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棋王戦挑戦者 佐藤天彦八段インタビュー「僕の理想とする将棋を」

2016.02.10

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僕の理想とする将棋を

第41期棋王戦の挑戦者は佐藤天彦八段に決まった。王座戦ではフルセットの末、あと一歩初タイトルに手が届かなかった佐藤。あれから約3ヵ月、旧知の間柄として知られる渡辺明棋王への挑戦を決めた、現在の心境を語ってもらった。

(将棋世界3月号に掲載した棋王戦挑戦者インタビュー「僕の理想とする将棋を」を、WEB版として再編集しました)
撮影:常盤秀樹 構成:鈴木健二(取材日1月6日)




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―― まずは棋王戦五番勝負への進出、おめでとうございます。
佐藤 どうもありがとうございます。
―― 年末最後の対局に勝って挑戦を決め、新年を迎えました。現在の心境をお聞かせください。
佐藤 今回の棋王戦は本戦で一度負けて、敗者復活戦に回りました。そこから挑戦するためには4連勝が必要で、正直にいって「これは厳しいかな」と。それでも敗者戦では気持ちをリセットし、新たなトーナメントに参加したつもりで一局一局に臨みました。その結果2連勝してなんとか挑戦者決定戦までたどり着くことができたのですが、まだあと2連勝が必要じゃないですか。「どこまでいっても厳しい戦い」なのを強く感じましたね。こうして挑戦者になることができたのは、感慨深いというか、信じられないような気持ちがあります。
―― 棋王戦独特のシステムが味方した形になりました。
佐藤 そうですね。普通はトーナメントで1敗したら、もう終わりです。厳しいながらも可能性が残っていて、それを生かすことができたのはよかったです。
―― まずは棋王戦決勝トーナメントを簡単に振り返ってみたいと思います。今期は木村一基八段、森内俊之九段、船江恒平五段、深浦康市九段という強敵と次々に当たりましたが、そこを突破してベスト4に入りました。いちばん記憶に残っている将棋を教えてください。
佐藤 1回戦の木村八段戦ですね。本当に初戦からすごい強敵で、将棋も中盤あたりで少し苦しくしました。どう勝負に持ち込むかという感じでしたが、終盤の最後の最後まで自信はありませんでした。ずっと苦しいと感じていた将棋を勝つことができたので、記憶に残っています。また、木村先生は終盤▲7四桂(第1図)と打って飛車を攻められたところでは、「あんまりいいという感じではない」と思われたそうです。



