっと指していくのはモチベーションが上がっていかない。もちろんやってみたい形があればやりますが、ファイティングスピリットが出てこないので、なるべくそうはならないようにしています。

――最近は角換わりや横歩取りの将棋が多いように思うのですが。

佐藤 たしかにそうですよね。アマチュアの方が見ていて面白いのであれば構わないと思うのですが。藤井システムとゴキゲン中飛車ばかりなら、喜ばれるのでしょうけどね(笑)。プロが見ていても飽きてくるぐらいだから、「どうなのかな」とも思うけど、「最善の追求」を考えると、どうしてもそういう現象が起きてくるのもしょうがない気がしますね。

藤井 申し上げにくいですけど、「なぞり将棋」と呼ばれるのは、圧倒的に居飛車党の将棋ですよね(一同笑)。振り飛車党の将棋はそう呼ばれないでしょう。

佐藤 振り飛車党は「同じ将棋を指すなんて情けない」みたいな流儀ですか。

藤井 というより、なぞっていると簡単に負けてしまうからね。

菅井 そうですよね。当たり前ですが、必ずどこかで変化が必要です。

藤井 これは実はね、棋風というよりは「スタイル」が同じ人が多いからなのですよ。将棋界は長らく羽生さんがトップに立っていますよね。羽生さんは序盤が本筋追求型で、中盤は効率的な指し方をして、終盤は鬼のように強い。ある意味、「完璧な将棋指し」みたいなスタイルを確立してしまった。みんな子どもの頃からその姿を見ているので、どうしてもそこを目標にしてしまう。本当はそれが、「打倒、羽生!」となればいいのだけど、「羽生さんみたいになりたい」と、見習ってしまう人が多い。そうすると、先手のときは角換わりのように、有利さを発揮しやすい「勝てる定跡」を採用する。後手のときは相手の注文はなるべく受けずに反発して、横歩取りのように理論的というよりは「実戦的」な戦法を指す。「自分さえよければいい」と思っているかどうかはわかりませんが(笑)、そういう「いけてるスタイル」の人が多い以上、なぞり将棋が増えるは当然ですね。

――とても鋭い分析です。

藤井 みなそれなりに個性もありますが、似たような感じの人が多いじゃないですか。やっぱり角換わりと横歩取りがメインだから、まずは、はやっている戦型を指すのが大事と。そして相手が飛車を振ってこようものなら、穴熊にとね。「これにはこれ、あれにはあれ」といった感じで、戦型別に勝率の高いイメージというものをそれぞれ持っている。その方針で指しているから、似た将棋が増えてくるのでしょう。

佐藤 それと、流行しているときに指さないとわからない、ということもありますよね。例えば、いま四間飛車対5筋位取りをやってみたいなと思っても、全然できないじゃないですか(笑)。昔の戦法を純粋に面白いなと思っても、そのときとは感覚も違っているし、研究するのも難しい。ですから、はやっているうちに触れておきたい、というのはあると思いますね。

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