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ゴルフ千物語①

【第03回】Trust me(任せてよ)

2016.12.02 | 篠原嗣典

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Trust me(任せてよ)




「皮肉なんもんだなぁ」

「は? 何番ですか?」

俺の独り言に、キャディーが驚いて反応する。

「いやいや、独り言」

18番パー5。フェアウェイの絶好のポジションで第2打を待つ俺のボールまでは、あと百歩以上歩かなければならない。

シングルハンディキャップのプレーヤーがAクラスの月例会で優勝するのは至難のワザだ。念願のハンディ7になって以来10年間、当然のようにそんなチャンスは来なかった。

たった1度だけ、チャンスと言えばチャンスと言えることがあった。ネットで71だった時だ。でも、12とか10とかいうハンディのBクラスから上がってきた新参者が5アンダーとか4アンダーで上位だった。

月に1回、年で12回、10年間だと単純に120回…… 1%以下のチャンスが現実に目の前にあった。

融資を断る際の銀行マンの台詞が思い出される。

「経営者がシングルハンディの会社は、良い評価をされませんよ。ゴルフに入れ込んだ分、経営がおざなりになっていると思われますからね」

お前がゴルフの話題をふってきたんだろ、怒鳴りたくなるのを必死で抑えた。馬鹿みたいに調子に乗って話した自分も悪い。ゴルフで会社や社員、お客や取引先に迷惑を掛けたことはないと断言できた。俺は異常なまでにそういうことには敏感になり、注意してきたのだ。

その証拠に、ゴルフの話題をふった銀行マンは、俺がゴルフをしていることを知らなかったように、話題に乗った俺に驚いたではないか。とは言え、今考えれば、シングルだということを話した瞬間に、奴の目の奥で嫉妬と羨望が入り交じるのを見たような気もする。

やっと巡ってきたチャンスが、メンバーとしての最後のラウンドだとは…… ゴルフの神様というのは何を考えているのか、全く分からない。

20代で始めた会社は、苦しい時期もあったが、運良く20年目で社員数50名を越える規模になった。何もかも会社に捧げたといえば大袈裟だが、オーナー社長として理想的な形であると密かに誇りを持っていた。

それが、急におかしくなり始めたのは、創業以来の腹心の部下との対立がきかっけだった。新しい顧客に対する対応で双方の意見は割れた。一緒に仕事をして初めてのことだった。

「わたしに任せてください」

何度も繰り返す彼に、嫌なものを感じた。会社を大きくしたのは、あなただけの功績ではない、というような傲慢な自信を感じた。意地になった。

俺の方針で進められた仕事は、すぐに暗礁に乗り上げた。部下は、自分のやり方にこだわることなく、決定された俺の方針に完全に従い、全力を尽くしてくれていた。だから、余計に俺は非を認めることが出来なかった。全てが言い訳だが、ちょうど景気も急激に悪くなってきていたでの言い訳の材料には事欠かなかった。

下り始めたら落ちるのは早い。打開策を打ち出し、実行するたびに事態が悪化する速度を速くした。

最小限に会社を維持する案を部下が出してきた時が、本当は最後のチャンスだった。しかし、俺は部下が出してきた案を却下した。直後に大量に社員が辞めた。沈没する船からネズミが逃げるという話を聞いたことがあるが、まさに、そういうものだった。

情けなくなるほどあっけなく、俺が作った会社は潰れることになった…… 最後に残ったのは、俺と創業以来の腹心だったはずの例の部下だけだった。

既に退職金も払えない状態だった。それでも、文句一つ言わない男だ。俺は、個人で持っていたゴルフ会員権を譲ることにした。俺に残された最後の財産らしいものだった。部下は辞退したが、俺の強引な性格をよく知っていたので、最後は渋々了解した。

今日が最後のメンバーとしてのラウンドになる。ボギーを覚悟した長いパーパットが入る。ダブルボギーだと思っていたらアプローチが直接カップインしてしまう……

昨日まで見放されていた運が、一気に集まったようなプレー。調子が良い訳ではなく、運だけでスコアが良いのは不本意で面白くなかった。俺は、何とも言えない皮肉を感じていた。

会社のことまで全て含めて、俺には後悔なんてない。全ては自分の責任である。センチメンタルなラウンドだけにはしたくなかった。平常心と何度も自分の心に言い聞かせたつもりだったのに。

「5番アイアンで刻みますか?」

キャディーが聞いてくる。何度も付いたことがある馴染みのキャディーだ。俺の攻略方法をよく知っている。

無謀なチャレンジで自滅するゴルフが大嫌いだった。だから、比較的短い期間でシングル入りできたのだと信じていた。

ピンまで240ヤード、手前は池。メンバーになって以来、何度もここから打った経験がある。全て刻んできた。無理は禁物である。いつものように5番アイアンを持った。

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