実戦心理の影響もあるのでしょうが、僕としてはまだ悪いと思っていて、お互いの形勢判断に差があったのも印象に残っている要因だと思います。
―― その初戦に勝って勢いに乗ったところもあったのでしょうか。
佐藤 そうですね。そのあとも強敵が続きましたが、初戦で苦しい将棋を勝つことができたのは大きかったと思います。
―― 深浦九段に勝って本戦のベスト4入りを果たしましたが、準決勝で佐藤康光九段に敗れてしまいました。
佐藤 王座戦五番勝負が終了したあと、僕にとって最初の対局でしたね。佐藤先生は珍しい陽動振り飛車を採用されました。こちらはミレニアムに囲ったのですが、弱点の端から攻めらて、中盤から少し苦しくしてしまいました。
その後は持ち直して形勢を挽回したのですが、こちらに攻めの手番が回ってきたときに間違えてしまいました。せっかく耐えて巡ってきたチャンスを生かせなかったですね。僕にとっては残念な一局です。
―― 敗者復活戦に回ることになり、広瀬章人八段、阿部健治郎六段という同世代対決を制しました。同世代との勝負で、何か感じることはありますか。
佐藤 同世代の棋士が非常に多いので、必然的に上のクラスにいく棋士も人数が多い。いつも誰かが活躍している感じで、いろいろな人の勝ちっぷりを見ると、やはり刺激を受けますね。
―― 特にライバル視している棋士はいるのでしょうか。
佐藤 その時々で、活躍している棋士のことを意識することはありますね。あとは同じ時期に同じ人と連続して対戦することになった場合とかですね。
―― 昨年は棋聖戦と王座戦の挑決で豊島将之七段と顔を合わせました。
佐藤 棋聖戦では負けていて、王座戦のときにはよく当たるなと思いましたね。でも「連敗はしたくない」とか、「この相手には負けたくない」いうような気持ちが強すぎると、平常心を損なうというか、自然体が崩れて悪影響が出てしまうかもしれません。あまり意識しすぎないようにしているので、「特にこの人がライバル」というのはありませんね。
―― トーナメントの話に戻りますが、広瀬八段との将棋は横歩取りでした。
佐藤 僕が後手を持ったときによく採用している飛車ぶつけの将棋だったのですが、この形は松尾―行方戦(2015年8月王位戦、先手勝ち)の手順がぴったりで、ちょっと後手が苦しいと感じていました。そう感じたのは僕だけではなく、しばらく公式戦に現れていませんでした。広瀬さんとの将棋で選んだ順は、自玉のそばにと金を作らせる、とても危険な順です。普通だったら怖すぎて切り捨てそうな順なのですが、前から「有力かもしれない」と考えていました。ただし実戦で指すのは勇気がいるので、しばらくしてからの採用となりましたね。
―― 研究が生きたのでしょうか。
佐藤 確かに研究はしていましたが、それがうまくハマって勝ったというわけではありません。広瀬さんが感想戦で「これは研究将棋なのだけど、研究だけでは分からない。どこまでも難しい局面が続いていく」という意味のことをおっしゃったのですが、これは全くの同感です。実戦で試すのには勇気が必要でしたが、「結局は実戦で試してみるしかない」という結論に至っての採用となりました。
―― この飛車ぶつけの変化は合計7回指して全勝です。何か思い入れとか愛着のようなものもあるのでしょうか。
佐藤 研究を進めてきましたので、確かに愛着はありますね。それにあの局面で△2四飛が成立するかどうかは、この戦型における重要なポイントです。後手が△5二玉と立ったあと、先手は▲5八玉、▲4八銀、▲3八金と、自然な手ばかりを指しています。途中の手順に違いはあれど、合流しやすい局面なのです。その「交通の要所」で△2四飛が通るということになれば、それ以前の後手の指し方に幅が広がります。逆に先手として△2四飛で自信がないということになれば、中住まいではなく▲6八玉型など他の形を選ぶ必要が出てくる。横歩取りの全体に影響を及ぼす重要な局面なのです。しかもそれが激戦で、どこまでも難しい局面が続いていく。そういうところが面白いので、掘り下げられるだけ掘り下げてみたいという気持ちはありますね。
―― 広瀬八段戦を制し、挑決進出を懸けて阿部六段と当たりました。阿部六段は本戦の途中で羽生善治名人を下すなどして、その活躍が目立っていました。
佐藤 羽生―阿部戦は最終盤で、阿部六段(当時は五段)が歩頭に出る△5六金という妙手を指して勝ちました。なかなか実戦であのような格好いい決め手が出ることはありません。あの組み立てで羽生名人に勝たれたのはインパクトがありましたね。また阿部六段は今期のNHK杯で渡辺明竜王を破っていて、風が吹いているというか、勢いのある時期にあたったのかなとは思いますね。
―― 阿部六段との一戦は角換わり腰掛け銀から、終盤戦の入り口で▲5四銀(第2図)という派手な手が出て、佐藤八段の快勝となりました。あれも研究されていた手だったのでしょうか。



佐藤 いえ、あの▲5四銀は広瀬さんとの横歩取りのときとは対照的に、きちんと精査していた手ではありません。少し前に行われた深浦―三浦戦(JT杯)に同一局面が現れていて、「こんな手もあるかな」と思っていた程度です。後手が同型から9筋の端歩を省略して先攻する戦型は角換わり腰掛銀の最新形の一つなのですが、非常に難解ですべてを研究でカバーするのは大変です。実は序盤から別の形にできないかと考えていたのですが、当時の僕ではうまく回避することができませんでした。あの局面を迎えることになり、成否は定かではありませんが、ほかの手は難しい。「これをやるしかないか」ぐらいの感覚で、開き直って指しましたね。それが予想以上にうまくいって、勝つことができました。



