ここでは将棋世界10月号に掲載されている、佐藤天彦八段インタビューのノーカット版をお送りします。誌面に入りきらなかった王座戦トーナメントの解説やプライベートの話など、盛りだくさんの内容です。どうぞご覧ください。
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―― 王座戦挑戦おめでとうございます。挑戦権獲得から少し経ちましたが、率直な感想をお願いします。
佐藤 ありがとうございます。やっぱりうれしかったです。今期の棋聖戦は挑決で敗れ挑戦まであと一歩だったので、今回はそれが成し遂げられて本当によかったなと思いました。
―― 佐藤八段はこれまで、新人王戦は2度優勝されていますが、全棋士参加棋戦での優勝やタイトル挑戦はありませんでした。今回はようやくというお気持ちでしょうか。
佐藤 いえ、ようやくという感じではないですね。周りからはここ数年は挑戦してもおかしくなかったのではないかと言われることもありますが、そのような状態になったのは少なくともA級昇級してからではないでしょうか。
―― 挑決の相手は、今期の棋聖戦挑決でも対戦した豊島将之七段でした。負かされた相手とまた同じ状況で当たるというのは、正直言って嫌でしたか?
佐藤 豊島七段とはそれなりに局数を指していて、お互い痛い目にあったりあわされたりなので、特別そこまで思わなかったです。
―― もしかしたらまた負けてしまうのではないか、という考えがよぎりませんでしたか?
佐藤 というより、負けたら嫌だなとは思っていました。挑決で2回連続負けることになるので。対局自体はリベンジに闘志を燃やすという感じではなく、自分の力を全て発揮しようと臨みました。
―― 佐藤八段は、対戦相手によって違う感情になることはありますか?
佐藤 僕の中では、そういうのはなるべくないようにして、常に盤上と向き合うようにできればと思っています。
―― 対戦相手によって、指し手を変えたりということはありますか?
佐藤 これから先はどうなるか分かりませんが、いまの僕にはほとんどないんじゃないかと思います。いままでも基本的には相手によって指し方を変えることはなかったはずです。
王座戦本戦トーナメント
―― 今期の王座戦本戦トーナメントを振り返っていただきたいと思います。まずは1回戦の阿久津主税八段戦から。
佐藤 序盤から割とペースを握ることができた将棋でした。印象に残っているのは90手目△5五桂(第1図)と打たれた局面です。
この手をうっかりしていまして(苦笑)。それまでは優勢を意識していたのですが、ちょっと前にこちらがミスをしていたのか、桂を打たれてみると既に大変なんですよね。いいと思っていたのがいきなり大変になって、負けまである変化がたくさん見えました。77分とかなり長考をしてなんとか勝ちになる順を探したのですが、どうも一生懸命考えてもそれはないみたいで。今度はちょっとひねった手でどうかと思ったのですが、それもなかなか難しい。結局▲6六金と指したのですが、これだと長期戦になるのが目に見えています。ただ結果的にはここで長考して、暴発せずに指せたことが結果に繋がりました。
―― 2回戦は丸山忠久九段とでした。
佐藤 この将棋は、66手目△6六歩(第2図)と取り込まれたところが自分の中ではポイントでした。
―― 第2図の局面での形勢はどうなのでしょうか?
