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読み物

中川大輔八段も驚いた伊藤かりんさんの一手とは?

2016.03.12

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将棋世界4月号に掲載されている、「かりんの将棋上り坂」のweb版をお送りします。
最終回となる4月号は中川大輔八段による四枚落ち対局。途中、中川八段が思わず声を上げた伊藤さんの一手とは何だったでしょうか。
全文公開いたしますので、どうぞご覧ください。
 
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戸辺 さあ、今月も頑張りましょう。ここ2回の授業は四枚落ちの勉強をしてきました。そこで今日はその成果を見せてもらいましょう。
かりん 対局ですね。緊張します。
戸辺 今回は特別ゲストに来ていただきました。中川大輔八段です。
中川 今日は私が相手を務めます。これまでの成果をぜひ見せてください。
かりん よろしくお願いします。
    ◇    ◇    ◇
 四枚落ち実戦編
 上手  中川大輔八段
 下手  伊藤かりん(乃木坂46)
△6二銀▲7六歩 △5四歩▲6六歩
△5三銀▲6八飛 △7二金▲5八金左
△4四歩▲6五歩(第1図)△4二銀上
▲7八銀△4三銀 ▲6七銀△4二玉
(第2図)


  下手6筋位取りに
 通常、四枚落ちの下手は居飛車で戦うのが定跡だが、振り飛車党のかりんさんのために、戸辺六段はあえて“戸辺流”ともいえる、四間飛車で戦うオリジナル戦法を教えていた。
 その伝授した定跡は2つ。「四間飛車6筋位取り型」と「四間飛車6筋対抗型」である。この2つの定跡のどちらに進むかは、△6四歩と突くかどうかで決まり、上手に選択肢がある。
 中川八段は6筋の歩を突かず、かりんさんに位を取らせる作戦に出た。それが第1図。



 2月号をご覧になられた方はご存知だと思うが、下手は6五の位を取ったあとは、角を6六に配置し、この利きを生かして8筋、9筋を攻めるのが主眼である。第2図までは順調な駒組みを進めていたかりんさんだが、次の一手が問題だった。



 第2図以下の指し手
▲6六銀(第3図)


  手探りの局面に
 ▲6六銀(第3図)は、かりんさんの勘違い。先ほども書いたが、「6筋位取り型」の場合は銀を5六に上がり、6六には角を据えるのがポイントだった。6六に銀を上がるこの形は上手が△6四歩と突く「6筋対抗型」の形である。
 そう。緊張のせいか、それともうっかりなのか、かりんさんは2つの定跡を混同してしまったのだ。
 もちろん、これで下手が苦しくなったわけではない。しかし、これまでは定跡という整備された道筋をたどっていくことができたが、ここからは自分の読みで進むべき方向を見つけなくてはいけなくなった。
 かりんさん、早くもピンチか!



 第3図以下の指し手
△5二金▲4六歩 △3四歩▲4八玉
△2四歩▲3八銀 △1四歩▲1六歩
△3二玉▲3九玉 △3五歩▲2八玉
△3四銀▲4七金 △2五歩▲7七桂
△7四歩▲9六歩 △8四歩▲9七角
(第4図)


  駒組み完了
 しかし、過ぎたことを悔んでも仕方がない。途中の▲4六歩は美濃囲いに組むときのポイントで、この歩を突いた美濃囲いは非常に堅い。
 中川八段の駒組みは、玉頭位取り。四枚落ちは上手から仕掛けるのは無理なので、下手玉頭に圧力をかけつつ、十分な駒組みを防ぐのが狙いだ。
 かりんさんは着々と自陣を整えていく。そして第4図を迎えた。
 この局面は、下手好形ではあるものの、戸辺六段の伝授したA図と比べると、微妙に違っていて、それは仕掛けに影響する。



 A図からは▲6五歩△同歩▲同銀△6四歩▲同銀!と下手が角銀交換の駒損ながらも上手陣を強行突破する手が成立したが、第4図はその仕掛けができない。仮に下手が1歩持てば、▲6四歩△同歩▲6五歩△同歩▲同銀と強引に突進することはできるが、そもそもこの仕掛けは、上手の歩切れにつけ込んだものなので、1歩余計に渡してはうまくいかない。
 さあ、かりんさんはどうするのか。



 第4図以下の指し手
△4五歩▲同 歩 △同 銀▲4六歩
△3四銀▲5六歩 △7三金▲5八飛
(第5図)△4三金▲7九角(第6図)


  第2次駒組みへ
 かりんさんがまず目をつけたのは5筋だった。▲5六歩~▲5八飛(第5図)と回り、次に▲5五歩の仕掛けを狙う。



 このまま▲5五歩と突かれては苦しい上手は△4三金と上がって受けた。5筋を受けられたかりんさんは▲7九角(第6図)と駒を組み替えにいったが、▲7九角では▲5五歩と強攻する手もあった。以下、△5五同歩▲同銀△5四歩▲5三角成△同金▲5四銀(B図)で、角銀交換の駒損だが、飛車がさばけて下手十分。