―― こうして挑戦者決定二番勝負へ進出を果たしました。相手は本戦で敗れた佐藤康光九段です。第1局からポイントとなった局面の解説をお願いいたします。
佐藤 この将棋は序盤と中盤はまずまずだったのですが、それが段々と怪しくなってきて、終盤は互角のねじり合いが続きました。そして迎えた第3図は佐藤九段が先手玉の包囲を目指して△7四歩と打った局面です。



後手玉はかなり珍しい格好で、中段まで出てきて「桂頭の玉寄せにくし」の形をしています。この後手玉をどうやって寄せるかがポイントですね。まず目につくのは▲2七金と、竜に当てながらしばる手です。しかしそれは、△2七同竜▲同馬に△8七金▲9五玉△9四金以下、詰まされてしまいます。普通は金でだめなら受けに回るしかないかと思うところなのですが、「銀はどうかな」と考えたところ、▲2七銀が▲1六金△同歩▲1五金からの詰めろになっています。▲1五金に△同香は▲1四銀まで、△1五同玉は▲1六歩△2五玉▲1七桂まで。金を連打して銀を残すのが急所で、ぴったりの詰みです。後手玉は隣に歩が並んで守っているし、竜の守りもあるし、1一香も生きていて端に利いている。ひと目は詰まなそうに見えるのですが、詰めろになっていたのは幸運でした。銀なら渡しても大丈夫なので、△2七同竜▲同馬は先手勝ち。先手にとって好条件がそろっていました。ここではお互いに一分将棋だったのですが、こういった変化を読みきることができたので、印象に残っています。
―― 179手に及ぶ大熱戦を制して、いよいよ挑戦者決定第2局に臨みました。
佐藤 第2局は相振り飛車になったのですが、佐藤先生の序盤構想が斬新でした。佐藤先生の将棋はいつも独創的で、本局は後手の穴熊に対して棒銀を繰り出してきました。この構想は初めて見たのですが、気がついたら作戦負けになっていましたね。僕の指し方のどこが悪かったのかはよくわからないのですが、相手の作戦が功を奏したという感じです。そして迎えた第4図は、先手が▲8四銀と歩を取った局面です。



この少し前、△5五銀と出る手で88分の長考をしたのですが、そのあたりで「僕が作戦負けかな」というのを感じながらも、どうやって勝負に出るかを探っていました。第4図で△8三歩と受けるのは、▲同銀成△同銀▲8四歩から銀交換になり自信がありません。先手にだけ攻めの銀をさばかれると、ジリ貧になってしまうかもしれないのです。そこで△6六銀の勝負手を放ちました。これは▲8三歩△7一銀と大きなくさびが入るので、普通はありえない手です。ただ、それぐらいのことをやらないと勝負どころを失うと思いました。△7一銀以下ぱっと見えるのは、▲9五歩△7七銀成▲同桂△同角成▲9四歩△同歩▲同香△同香▲9三歩という攻めです。これは後手から見たら生きた心地がしませんが、△9二歩と受けてなんとか耐えているかもしれないと思い、△6六銀を決行しました。それ以外の手がきたら、もうしょうがないなと開き直っていました(笑)。すると、▲9三銀成という強手が飛んできました。僕は指されるまで気づきませんでしたが、これは好手です。対して△9三同桂や△同香は▲9五歩から先手の攻めがわかりやすくなってしまいます。もちろん簡単に終わるわけではないのですが、先手玉が安泰ですし、7一銀と7二金の壁形がひどく、端攻めが猛烈に厳しい。実戦的には、まず後手が勝てない将棋になるでしょう。そこで△8五歩はひねり出した受けです。対して▲8五同飛なら△9三桂が飛車当たりでぴったり。感想戦で調べたのは、▲9五歩△7七銀成▲同桂△同角成▲9八飛と、端に力をためる手順です。いろいろとつつきましたが、ほぼ後手が負けそうという結論になりました。もう一つ感想戦のあとに知ったのですが、最後の▲9八飛に代えて▲6三歩△同金直▲8二銀から攻めていっても勝つ順があったようです。佐藤先生にはあまり時間がないこともあって、本譜は△8五歩に▲6三歩△同金直▲8二歩成と進みました。これは仕切り直しといった感じですが、結果は幸いすることになりました。


