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ゴルフプラネット 第18巻

【第1回】まえがき/ビンゴの謎

2016.08.02 | 篠原嗣典

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まえがき

 

 18巻は、ゴルフコースをテーマにして2004年に書かれたものです。

 

 2004年は振り返ってみると、一部の富裕層でバブルのような状態にあったと言われています。実は、ゴルフコースの集客も、高額なプレー代のコースで、平日まで満員御礼で困っているという現象が起きていた不思議な年でした。

 

 名門ゴルフコースの復活が来ると、新規の会員募集をしたコースも少なからずありました。

 2013年現在から振り返ってみれば、その後、リーマンショックなど海外の影響を食らって、日本経済の復活はなりませんでした。

 18巻の中には、急に回復していく景気を裏付けるような事件が書かれています。接待コンペが増えてきているからこそ、というシーンや、キャンセル料の復活があったりしたのが2004年なのです。

 

 それでいながら、2サムでのプレーが当たり前のように浸透したのもこの年でした。

 

 拝金主義が蔓延る直前のゴルフコースで、戸惑っている雰囲気が漂っているのが18巻の面白さだと思います。

 

 お金でなんでも解決できる世の中なんて面白くありません。だからこそ心意気で負けないようにしようと呼びかけている話もあります。まえがきを書くために読み返しながら、何度も心の中でエールを送ってしまいました。

 

 ゴルフコースは画一に評価されるべきではありません。

 良くも悪くも、ゴルフコースの差別、区別、分類が始まったのが2004年です。そういうことも読みながら楽しんでもらえると本望です。

 

 ゴルフコースの話はゴルファーの知的センスを鍛えます。知れば知るほどゴルフコースは違った魅力を見せるのです。

(2013年8月)

 

ビンゴの謎

 

 あるコンペで幹事をしていた。集合時間より1時間早くコースに着き、受付テーブルを設置したが、その日はコンペが多いようで、テーブルは一杯で、小さなテーブルが各コンペに一つという割り振りだったようだった。

 

 こういう時は、コンペの幹事同士で譲り合いの精神で余計なトラブルを未然に防ごうとするものである。当然、そういう知らない者同士のあうんの呼吸を期待していた。

 

 いきなり来た若者は、非常に迷惑そうにその状況を確認した。どうするかなぁ、という私の好奇の目を完全に無視して、いきなり、テーブルを集め始めた。そして、灰皿を見える範囲の場所から全てそのテーブルに集め出した。予想を超える行動に、私の好奇心は一気に高まった。

 

 コースの人が慌ててフロントから飛び出してきた。状況を説明し、元に戻すように小さな声でお願いしていたが、「しょうがないだろ! こっちは5人も幹事がいるんだ! そっちがどうにかしろよ」と若者は声を荒げた。サービス業は、大声に弱い。興奮した相手に常識は通じない。どうにかするしかない、と判断したようだった。コンペ名が書かれた紙をテーブルから剥がし、フロントに張り替えだした。

 

 こちらに歩いてくる若者をニヤニヤしてしながら見つめていた。大声を出しても暴力をふるうタイプではない。私はワザと挑発するような馬鹿にした視線を向けた。若者は、私を睨み返したが、そのまま自分達の寄せたテーブルに戻り、大きな音をたててイスに座った。

 

 私の方の出席者は順調に集まっていた。若者の方も、残りの幹事と思われる人も参加者も到着し出した。どうやら若者のコンペの方が、私たちのコンペよりスタートが早いらしい。幹事は5人だと言っていたが、それ以上の人間がたむろしていた。先生、と呼び合う集団だった。

 

 耳の能力を最大限にして聞けば、どこかの医大の産婦人科の医局と出身開業医の集まりだと分かってきた。「そんなの誘発剤使えば良いんだよ」「でも、患者が嫌がっているんですよ」「馬鹿だな。言わなきゃわかんないって。俺なんか、29日までに全部出しちゃうよ。××先生、神様じゃないんだから、決める時は決めないと、お正月休みなんてなくなっちゃうよ」「いやぁ、分かってはいるんですけど……」と、恐ろしい会話を結構大きな声でしゃべっている。

 

 一番偉い人が来ていない。スタート時間が迫ってきて、医局のコンペはイライラ感が出てきた。私の方は、集合時間の30分前、スタートまであと1時間という段階であと車1台が来ていないだけの余裕があった。彼らは必死だった。先生と呼び合いながらも、こうなってくると上下関係が見えてくる。偉い人の携帯電話に電話できるのは、そのコンペでは2名しかいないというのだ。その2人のうち1人は、電話するのを拒んでいて、もう1人は何処にいるか分からないらしい。