佐藤 厳密に言えば先手が少しいいのかもしれませんが、まだはっきり勝ちというところまでには至らないです。
―― 準決勝は渡辺明棋王戦でした。最近は渡辺棋王に相性がいいイメージがあります。
佐藤 直近の2局は勝っているので、そこだけを見ればいい感じと言えるかもしれません。この将棋のポイントの局面は、79手目▲3三歩(第3図)の焦点の叩きです。
―― 端攻めですか。間に合うのかなと少し不安ですが。
佐藤 ▲1五歩を突いたあとは、▲1四歩~▲1三歩成と2手で玉頭に殺到できますし、5九の角が取れそうな形なので、そういう兼ね合いでいうと▲1四歩の取り込みは結構厳しいんです。表面上には現れていないのですが、▲1五歩の攻めが間に合うという読みの裏づけができた上で▲3三歩を打てたので、印象に残っています。この利かしが入ってやれそうかなと思いました。
―― この歩を打つ前の段階では、形勢はいかがだったのでしょうか。
佐藤 このあとこちらが攻めることになるのですが、この前はあまり自信のない展開でした。かなり戻りますが、中盤の入り口で△6五歩(第4図)と仕掛けられて、当初は▲2四歩とか▲1五歩とか、もっと後手陣に嫌味をつけることができると思っていたんです。
―― 手が作れなかったのが誤算だったんですね。
佐藤 はい。手が作れないと、本譜のように先手にもかかわらず後手にガッチリと穴熊に組まれた上に先に攻められるという不本意な展開になってしまいます。ただそういうところを辛抱しながら攻め合いの形に持っていって、一転後手が攻めを余しにきたところでこの▲3三歩で、攻めがぎりぎりで繋がりそうな感触になった、というところです。
―― 強敵を破っていよいよ豊島七段との挑決です。ポイントとなった局面を教えていただけますか。
佐藤 序盤20手目の△6四歩(第5図)の仕掛けも印象的ですが、終盤で言えば、77手目▲7五歩(第6図)と打たれたところです。
佐藤 あれは、先手が▲6六歩で力戦形を志向してきた手に対しこちらが三間飛車にしたのですが、▲6五歩から厚みを築かれてガッチリ組まれると、三間飛車にした主張がなくなると思ったんです。三間飛車にしたんだったらここは仕掛けたいというところで。こっちからすると解決しなければいけない問題はたくさんあるのですが、大一番でまだ序盤ですがしっかりと時間を投入して、普段通りしっかり考えて指せたのはよかったと思います。
―― 怖さはありませんでしたか?
佐藤 全くないわけではないですが、大一番だからといって慎重すぎることがないようにしたいとは思っています。委縮してしまうと将棋の内容としてももったいない気がしますし、積極的に行けるところは大一番でも変わらずやれたらと思っているので。
―― なるほど。では終盤の▲7五歩の解説をお願いします。
佐藤 ちょっと前から先手が端攻めをしてきて玉は吊り上げられましたが、厚みを作ってこちらが余せそうだったんですね。ただ先手の玉上がりの構想がよく、当初思っていたより難しい上に、この▲7五歩が思った以上に厳しくて。あれ、これ負けるんじゃないかと。これ負けたら嫌だなあとちょっと集中力に翳りがさしたのですが、なんとか気持ちを立て直して、実戦は△8三金と打ったのが自分で言うのもなんですが粘りのある手で、逆転されそうだった形勢を押しとどめることができたので、この数手は自分の中の葛藤も含めて印象に残っています。
―― 豊島七段に勝利して、羽生善治王座への挑戦を決めました。羽生将棋については、どのような印象をお持ちですか。
佐藤 もちろんいろいろな要素があると思いますが、基本的には積極的な将棋だと思います。駒を早くぶつけるというか、積極的に戦いを起こしていくところもあると思いますし、全体的なアプローチとしても、あまり相手の得意を避けずに、今日の勝ちだけではなく5年後10年後を見据えているという意味でも積極的な将棋だと思いますね。
―― おふたりの対局はどんな将棋になるでしょう? 過去の対局は佐藤八段の1勝2敗ですが。
佐藤 3局とも中終盤は激しい将棋になっていますね。お互いそういう将棋は好きという気もしますし、自分の中では序中盤から激しくなる展開も視野に入れながらバランスを保ちつつ、終盤も熱戦になればと思っています。序盤から終盤までお互い譲らずに進んで、最後の最後際どいところで勝負が決まるというのがひとつの理想ですね。
トップにいるという自覚
―― 印象に残った局面などを伺うと、受けの手が多いような気がするのですが、佐藤八段の将棋は受けに特長があると見てよいのでしょうか?
佐藤 自分ではバランス型だと思っていますが、もちろん相手が攻めてきたら受けなければいけませんし、同世代が攻め将棋の人が多いので(笑)、そうなるとどうしても受けることが多くなります。僕としては、攻めのほうがよければ攻めているつもりです。あまり棋風を固定化して考えずに、局面に従って、いいと思った手を指すようにしています。
―― 今期の成績に目を移しますと、7月終了時で対局数、勝数で1位です。絶好調と言えると思うのですが、ご自身で感じる要因はありますか?