(撮影・将棋世界)

―― 晴れて、渡辺明棋王への挑戦権を獲得しました。渡辺棋王とは旧知の間柄として知られています。
佐藤 渡辺さんと最初に出会ったのは、僕がまだ中学生で、奨励会員の頃でした。当時は「将棋クラブ24」でよく将棋を指していたのですが、「この人、すごく強いな」と感じるハンドルネームの方がいまして。そのうちお互いの正体を知りました(笑)。そのとき渡辺さんはすでにプロだったのですが、対局したり、チャットしたりで、仲よくなっていきました。実際に会ったのは僕が高校に進学して、関東に出てきてからですね。顔を合わせるようになってからは、かえって24で指すことはなくなり、一緒に研究したり、遊んだりしていました。
―― いわゆるVSと呼ばれる、1対1の研究会もしたのでしょうか。
佐藤 いえ、研究といっても、特定の局面についての意見を述べ合うという感じで、対局はしていませんね。それは僕がプロになってからも変わりません。
―― 遊ぶときは、具体的にはどのような感じだったのでしょうか。
佐藤 渡辺さんはすでにお子さんがいらしたので、僕がご自宅に伺うことがほとんどでした。ほかにも村山さん(慈明七段)や戸辺さん(誠六段)もよく集まっていましたね。みんなでケーキなどを買っていって、サッカーゲームやテレビゲームなどをして遊んでいました。ケーキを買いすぎて、人数に対して多すぎるということもありました(笑)。僕が18歳~20歳の頃は頻繁にお邪魔していたのですが、青春時代の楽しい思い出です。最近は皆それぞれの立ち位置ができたというか、いろいろな仕事で忙しくなってしまったので、昔のように集まることはないですね。
―― 渡辺棋王は王座戦五番勝負の展望で「3―2で奪取と予想する。いまの佐藤ほどの勝ちっぷりは他の人を含めてもあまり記憶にない。ここまで勝ってタイトルを取れないのは酷なくらいだ」と語られました。
佐藤 渡辺さんにそう言っていただけるのは非常に光栄ですね。渡辺さんとはプライベートでずっと仲よくしてもらっていましたが、プロとしての実績は大きく離れています。ずっと僕が目標にするというか、追いかけていく立場でした。それが最近、段々と棋士としての距離が近づくことができてきたのかなという感じはしています。
―― 渡辺棋王との対戦成績は4勝3敗で、昨年は佐藤八段が3連勝でした。
佐藤 勝ち負けに関しては数が少ないですし、まだこれからといった感じです。今期だけで3局当たっていますが、渡辺さんはトップ棋士ですから対局数が増えるのはうれしいことです。これからもどんどん増やしていければと思います。
―― 佐藤八段は以前のインタビューで、「順位戦B級1組を1期抜けできたのが自信につながった」とおっしゃっていましたが、A級に上がっても首位を走っています。さらに自信が深まったということはあるのでしょうか。
佐藤 基本的には変わらない感じですね。A級昇級は確かに大きな出来事でしたが、それ以降はいつも通り、変わらずにやってきています。
―― 王座戦では惜しくもフルセットの末に敗退しました。そのことはどのように受けとめているのでしょうか。
佐藤 敗退したからといって、落ち込むようなことはありませんでしたね。タイトル戦という特別な舞台を経験できたのは、貴重なことだったと思います。
―― 具体的に勉強になったと感じたのはどのようなことでしょうか。
佐藤 最高の舞台で羽生さんという最高峰の相手と対局ができて、まず具体的な将棋の内容が勉強になりました。そしてタイトル戦の空気を肌で感じることができたのはよかったです。そういった部分は実際に出てみないと培えない経験なので、5局戦うことができたというのはよかったと思いますね。
