【第4回】潰しきれない時間
2016.09.16 | 川口 世文
4 潰しきれない時間
一ノ瀬舞衣の実の父親、浜崎喜一は総武線の亀戸駅から十五分ほど離れたところにある大型スーパーの「鮮魚キッチンコーナー」で働いていた。調理師斡旋所の紹介でやっと見つけた仕事だ。五十を過ぎた年齢では正社員での採用はないが、板前だった過去の実績が生かせるだけましだった。
鮮魚を買った客の要望で、三枚に下ろしたり、刺身にしたり、下ごしらえの作業を無料でサービスして、毎晩十九時に仕事が終わる。
ガラスで四方を囲まれたコーナーの内部は店内よりも温度が低いので、作業が終わってバックヤードに引き上げると、しばらく腰をほぐしてからでないと満足に歩けないこともあった。
着替えが終わると、値引き札のついた惣菜と発泡酒を買う。金銭的には二級酒か焼酎がいいのだが、どうしても彼は〝透明の酒類〟を買うことができなかった。
更生保護施設の入所期限が切れる直前にようやく借りられた近くのアパートに帰るまで、寄り道はしない。友達もなく、行きつけの飲み屋もなく、呑める酒の量も限られるとなると、人生の時間は潰しきれないほど長い。