佐藤 技術的な部分は自分では分からないので、結果から類推してちょっと上がっているのかなという感じで曖昧です。気持ちの面で言えば、去年B級1組という厳しいリーグを1期で抜けることができて、少しは自分の頑張りを認めてもいいかなと思えましたし自信になりました。若手のA級八段という肩書きのついた自分が勝つことによって、もっと将棋界が盛り上がるんじゃないかという自分の中での期待もできました。そういう自信や期待が影響しているのかもしれません。
―― 気持ちの充実が結果に繋がっているということですね。
佐藤 4年前の棋聖戦の挑決のときは初めてでなかなか実感もわかないまま挑んだところがありましたし、まだ認知の度合いも低かったと思うんです。その後NHK将棋講座テキストの連載が始まったりしてファンの方から応援の声をかけていただくことが増えて、そういう中で自分が勝つことによって喜んでもらえる、楽しんでもらえるというのが実感できるようになって、よりモチベーションが上がりました。
佐藤天彦の将棋とは
―― 最近の佐藤将棋を見ると、定跡から外れたところでも力を発揮しているというか、あえて力戦形にしているようにも見受けられるのですが、意識はされているのでしょうか。
佐藤 定跡形も、常に研究しているつもりです。例えば横歩取りでも、僕が横歩取りを指すことは相手も分かっているので対策されることもありますし、そういう意味では先受けして研究しておかなければいけないところもたくさんあります。ただそれは勝つための研究というよりも、自分のやりたいことをやるために整備するという感じで、そのあとは自分の力で戦うというのは方針としてありますね。ある局面において、普通に指すという選択肢のほかに、主張のある手が見えてそれが論理的に破たんがないのであれば、成立したら面白いのではないかと考えるんですよね。しかもそういう局面って、もう一度巡ってくるとは限らないじゃないですか。怯んでしまっては将棋の質を落とすことにもなりかねないですし、そこは妥協なくやりたいとは思っています。
―― 名人に定跡なし、というと言い過ぎかもしれませんが、強者の指し回しだなと感じます。以前の自分だったらこうは指さなかったな、と思うことはありますか?
佐藤 自分は理想から逆算するタイプなので、そういうところは昔から変わっていないと思います。ただ、水面下で解決できる度合いは技術が上がれば上がっているはずなので、その水準が上がっているとすれば、できる手も以前より増えているということはあるかもしれません。
―― ここ最近で、自分が強くなっている実感、実績ある上位陣に追いついてきたという実感はありますか?
佐藤 客観的に結果を見ると、いいものが出ているなと自分でも思います。ただ、5年10年続いているわけではないので、まだこれをベースとして考える段階ではないかもしれないですし、いまはとりあえず目の前のことを一生懸命やるというのがいちばんですかね。強い人と指すのは昔から好きだったので、そういう意味では、負けても全然おかしくない人ばかりと当たるいまは逆に潔くできるというか、清々しく立ち向かえます。強い相手とやれば当然負ける可能性も高まっているのでしょうが、自分のモチベーションも同じように高まっているところはあります。
―― 現在は通算勝率が7割を超えています。
佐藤 7割に届かない時期が結構あって、7割の壁というのを越えられずにいたのですが、いまは7割1分くらいあるはずで、半年そこそこでここまで上がるとは自分でも予想外でしたが、それは素直にうれしいです。
―― 9年前のデビュー時と比べて変わったところ、成長したところはどこでしょうか?
佐藤 僕としては、やはり技術や知識といった点を挙げたいです。
―― 技術というのは具体的には?
佐藤 戦法よりももっと狭い局面において、棋風に縛られずいろいろな選択肢を持てるということでしょうか。それができれば指し手の質も上がってくると思います。昔からそういう部分を高めたいと思っていましたし、知識の面でも、将棋の基本と言われるような戦法を若手の頃は勉強したいと思っていたので、定跡の知識が不足していたデビュー当初に比べると、将棋の基礎を少しずつ学べていると思います。角換わり、横歩取りはデビュー時はほとんど指せなかったですから。
―― いまではもう土台は完璧ですか?
佐藤 いや。基本って実は幅広いと思うので、まだまだです。でも将棋っていままで見えていなかったことが一局一局見えてくるのが面白いところでもありますからね。新しい発見は尽きないですし、そういうのをこれからも積み重ねていきたいと思っています。もちろん自分なりの価値観がないと将棋は指せませんが、それを持ちつつ、新しいものを取り入れていく姿勢は失わずにいたいですね。
―― 昔といまで、ご自身の将棋は変わりましたか?