―― その経験は棋王戦のトーナメントを戦ううえでも自信になったのでしょうか。
佐藤 それが大きな自信につながったかと問われると、それほどではないですね。普段の対局にどれだけ生かされるかは難しいところもありますし、「王座戦で挑戦者になれたのだから、棋王戦でもしっかりとチャンスをものにしないと」というような意識は全くなかったです。「厳しいかな」と思っていたぐらいですから(笑)。変に気負わず、自らに課せすぎず、自信過剰にならないようにいつも通りやっています。挑戦することができたのは、一局一局の積み重ねの結果だと思います。
―― 棋王戦五番勝負は持ち時間4時間のタイトル戦になります。持ち時間の相性についてはどう感じていますか。
佐藤 僕はこれまでの結果を見ると、竜王戦(5時間)で1組にいますし、順位戦(6時間)でもA級に昇ることができました。初挑戦を果たした王座戦も5時間の棋戦ですし、比較的に持ち時間の長い棋戦を中心に結果を残してきたというところはあると思います。やはり夕食休憩のある5時間以上の対局は、1時間以上の長考が複数回許されるというような感じで、序中盤でも一手一手を納得がいくまで考えられるところが魅力ですね。10時から始まった対局が、双方の読みに支えられて、バランスを崩すことなく終盤戦へと突入していく。夜戦に入ってもまだ互角の戦いが繰り広げられる将棋には独特の厚さがあり、そこは見ている方にとっても面白いポイントではないかと思います。僕としても好きなところですね。一方の夕食休憩のない3時間、4時間の将棋は、スピーディーなところが魅力ですね。持ち時間が1時間を切ると、記録係が残り時間(分)の早見表を出してくれるのですが、それを見ると「ああ、もう時間がないな」という印象を受けます。それが出てくるまでの時間は、持ち時間が3時間なら2時間、4時間の対局でも3時間ですから、感覚的にはあっという間ですね。長い将棋と同じように序盤から1時間の長考をしていたら、すぐに時間がなくなってしまいます。ペース配分も重要ですし、悩みを抱えた中で、「ここら辺が区切りかな」と、どこかで決断しなくてはなりません。そういったところが見どころではないでしょうか。
―― 持ち時間の配分は、相手の残り時間も参考にするのでしょうか。
佐藤 それも多少は意識しますね。あまり差がつき過ぎてしまうと、最終盤に効いてきますので。ただし、そこを意識しすぎて局面が難所だというのに、少考で指すのは意味がありません。考えるべきところではしっかり考える。時間の使い方は相手よりも局面と密接であるべきというのが第一ですね。それを基本として、相手との持ち時間の差があまり偏りすぎないようにと気を配る感じです。
―― 今回の五番勝負で、何か気をつけようと思うようなことはありますか。
佐藤 うーん……、特にはないですね。タイトル戦は主催者の方が対局場の設営から食事など、さまざまなところに細かい気配りをしてくださいます。すごくいい環境で指すことができるので、特にこれといったことを意識することなく、対局に集中できると思います。
―― 本誌1月号の王座戦第5局の自戦解説で「(最終局を前にしても)感情の起伏は僕の想像以上になかった。眠れないこともなく、すべてが普段と同じでした」と語っていたのが印象的です。今日も「意識しすぎない」という言葉を何度か口にしていますね。
