1
水路が扇のように風を生む北の港町だ
路上を埋めつくすかもめたちをかわしながら歩く
こんな冬の底で夏の夜のひまわりを思えば
黄色い野原が目の前によみがえる
自分の耳を切ったあの男はどんな黄色を見ていたのか
おれは知らない、おれは絵筆の代わりにスプレー缶をもち
この煤けた街路をカーニヴァル化する
おれの両親はスリナムからクラサオに移り
おれの遺伝子はカリブ海の色に調合された
逃亡奴隷、密林のインディオ、ジャワ島の苦力のすべて
見てくれ、おれの顔こそ雑色の愛の証明
おれは清掃人、秘密の革命家
人数が不揃いなサッカー試合の選手
週末にはシナゴーグ、教会、モスクから同時に
天使が現れておれのゴールを祈る
球という絶対的な平等に魂はあこがれる
2
路上に踏みつぶされたポテトを狙って
気のいいかもめたちが空から舞い降りる
出遅れた鳩たちに残されたのは
潰れたポテトと同型の空気のかけら
街路がこの世の群衆でみちたとき
水路を歩いてゆく光の人々がいた
とりかえしのつかない過去が目の前で再演される
きみは裏窓のカーテンを開けたことがなかった
きみから陽光と生活音はすっかり奪われた
かもめたちの濁声は果たせない自由の歌
散らばる文字は未来からきみを誘うのだ
父親は辞書を引きつつ毎日ディケンズを読んだ
姉は使うあてもないラテン語を勉強した
一家はこの狭い階段を下りることなく暮らした
アンネリース、あらゆる約束は約束に留まって
きみのすべての明日はノートの美しい筆跡として踊る
2014年2月5日、アムステルダムからの帰路、乗り継ぎ待ちのヘルシンキ空港にて。暁方ミセイさんへ送信。