佐藤 昔はもっと終盤偏重型でした。序盤中盤が雑で、ほぼ終盤力に頼ったような指し方でした。奨励会三段までは序盤の勉強の仕方さえもよく分からないみたいなところもあって(笑)。その頃は藤井システムとかゴキゲン中飛車が流行していて、序盤から論理的に組み立てる指し回しに苦戦して、自分もちょうど東京に移籍した頃で、徐々に勉強するようになりました。当時から我ながらなんでこんな手を指すんだというくらいセンスの悪い手を指していました(笑)。終盤までいけば勝負になるかもしれないのに、それまでに勝負がついてしまうことがあって、力を発揮するためにも序中盤を勉強しなければいけないなと痛感しました。
―― ではやはり、指していて楽しいのは終盤ですか?
佐藤 そうですね。のめりこめる部分はあります。玉を詰ますという目標が明確になるじゃないですか。そうなると読みをどんどん進められます。序盤中盤は茫洋としているので、駒のポジションとか、全体的な大局観とか、形のないものを目指して指すところがありますから。ただ最近は、そういうところにも魅力を感じられるようになってきましたが。
―― 詰将棋は好きなほうですか?
佐藤 そうかもしれませんね。棋士になっていなかったらこんなに解いていたかは分かりませんが(笑)。
―― 普段から詰将棋は解いていますか?
佐藤 最近は短めの手数のものを多く解いています。小~中学生の頃は宗看・看寿の『詰むや詰まざるや』ばかり、2~3周くらいやっていました。極端に長いもの以外ですが。
―― 何度も解いていたら手順を覚えてしまいませんか?
佐藤 覚えてきたので、やめました(笑)。
本当は負けず嫌い?
―― ここからはプライベート面についてお聞きしたいと思います。対局日や、対局前日などに心掛けていること、意識していることなどはありますか?
佐藤 僕は結構、対局前は家にいるタイプですね。勉強したり、準備をしたいですし、家でのんびりして対局を迎えます。
―― 佐藤八段はツイッターをやられていまして、ご自身の対局後にはていねいに感想を記されています。これはどういった意図があるのでしょうか?
佐藤 中継のある対局のときに感想を書いているのですが、ファンのためというのももちろんありますが、基本的には自分が好きでやっているということですね。
―― 自分の中で整理したい、ということでしょうか?
佐藤 そこまで大げさなものではなく、中継されていた将棋を素直に振り返っていたのが最初です。書くことによって中継の補足にもなると思うので。将棋は解説がないと理解しづらい部分があるじゃないですか。ファンがいて、将棋があって、その間の部分ってすごい大事だと思うので、そこをつなぐという意味もあります。ただ、義務とかファンサービスとかそういう固いものではなくて、あくまで自分が好きな範囲でやっているつもりです。
―― 佐藤八段は対局時も淡々としているイメージがありますが、負けて熱くなったりすることはあるのでしょうか?
佐藤 負けたその日はけっこうつらいこともあります。熱くなって飲みに行くというようなことは確かにないですね。
―― 悔しいというより、落ち込むという感じですか?
佐藤 いや、落ち込みもしないですね。負けた現実がつらいな、という感じです。ただ、それは受け入れているつもりではあります。
―― そういった見かけの印象から、勝負には固執しないタイプかと思っていたのですが、勝率7割の人が勝敗を気にしないわけがないので、やっぱり負けず嫌いと考えてよろしいのでしょうか?
佐藤 どうなんでしょう、自分ではあまりそう思っていないですが、一般の人よりは負けず嫌いかもしれません(笑)。勝負師としての一面も、自分の中では持っているつもりです。まず、将棋というゲームの性質上、勝ちを目指すのは基本です。ただ、勝ちを目指す上でのアプローチは、勝ちたい気持ちをそのままドンとぶつけるようなものではない気がするんですよね。勝利に対する熱い気持ちは持っているつもりですが、そこをうまく抑制しながら指しています。勝つために冷静でいなければいけないというのは常に考えています。
―― 仲のいい棋士や、ライバルはいますか?