 本譜の▲7九角を指したとき、中川八段、戸辺六段とも「何が狙い?」といった表情。しかし、実はこのとき、かりんさんは遠大な構想を描いていたのだ。



 第6図以下の指し手
△7二金▲9七香 △2三玉▲9八飛
△4四銀▲9五歩 △8三金▲8六歩
△3三金▲8五歩 △同 歩▲同 桂
△8四歩▲9三桂成(第7図)△同 桂
▲9四歩△8五桂 ▲9三歩成△7三金
(第8図)


  端攻め成功
 その思い描いていた構想とは端攻めだった。下手は▲9七香~▲9八飛と9筋に戦力を集めて仕掛けを狙う。単純に突破されてはいけないので、上手が△8三金と受けるのは当然。すぐに▲9四歩は△同歩▲同香△9三歩で攻めきれないが、じっと▲8六歩と突いた手が、これまでの勉強成果を表した一手だった。以下、▲8五歩△同歩▲同桂△8四歩に▲9三桂成(第7図)で、ついに端を破った。



 以下、△9三同桂▲9四歩△8五桂▲9三歩成に上手が△7三金と逃げて第8図。次の一手に、中川八段が思わずうなった。



 第8図以下の指し手
▲8六歩(第9図)△9七桂成▲同 飛
△6四歩▲同 歩 △同 金▲6五歩
△6三金▲8三と △2四玉▲9一飛成
△1三桂▲6一竜 △5三金(第10図)


  下手リード
 ▲8六歩(第9図)が好手。



 この手を見て、中川八段も「いや、これは強い」と思わず口を開いた。第8図では▲8二とが自然に見えるが、以下△6四歩▲9三香成に△9七歩で飛車先を止められてしまうのが、下手にとって悩みどころ。▲8六歩は△9七桂成▲同飛で駒損になるが、飛車のさばきを重視した素晴らしい一手だった。



 ちなみに局後に聞いたかりんさんの読み筋は、▲8六歩に△9七桂成は下手がよさそうなので、△7七桂成と成り捨て、▲同銀と銀をそっぽに行かせて△5五歩などで中央から動かれる手を考えていたという。△7七桂成はさすがに無理筋ではあるが、先入観にとらわれない読み筋に戸辺六段は感心していた。
 本譜は飛車を成り込み下手好調。第10図で下手はチャンスを迎えていたが……。



 第10図以下の指し手
▲7五歩△同 歩 ▲同 銀△4三金右
▲6四銀△2三金▲6三銀成△3三金右
▲5七角△5五歩 ▲同 歩△同 銀
▲5六歩△4四銀 ▲7五角△6七歩
▲3一角成△6八歩成▲4五桂△同銀直
▲同 歩△同 銀 ▲4六歩△3四銀
▲5三成銀△5八歩▲4二馬(第11図)


  遊び駒を使う
 第10図では単に▲4五桂があった。△同銀直▲同歩△同銀▲4六歩△3四銀▲4二銀といった感じで、シンプルに剥がすのが分かりやすい。感想戦で指摘されたかりんさん、「あ~」と言いながら思わず頭を抱えた。



 本譜の▲7五歩からの動きは、何とか角を使おうという順。もっと早い手はあったが、「遊んでいる角を使う」という考えには、中川八段も高い評価をした。
 ▲4二馬(第11図)と引いて、局面はクライマックスに向かう。



 第11図以下の指し手
△5九歩成▲4四銀△4九と▲3三銀不成
△同 金▲4九銀 △5八歩▲4四金
△2三金打▲3三金△同 金(第12図)
▲2一竜△2三金打▲4四金△2二銀
▲3四金(第13図)△同 玉▲4五銀
△2四玉▲4三成銀△1一金▲3三成銀
△2一金▲3四成銀(投了図)
 まで、130手で下手の勝ち


  1級認定状授与
 「さあ寄せるぞ」というところで△5九歩成とされ、気が急いていたかりんさんは、思わず▲4四銀としてしまったが、これは危険だった。とりあえず1回は▲3九金と逃げるのが美濃囲いの呼吸で、金を渡してしまうと上手に粘る順を与えてしまう。



 気を取り直して第12図。ここから▲2一竜△2三金打▲4四金がうまい寄せだった。▲3三馬の詰めろが上手は受けにくい。△2二銀と頑張ってきたが、ここで▲3四金(第13図)と、銀のほうを取ったのが決め手となった。この瞬間だと、上手は△3四同金直とも△同金左とも取れない。



 仕方なく△3四同玉と取ったが、かりんさんは▲4五銀~▲4三成銀と着々と寄せの網を絞ってゆく。最後は竜を取らせる間に両王手の形を作り、きれいな投了図となった。



    ◇    ◇    ◇
 かりんさん、見事な勝利である。中川八段も、「予想していたより強かった。初段に近い力を感じた」と、評価した。
 戸辺六段は「今日の内容なら初段と言ってもいいと思います」としながらも、この力がいつも出せるように、そしてさらなる飛躍も期待して、1級を贈りたいとした。
 大きなミスなく一局を指しきるというのは、簡単そうに見えて、かなり大変なこと。内容面も含めて検討し、かりんさんには、1級の認定状を日本将棋連盟から贈ることになった。
 かりんさんは「1級に認定していただいてうれしいです。1級の名に恥じないように、これからもっと頑張っていきたいです」とさらなる頑張りを約束してくれた。


 


 
 

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