【第07回】ベランダからトイレへの渡り廊下(2) | マイナビブックス

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諍わなければならないいくつかのこと

【第07回】ベランダからトイレへの渡り廊下(2)

2016.03.02 | 宇野正玖

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ベランダからトイレへの渡り廊下


下段、ぼんやりタバコを吸っている轟のいる廊下へ憂と妙がやってくる。二人がやってくる会話を聞くと、何故か轟は隠れてタバコを消す。舞台に現れる前から憂と妙の会話が聞こえてくる。

憂 なに?行かないの、トイレ。
妙 行くよ。でも、別に用を足したいわけじゃなくて。
憂 え、じゃあ、なに?
妙 なにが?

憂と妙が舞台上に現れる。轟は隠れてそれを見ている。

憂 あのさ、妙もさ、なんかおかしい。というかみんなおかしい。
妙 そう?
憂 特に中よ。あいついつからあんな性格になったの?
妙 そうね。
憂 まるで瀟みたい。あいつが前からおかしいのは知ってるけど。
妙 そうね。
憂 なにその気の無い返事。
妙 そう、気。
憂 え?
妙 その、気っていうの、憂はあるの?
憂 気?ってなに?
妙 今自分で言ったんでしょう?気の無い返事って。
憂 言ったけどさ。
妙 あるのよ。いるの。きっと仄も感じたんだと思う。
憂 あんたね、何言ってんのかわかんないんだけど。確かにね、仄、何考えてたんだろう。なんか一言でも言えばさ、こんなことにならなかったんじゃないかなって思うのよ。妙さ、今朝言ってたじゃない?
妙 何を?
憂 葵がみんなにばらさなけれよかったんじゃないかって。
妙 ああ、うん。
憂 ちょっと、ちょっとね、ぶっちゃけ私もそう思うのよ。仄だって、中を責める気無いんなら、ちゃんと言えばいいのにって思うの。だから、何考えてたんだろうって。
妙 言えないと思うよ。
憂 なんで?
妙 憂はさ、
憂 ん?
妙 負けたことってあるの?
憂 なにそれ?
妙 あるの?
憂 ん?なに、ゲームとかなら、私アホだからしょっ中だけど。
妙 それって負けなの?
憂 もっとおっきい意味で聞いてる?
妙 そうね。おっきいというか…。人生的な敗北?
憂 充分おっきいよ。それほど濃ゆい人生、残念ながら送ってなくてね、あって、失恋くらい?失恋は人生的な敗北なの?
妙 まあ、程度によるとは思うけど。失恋はあるの?
憂 あたし、純が好きなんだけど、多分葵に取られる。ははは。
妙 ちょっと、爆弾発言を簡単に言うね。
憂 こういうところがだめなんだろうね、あたしは。
妙 ダメはいいとして、仄は、中に覗かれて、人生的な何かに敗北したんだと思う。
憂 いや、うん、おっきいよね。トラウマだわ、多分。
妙 いい?憂。完全な加害者によって被害を受けるなら、被害者は潔白でいられる。例えば仄の場合、覗かれたという、心と体の傷だけなら、大変だけど、いずれ癒えると思うの。
憂 う、うん。
妙 でも、仄は少なくとも潔白な被害者ではなかった。中を愛していたから。中だって完全な加害者であるなら、もっと、誰かにばれない方法があったはず。あの、覗きがあった瞬間、二人はどうなっていたと思う?
憂 わかんないよ。
妙 何かに、決して避け得ない何かに、掌握されていたのよ。私はね、それを確かめに来たの。
憂 はあ。いや、やっぱ妙、変だよ。
妙 憂、ちょっとトイレに入ってみてよ。
憂 え?
妙 扉は開けっ放しでいいから。ほら、早く。
憂 なんでよ。
妙 いいから、ちょっと実験したいの。あたしは中の立場になるから。
憂 えー?
妙 女同志だよ?いいじゃん。
憂 振りするだけだよ。

憂はトイレに入る。(トイレは客席側の楽屋のなか。客にはなかが見えないようにしたい。)

妙 入るだけじゃなくて、しゃがんで。
憂 こう?(しゃがむ)
妙 うーん。もう少し足を開け。もう少し。
憂 妙、なんかおっさんみたいだよ。

二人がトイレの研究に集中している間、轟がそっと出て来てその姿を観察している。憂と妙は轟に気づかない。

妙 うーん、全然わかんない。
憂 ねえ、妙。
妙 何?今集中してるの。男の気持ちになってるところなのよ。
憂 私実は本当におしっこしたくて、ずっと我慢してたの。一回閉めていい?
妙 丁度いい。それなら重畳ちようじようよ。さあ、思いっきりしなさい。
憂 なに?重畳ちようじようって、どういう意味?
妙 そういうのは瀟にでも聞いて。ほら、いいよ。誰も見てないから。
憂 あんたが見てるでしょ。
妙 早く!ちょっと今、なんか掴めそう。
憂 変態か!

憂は耐えきれず、トイレから飛び出し、妙を見る。轟が見つかる。轟は慌てる。

憂 え――
轟 ―何やってるんだ!おまえら!

妙も振り向く。

憂 変態?
轟 違う!
妙 先生。
轟 そうだ。…おまえら、…飯は、食ったのか。
妙 一緒に食べたでしょ、先生と。
轟 そうだ。いや、先生はな、お前らがよく噛んで食べたかどうかと、聞いているんだ。
憂 先生、まさか、
轟 まさかおまえら、仄が中に覗かれていたとき、一体何を考えていたんだろう?きっと仄は何か人生的な敗北をして、言いたい事が言えなかったんじゃないか。きっと二人は、何かに掌握されていたんじゃないかとか思って、その実験を実際にしてみようと思ったわけじゃないだろうな!
妙 そうですけど、やたら詳しいですね、先生。
轟 馬鹿なことはやめろ。
妙 先生、丁度良かった。やっぱり女の私じゃ分からないんで、先生やってみてもらってもいいですか?
憂 は?
轟 中か?
妙 はい。
憂 はあ?
妙 憂、先生なら問題ないでしょ?
憂 めちゃくちゃあるよ!
轟 憂、先生なら大丈夫だ。これは、学術的な研究だろう?先生なら先生だから大丈夫だ。
憂 やだ。

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