佐藤 渡辺棋王とはずっと仲がいいです。フットサルとかも一緒にやったりしますし。仲はいいですが実績としては大先輩ですし、年齢的にも先輩ですし、いろいろな側面がある関係です。
―― いつ頃からの付き合いになるのでしょうか?
佐藤 お互い10代の頃からですね。僕が中学生で渡辺棋王が高校生で。最初は将棋倶楽部24でお互い誰だか分からずに指していて、そのうちハンドルネームの正体を知って(笑)、チャットとかで仲よくなっていってという感じです。
―― その頃は連盟でたまに会うくらいだったのですか?
佐藤 いえ、その頃は僕がまだ福岡にいたので、顔を合わせることもなかったです。
―― いつから会うようになったのでしょう?
佐藤 僕が高校に入ってからかなあ。でも、渡辺棋王と研究会をやったことはほとんどありません。普通に遊んだり、将棋は指すというよりお互いの研究課題を一緒につつくことのほうが多かったですね。
―― 渡辺棋王は佐藤八段にとってどんな存在でしょうか。
佐藤 仲がいい友人でもあり、先輩でもあり、将棋の面でも、近くにいて影響を受けた部分もありますし、あとは渡辺棋王の研究とか準備とか、内容もそうですけど、量とか質とかを垣間見て影響を受けたところもあります。
―― 渡辺棋王はブログでも佐藤八段のことを気にかけているところをよく見ます。
佐藤 渡辺棋王はけっこうサバサバしているのですが、会っていないところでも身近な人のことを気にかけているイメージがありますね。
天彦×ファッション
―― いまのマイブーム、息抜き、趣味はありますか?
佐藤 昔からの趣味はクラシック音楽を聴いたり、ファッションだったりですが、最近は和服のことについて勉強するのに凝っています。タイトル戦で和服を着ることになるので、やはり和服に関する基本的な知識は持っておきたいなと。知ることによって自然に着こなせるかもしれませんし、目には見えないリアリティみたいなものもあると思うので。
―― いつもオシャレな佐藤八段ですが、お気に入りのブランドはありますか?
佐藤 アン・ドゥムルメステールという、ベルギーのブランドが好きですね。今回撮影で着た服は、靴も含め全身ここのブランドで揃えました。
―― 定期的にお店に行かれているんですか?
佐藤 そうですね。表参道ヒルズの直営店にもよく行きます。ただ相当服が揃ってきたので、もうそろそろいいかなというくらいになってきています。収納も大変なので(笑)。
―― 大まかに言って、どのくらいの数お持ちなんですか?
佐藤 数えたことがないので分かりませんが、100以上は持っていると思います。
―― そのブランドを知るきっかけは何だったのですか?
佐藤 パリコレクションに出ているブランドで、自分自身まだそういう服を着る段階ではなかったのですが、ファッション雑誌とかを見てかっこいいなと憧れて。もちろんすごくかっこいいモデルさんが着ているからかっこよく見えるのもあるのですが。ファッションも新しい発見のある世界で、自分が着るのは無理だなとか最初はどうしても思ってしまうんです。でも、実は結構取り入れられるところがあったり、似合わないと思っていた服が着られないこともないとか、そういう新しい発見も楽しさの1つですね。
―― ファッションにはもともと興味があったのですね。
佐藤 興味を持ち始めたのは高校生ぐらいからですかね。当時は雑誌もよく読んでいましたし、その中で好きなブランドを見つけて、ちょっとずつ階段を上りながら、手を伸ばしたという感じです。
―― 初めてお店に入るときは緊張しましたか?
佐藤 それはまあ、しましたね(笑)。やっぱり、お店側としては普通にしているつもりでも、お客さん側としては敷居の高さを感じるということはありますよね、ファッションの世界は。いまはもう普通に入れますけど(笑)。
―― ほかに気になっているブランドは?
佐藤 ほかだとドルチェ&ガッバーナですね。
―― どんなところがいいのでしょう?
佐藤 僕は手仕事が感じられるものが大好きで、刺繍が入ったジャケットとか、織の生地とか、パッと見で明らかに職人技が生きているような、それでいて見た目にも自分にとっていいと思える服があるんですよね。
―― NHK将棋講座テキストでは、「貴族天彦がゆく」というエッセイの連載をお持ちですが、これはやはりファッションの趣向とも関係しているのでしょうか?
