【第5回】ちぐはぐな会話
2016.09.28 |
5 ちぐはぐな会話
正義と恵梨が霧島弁護士と再会できたのは、浜崎喜一に会いにいった一週間後になった。ボージョレ・ヌーボー解禁の案内を圭介からもらっていた正義は、霧島と会う場所をまたしても〈三毛猫〉にすることに決めたが、もちろんそれには〝裏の目的〟もあった。
葛西から地下鉄を乗り継いできた恵梨と雑司ケ谷の駅で待ち合わせる。階段を上がってきた恵梨は心なしか小さく見え、言葉数も少なかったが、仕事帰りなのだから仕方がないのだろうと正義は思った。
日が暮れて静かになった商店街が、淡い街灯に照らされてぼんやり見えている。恵梨の方は嗅覚に変調をきたして以来、すべての感覚が鈍くなって、味覚どころか視覚や聴覚まで影響を受けているような気がしていた。
隣を歩く大男はそんな恵梨の気持ちも知らずに、ニヤニヤした顔で道を急いでいる。だが、今はその姿も夢のなかの登場人物のようで、不思議と何の感情も湧いてこない。どこか地に足がついていない気分のまま、恵梨は正義の後を追いかけて〈三毛猫〉に向かった。