佐藤 そういった精神面の修業は奨励会に入った幼い頃から、僕なりに訓練してきてはいますね。もちろん精神面に関しては、その人の性格とも深い関わりがあるのですが、棋士としてやっていくうえでは、失敗したときにショックを受けすぎないとか、逆にうまくいったときに喜びすぎないといったことが重要です。もちろん人間なので出てくる感情を完全に押さえることはできませんが、もう長い年月やってきていますので、最近は自然に気持ちを前に持っていくことができていると思います。
―― 佐藤八段は洋服がおしゃれなことでも有名ですが、前回の五番勝負で着た和服が「センスがよく、とても似合っている」と話題になりました。和服についてお話を聞かせてください。
佐藤 前回は僕としても気に入った和服が見つかりました。今回も何着かは新調したいですね。でも、和服は色が限られていますので、皆さんに楽しんでいただけるような和服を選べるかどうかは全然わかりません(笑)。和服は普段、袖を通すことがほとんどなく、着こなしはそれなりに大変ですがやっぱり特別な舞台で着ることができるのはうれしいですね。本当に似合っているのかよくわからない部分もあるのですが(笑)、僕なりに楽しみながら選べればと思います。
―― 最近は先手なら角換わり、後手なら横歩取りを採用されています。
佐藤 この2、3年は確かに角換わりの採用率が高いのですが、もともと僕は子どもの頃からずっと矢倉党でした。角換わりには先手番の主力戦法として大きな部分を占めていますし、古くから連綿と受け継がれている戦型です。『谷川浩司全集』や、もっと前の『升田幸三選集』に載っていた升田―大山の棋譜を見て、いつか僕もチャレンジしてみたいなと思っていました。それを3年ぐらい前から始めた感じですね。
―― かつてはメインだった矢倉は、採用率が低いようですね。これは最近の矢倉で先手番が苦労していることと関係があるのでしょうか。
佐藤 確かに最近の矢倉は△4五歩反発型が優秀で、先手が採用しにくいような空気になっていますね。でも僕が角換わりを始めたときは、そういう状況ではなかったです。矢倉が苦しいからやめたというのではなく、純粋に角換わりを指してみたかったです。
―― 後手番でも2手目△3四歩からの横歩取りをメインにしているので、△8四歩からの矢倉は少ないようです。
佐藤 プロ棋士になってからしばらくは矢倉、角換わり、相掛かりといった相居飛車の主力戦法を、先後両方を持って学びたいと思っていました。特に若手のうちに学んでおくのが大事かなと思い、2手目に△8四歩と突いて後手番でもその主力戦法を受けて立つ姿勢でいました。そのスタイルを何年か続けていたのですが、先ほどの角換わりと同じように、横歩取りもいつかはやってみたいと思っていました。実際そこに参入しら、予想以上に結果を出すことができまして。それでメインとして研究と実戦を重ねるうちに愛着が生まれて指し継いでいる感じです。もちろん他の戦法にも興味はあるのですが、横歩取りはある程度まで究めてみたいという意識があります。
―― 戦法には流行がありますね。
佐藤 一時的に横歩取りがあまり指されなくなった時期もありますが、戦法自体がだめになった訳ではありません。たとえば一つの変化がつぶれてしまったぐらいで諦めるのは、なんだか逃げているようなので、簡単に「宗旨替え」したくはありません。先ほどの△2四飛の変化もそういう例ですね。もちろん、いろいろな戦法を指すのはいいことだと思いますが、僕の場合は興味のあるところを掘り下げてみたいという思いがあります。
―― 渡辺棋王も居飛車党ですが、戦型予想はいかがでしょうか。
佐藤 やはり居飛車中心になる、としか言いようがないですね。角換わりと横歩取りが中心になる可能性が高いでしょうか。