佐藤 ハハハ。貴族という呼び名は、仲のいい佐藤慎一五段がブログで書いたのが最初だと思うのですが、それがちょっとずつ広まっていった感じです。その後連載を始めるに当たって、編集者の方にそのタイトルを提案されました。変な感じですが、ファンの方にはいろいろな楽しみ方をしていただきたいというのもあるので、自分の中では変に気にしすぎることもないのかなと思っています。
―― 貴族と呼ばれるのは嫌ではない?
佐藤 そうですね。実際、貴族趣味とまではいきませんが、そういうファッションが好きな面があるのは事実なので。もちろん僕は本物の貴族ではありませんが(笑)、客観的に見て楽しく受け入れています。
―― それこそ、アン・ドゥムルメステールはそういった貴族的な趣なのでしょうか。
佐藤 ええ。例えば17~18世紀にはやっていた服装があったとして、いまそれをそのまま着てもすごい浮くだけじゃないですか。そういうのを現代的に解釈して、うまくミックスして取り入れながら雰囲気を出すのがデザイナーの腕の見せどころだと思っています。そんな中で自分にはアンの感性が合ったのかなと思いますね。モダンな色使いや組み合わせよりも、中世とか近代のヨーロッパから続くようなクラシックなものが好きです。
―― ヨーロッパといえば、本誌7月号に掲載した渡辺棋王と広瀬章人八段による欧州旅行に当初は佐藤八段も行く予定だったのが、棋聖戦の挑戦者決定戦が入って行けなくなった、ということがありました。残念でしたね。
佐藤 そうですね。サッカーもそうですし、イタリアに行くとしたら、それこそフィレンツェはルネッサンス発祥の地なので、美術とか文化とかを見てみたかったです。西洋文化に魅力を感じる自分の趣味からすると、影響を受ける可能性は大きかったかもしれませんが、挑決なのでそれはもう仕方がないですね。棋士として見ればいい結果ですから割り切ってはいました。
―― ヨーロッパは過去に訪れたことはありますか?
佐藤 ないんですよ。
―― では、近いうちにリベンジで行けるといいですね。
佐藤 いつか、ですね。最近のように対局が立て込んでいると、あまり旅行などを考える気がしません。日程もそうですが気持ちの面でも落ち着かないと計画が立てにくいですから。
―― そうなるとこの先ずっと行けない可能性もありますね。
佐藤 対局が続いて行けないといううれしい悲鳴なら、それはそれで歓迎ですけどね(笑)。体調さえよければ、対局が多いというのは充実しているし、やりがいもありますから。
力を発揮できればいい勝負になる
―― 将棋に話を戻します。最近の同世代の活躍については、どう見ていますか?
佐藤 個人的には、羽生世代対若手世代、という意識はあまりありませんが、同じ世代で勝っている人がいると刺激にはなります。
―― 佐藤八段の挑戦しかり、最近は20代の活躍が顕著です。羽生世代に翳りが見えているといっていいのでしょうか?
佐藤 翳っているかは分かりませんが、若手世代がこれだけ勝っているので、その分以前ほどは羽生世代がトーナメントの上位を独占しなくなっているのは客観的に見て言えると思います。僕は平成10年奨励会入会組なのですが、この周辺はプロになった人が多くて、それから平成16年組も結構多いんですよね。こういった層の厚い世代が勝ちだすと、波が来たときに勢いがあるのかもしれないですね。
―― 同世代と戦うときは違う意識になったりしますか?
佐藤 昔から指している相手でもありますし、その中でお互い若いのでちょっとずつ変わってくる部分もあると思うので、楽しみなところもありますし、刺激を受ける部分はあります。
―― それでは最後に、タイトル戦への思い、意気込みをお願いします。
佐藤 初めての挑決のときよりも、ファンの方に応援の言葉をかけていただくことが増えて、自分の将棋を観て楽しんでほしいという思いも膨らんでいます。タイトル戦といういちばん大きな舞台で、さらに相手が羽生王座という最高の相手ですから、自分の力をしっかり発揮して、熱戦をお見せしたいです。そういう中でも、結果を求めていきたいと思っています。客観的に見て最近はいい成績が残っているので、普段どおりの力を発揮できればいい勝負ができるのはないかと思っています。