300年後
夢を見た。私は大半の夢は『あぁ、これは夢だ』と思いつつ見る。その夢もそうだった。
初めて見る夢だった。私は続き物の夢をよく見るので、初めての夢だとドキドキする。
どこだかわからない狭く暗い廊下に私はいる。その狭い廊下は満員電車のように身動きできないほど人がいる。背中側に出入口があるようだが、私からは見えない。混雑する人の流れは一方向ではなく、見えない出入口に向かって外に出ようとする人たちと、正面の行き止まりにあるカーテンの向こう側に行こうとする人で、押し合いながらゆっくりと二方向へ流れている。
私はカーテンの向こう側に行こうと人波を掻き分けて必死に進む。カーテンの向こうは時間の裂け目で、タイムマシーンのようになっていると知っているのだが……
何だかのトラブルがあって、パニックになっている。
カーテンから出てくる人は、江戸時代の武士もいれば、見たことがない光沢のある全身タイツのような服を着た未来人もいる。カーテンに向かっている人も色々で、私の目の前の人は若い男だが軍服だ。
私はやっとカーテンの所まで来て、手を先にカーテンの隙間から中に入れる。その途端、ギュッと手を握られてカーテンの中に引きずり込まれる。真っ暗闇で、足下に床がなくなり、バランスを崩しそうになる。
「おじさん、助けて」
手を握っていたのは小学校1年生ぐらいの少女だとわかる。同時に、自分の服装がキッチリとした黒い燕尾服のようなもので、高さのある山高帽を被っていることを知る。
「助けてあげるから安心しなさい」
と声を掛けると同時に、足が地面に着き、暗闇から明るい場所に出た。
手を繋いでいる少女は、フリフリが一杯ついた白い長袖のブラウスに赤いスカートと、赤い靴を履いていた。見たことがない少女だった。大丈夫か、と声を掛けると、大きく頷いた。
周囲を見渡すと、そこは大正時代の吉原だった。寝る前に読んでいた小説の影響だと、気が付く。ディズニーランドみたいだと私は思った。昼の吉原は張りぼてのような作りの建物が並んでいるが、どこも準備中のような呑気さを漂わせている。
でも、今のような強い明かりがない大正時代の夜になると、その機能が最高に活かされて、幻想的な夢の街になることを十分に想像できた。和洋折衷の微妙なバランスが心地良い一瞬の大正時代を私は途端に好きになる。
手を繋いでいる少女が急に手を引いて駆け出す。
「待て!」
通りの先から数名の男たちが追ってきた。理由はわからないまま、私たちは逃げる。
追っ手の足は速く、かつ、先回りしている新手も現れて、あっという間に小さな路地に追い込まれてしまう。とっさに、横にあった飯屋の縄のれんをくぐると、再び、足下から床がなくなり、体が宙に舞い、真っ暗闇になった。
少女と私はテレパシーのようなもので交信する。
「何故追われている?」
「言ってもわからないと思うから言わない」
「君はどこの時代の人間なの?」
「……」
手を握ってくる力が強くなる。
「もう何度もタイムスリップしているの?」
「覚えていないくらい」
「大人みたいな話し方をするんだね」
「どういう風に見えているのか知らないけど、私は大人なのよ」
「へーぇ。小学校1年生ぐらいだと思っていた」
「見た目はさほど重要ではないということね。若く見られることは嬉しいわ」
いきなり周囲が明るくなったが、浮遊感は消えない。私と少女は、空を飛んでいた。
「君はやっぱり未来の人だ。僕のいた時代には人は、こういう風に空を飛ぶことはできないから」
「優れているものが全て未来から来たと思うのは怠慢な考え方だわ」
高いビルぐらいの上空にいるのはわかるのだが、見える範囲にビルはなく深い森が見渡す限り続いている。
「ここは過去? もしかして、森に入ると恐竜がいるとか?」
「貧困な発想ね。よく見て、ここは過去ではなくあなたの時代から300年後よ」
彼女は語り出す。
少子化が止まらない先進国、それでもトータルで見れば人類の人口は増え続けた。砂漠化、水不足、食糧危機…… 雪崩のように人類を襲った天変地異。21世紀の終わりには、人類は急激にその数を減らせていった。その結果……
「この真下は昔の市原市よ」
彼女は指を指し、あっちが茨城、こっちが東京。飛行機からでも、グーグルアースでもゴルフ場だらけに見える関東で最もゴルフ場が密集している千葉県市原市が、鬱蒼とした巨大な森になっていて道路すらわからないのだ。
「富士山が噴火して、火山灰などの被害以外にも溶岩が太平洋まで到達して、関東は人が住むという意味では復興しなかったのよ」
確かに、あるはずの方向に富士山はなかった。
「ゴルフ場があった所は森林化していく上では、適当な間隔があり日当たりが良く、肥えた土、保水力が確保された土壌と好条件だったので自然に最も早く戻って評判は良かったわ」
私はその少女が誰なのか強烈に気になり出す。
「君は誰なんだ?」
彼女は答えない。しばらく私も何言わずに空を飛びながら、周囲をよく観察する。
「300年後、もうゴルフは行われていないのか?」
彼女の顔を見て質問する。彼女は笑いながら、良い質問だわ、と言ったと思うと握った手を引っ張るようにして加速した。
凄いスピードで森の上を飛んでいく。はるか彼方に見覚えのある空間が見えてくる。遠くからでもわかる。明らかにゴルフ場だと思った。
「良かった」
と呟くと、彼女は
「馬鹿じゃないの」
と見下した目で私を見る。
良かったという充実感で目が覚めた。300年後にも変わらずゴルフが続いていて良かったということだけでなく、森に戻り、砂漠化の歯止めや水不足の解消に役立っているという未来を良かったと思ったのだ。
もちろん、これは夢であり、何の根拠もない。300年後を考えてゴルフをすることに意味はないのだが、時間が経つごとに色々と考えさせられた。未来にゴルフをバントタッチしていくという意味では、私たち一人一人がその責任を負っている。そんなことを考えるきっかけになったのだから、この夢にも意味があったのだと思いたい。
全ては行動で証明していくしかない。
この夢の続きを見るかどうかは分からない。夢診断で分析する気もない。ただ漠然とゴルフの夢を見たと言う話なんだけど、嬉しいような悲しいような妙な気分なのである。
(2008年1月22日)