―― 少し話が変わりますが、佐藤八段は以前、「僕は理想から逆算するタイプ」という話をされていました。これはどういう意味なのでしょうか。
佐藤 これは僕の性格ですね。たとえば、何か洋服を買うことにすることになったとします。普通は着られる服であれば、基本的にはどれでも構わないじゃないですか。洋服屋さんに行って、ディスプレイされている服を眺めながら、気に入ったものを買う。これで十分ですよね。でも僕の場合は違っていて、まず僕はどんな服が好きなのかと考える。これでいいやと、安易に並んでいるものから選びたくはない。僕自身が好きな服、理想とする服はどんな服なのかを知りたいという気持ちがあるのです。それを知ったうえで、妥協して他の服を買うのはいいのですが、好きな服、買いたい服がわからない状態で適当な服を選ぶのは、何だかすっきりしない。いちばんの理想をイメージすることによって、ほかのものについても、よしあしのランクが感覚的にわかってくるような気がします。「僕の好きな服の地図」みたいなものを作る感覚で、いちばん好きなのはこれ、実際にこれは高くて買えないから次はこれ、さらに下のランクだけど、使いやすそうなのはこれ、といった感じのイメージを頭の中で思い描いていますね。和服を選ぶにしても全然知識がないから、まずは調べてみよう、ということになります。僕自身、面倒くさい性格だなと思うこともあるのですが(笑)、まあ楽しみながらやっています。
―― 面白い考え方ですね。その思考法は将棋にも当てはまるのでしょうか。
佐藤 一つの局面で最善手を探すとき、「もしも、この手が通ればいちばんいいな」といった考え方をすることはよくありますね。これが通れば理想的で、それが最善手だろうということです。将棋全体の話としてもありますね。たとえば、「理想的な将棋」とは何なのかをまず考えます。勝つためにやっているので勝てれば何でもいいという考え方もあるのですが、僕にとって理想とする将棋は、序盤、中盤で均衡が取れていて、終盤戦も激戦で、本当に最後の最後、一分将棋の際どいところで勝負が決まる、というものです。まず僕の理想をはっきりさせ、現実と照らし合わせることによって、いま現在の僕に何が必要か、課題や問題点が浮かび上がってきます。
―― 「理想とする将棋」の話は、大変興味深いです。
佐藤 将棋は2人で指すものですが、序中盤で「勝ちたい」という思いばかりが前に出ると、均衡が崩れてしまいますよね。話が少し戻りますが、「勝ちたいという思いを意識しすぎないように」といのは、僕の将棋の理想を意識してのことでもありますね。
―― 今期は36勝11敗。対局数と勝数で1位です。1ヵ月に5局以上のペースですが、過密日程は気になりませんか。
佐藤 もちろん疲れを感じることもありますが、対局が多いのは棋士としてやりがいのあることです。充実感がありますので気にはなりません。不摂生さえしなければ、体力的には大丈夫だと思います。
―― 勝率も0.766で 通算勝率も7割を超えました。普通はクラスが上がるにつれて下がっていくのが普通ですが、逆に上がっています。
佐藤 僕は子どもの頃から強い人と指すのが好きというのは一つありますね。僕より強いアマ強豪の人によく指してもらっていました。それと似たような感じで、対戦相手のレベルが上がっていくと、当然、勝つのは大変になりますが、やりがいも増えていきます。また「負けても仕方がないか」と開き直れる部分があるので、思いきりぶつかっていける意味もあります。僕の中でのモチベーションが上がっていきますので、いまのところはそれがいい結果に結びついているのかなと感じます。
―― ここからは少し、プライベートについての質問をさせてください。年末年始はどのように過ごされていましたか。
佐藤 家族と過ごしました。テレビを見たり、和服の話をしたりしてのんびりしていました。
―― クラシック音楽を聴くのが趣味と伺いましたが、どんなときに聴くのでしょうか。
佐藤 家にいるときはほぼ聴いていますし、将棋の研究をしながらとか、結構いろいろなシチュエーションで聴いていますね。以前はコンサートにも1ヵ月に2、3回のペースで足を運んでいたのですが、いまは1年に4、5回と、頻度はかなり減ってしまいました。
―― 将棋年鑑のアンケートで、今年の目標が「それは秘密」となっていました。非常に気になるのですが。
佐藤 (笑)。具体的なことではなくて、常に上を目指しているので、それが目標といったところでしょうか。あと、僕ははっきりと目標を掲げる有言実行タイプではありません。どちらかというと不言実行というか、内に秘めていくタイプですね。確実に、「これ」という目標があったわけではないです。
―― 初詣は行かれましたか。
佐藤 はい、いきました。祈願したのは家族の健康とかですね。「将棋に勝たせてくれ」とは願っていません(笑)。
―― 第1局が行われる愛媛県には行ったことはありますか。
佐藤 まだ行ったことはないですね。四国自体が初めてかもしれません。
―― 観光に行くわけではありませんが、楽しみにしていることはありますか。
佐藤 あまり日本の地理には詳しくないのですが、愛媛といえばまずはみかんかなと(笑)。それと、愛媛は『坊ちゃん』の舞台としても有名だよ、といった話も聞きましたので、どんなところか楽しみにしています。
―― 最後に将棋ファンの皆様へ、メッセージをお願いします。
佐藤 前回は羽生さんでしたが、今回は渡辺さんということで、やはり最高峰の相手となります。僕としては思いきりぶつかっていって、そのうえで面白い将棋を指せたらいいと思っています。それを多くの方に楽しんでいただけるよう、頑張りたいと思います。



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