 

 スタートまで10分。偉い人が最初に打つ予定だったのだが、到着していないので最終組にして、とりあえず、スタートしようということになった。流石に頭は良いので、そういうアイデアが出てくるのと決断は早い。

 

 スタートしても、最初からいた若者と2名はテーブルにしがみつくように偉い大先生を待っていた。2組目も出る頃、大先生は悠々と到着した。「あれ? 少ないね。早すぎたかな」と、冗談ではなく、本気で大先生はボケた。幹事が丁寧に状況を説明し、やんわりと急いで欲しい旨をお願いしたが、大先生は露骨に嫌な顔をした。

 

「そういうの嫌いなんだよ。何度も言ったよね。△△先生は、どこにいるんだ?」

「△△先生は、もうスタートしている頃です」

「はぁ? こういう風に急がされて悪いスコアだったらどうする?」

「……」

「じゃあ、帰ろうか」

「お願いします! 先生を囲む会じゃないですか。お願いします」

 

 その後、約5分間、くだらないやり取りが続き、結局、大先生はプレーすることを決断した。

 

「僕はね、スタート時間にはここにいたんだから、誰からも文句はでないでしょ。なんで最後の組になったの?」

 

 ロッカーに消えながら、大先生は周囲の先生を威圧していた。

 

 私のコンペもその騒動の中で全員到着した。面白いものを見た。あれこそ白い巨塔だ、と1人で呟いていた。

 

 スタートは大幅に遅れていた。朝からいた若者はノンプレー幹事だったようで、彼らのコンペはとっくにスタートし終わったはずなのに、クラブハウス内をウロウロしていた。実は、私もノンプレー幹事だった。遅れたスタートの中、コースに出ていく参加者を送り出すと、自然と若者をよく見かけるようになった。

 

 私は、フロントの前にある座り心地の良いソファにもたれながら、本を読んでいた。ふと気がつくと、若者は、朝と同じテーブルに座って同じように本を読んでいた。案外と根は悪い奴ではないのかもしれない、と思った。花見で、朝から場所取りをさせられる新入社員のようなものだろう。同情するべきなのかもしれない。

 

 ゴルフ場にいる時間は短く感じる。あっという間に時間は過ぎ、若者のコンペの参加者もハーフターンでハウスに戻ってきた。最初の組の人たちは、皆、大先生の様子を若者に尋ねた。若者は、最小限の報告をした。それを聞いた先生方は不安な顔をした。

 

「スタート時間を教えるといつもこうだから、△△先生には集合時間だけ教えるようにしないといけないな」

 

 どうやら、大先生にスタート時間を教えてしまったのは若者のようだった。

 

 そして、大先生も帰ってきた。

 

「大叩きだ、大叩き。やっぱり調子出ないよ」

 

 それでいながら、先生は他の参加者のスコアを若者に尋ねた。

 

「入賞は無理そうだな」

「あぁ? どうでしょうか」

「無理無理。それよりもビンゴだな」

 

 遠く離れたソファの上で私の耳は『ビンゴ』というワードを捉えた。ビンゴって何だろう?

 

 長いパットを完全に読み切って入れることをビンゴと言うが、それはコンペでの賞としては機能しない。それからずーっとビンゴ賞というのが何だか気になってしかたなかった。

 

 そのコンペの表彰をするコンペルームは、私たちの使うコンペルームの隣だった。私は賞品を並べながら、隣のコンペの様子を窺った。

 

「では、本日のビンゴ賞の発表です」

 

 声は良く聞こえる。紙を開いている音がした。

 

「第17位がビンゴ賞です。え~と、△△先生です!」

 

 予想通り大先生がビンゴ賞という賞品を取った。紙の音がしたので、封筒か何かに入った紙に順位が書いてあって、その順位に偶然なった人がもらえるらしい。

 

 あくまでも私の推測に過ぎないが、その紙には本当は何も書いていない白紙なのだ。予め分かっている順位表で、ターゲットを探してその順位を言えば良いだけの話である。そのまま言えば『イカサマ』である。よく言えば、究極の接待術か。

 

 医者が全ておかしな常識の人間とは思わないし、現実に良い医者もたくさん知っている。世の中は法人が不景気という合言葉で組織を改革し、ゴルフ場にお金を落とすシステムを放棄してしまった。ビンゴ賞は、別に医者の間だけの話ではなく、日本中で行われていたものが、特別な環境でだけ生き残っていただけの話なのだろう。

 

 ビンゴの謎は解けたが、虚しさだけが残った。謎のままの方が素敵なことが、世の中にたくさんあることを改めて思いだした。

(2004年1月7日)

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