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【ノーカット版】棚瀬寧に聞く ~電王戦ファイナルと将棋クエスト~

2015.03.11 将棋世界

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ここでは将棋世界2015年6月号に収録したインタビュー「棚瀬寧に聞く ~電王戦ファイナルと将棋クエスト~」のノーカット版を掲載致します。
本誌には載せることができなかった面白い話もたくさん飛び出します。
それではどうぞ!
 
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棚瀬寧に聞く ~電王戦ファイナルと将棋クエスト~
 世界コンピュータ将棋選手権で最多4回の優勝を誇るIS将棋(商品名は「東大将棋」)の開発者であり、コンピュータ将棋黎明期からの第一人者として知られる棚瀬寧さん。彼の目に今回の電王戦はどう映っただろうか?
 今後のコンピュータ将棋について、また現在棚瀬さんが運営しているスマホ将棋アプリ「将棋クエスト」についても併せて語っていただいた。
 


将棋は最初からすぐに楽しめるゲーム
―今日は宜しくお願いします。まず、棚瀬さんご自身の将棋との関わりについて教えてください。
「覚えたのは中1のときです。大晦日に兄に突然やろうと言われて対局したのが最初です。
 当然負けますよね。いいように負かされて、兄は下宿先に帰っていきました。そこで次に会うときは勝ってやろうと思って勉強して待っていたのですが、いざ再会すると兄は完全に将棋に対する興味を失っていて、結局その後も兄と将棋を指すことはありませんでした。
 それから友だちと時々指すようになったんですが、今から思うと将棋の環境が悪かったですね
 周りの友だちは少し勉強すると相手にならなくなってしまって、一人将棋というむなしいこともしていました。一人将棋の棋譜も取っていましたからね。
 そのころネット将棋があればだいぶ違っていたと思います」
―将棋というゲームそのものについてはどう考えていますか?
「今は囲碁のアプリも作っているので、ついつい囲碁との比較で考えてしまうのですが、将棋は『最初からすぐに楽しめるゲーム』という感じがします私自身、兄に押し付けられた日に、ものすごく面白いと思いましたから。逆に囲碁はルールは将棋よりシンプルなのですが、最初は訳が分からないところがあります。ルールの概念が深いというか、面白さが分かりにくいのかなと。
 将棋の場合、馬鹿げたものであっても最初からそれなりの構想を描くことができます。私は歩を階段のように斜めに配置して、角が逃げられないようにしたりしていました。
 他には戦法がいろいろあるのも将棋の魅力ですよね。あれこれ試して楽しんでいる方も多いんじゃないでしょうか」
―棚瀬さんが将棋を始めた当時、将棋ソフトはなかったですか?
「98版の『森田将棋』をよくやっていました。定跡を入力する機能があって、入れればどんどん強くなるのかと思って喜んで入れていました。
 ところが『残りセル数』という謎の表示が出ていて、まさかこれがなくなると指し手を入力できないのかと思いましたが、予想通りでがっかりしたことを覚えています。
 大学の終わりごろ、ネット将棋をやり始めて、秋葉原の将棋道場にも通ってようやく初段になりました。当時はソフトと対局して強くなる、という考え方はなかったですね。まだソフトも弱かったですし。みんな遊びでやっていました。
 それがここ20年でここまで強くなったわけですから、将棋プログラムの進歩には驚くべきものがあります」

コンピュータが発狂するパターン
【電王戦ファイナル第1局】




―さて、ここからは電王戦ファイナルについて語っていただきたいと思います。まず第1局▲斎藤慎太郎五段―△Aperyからお願いします。斉藤五段が終始リードして快勝。人間側にとって幸先の良いスタートとなりました。
「これはYSSの山下さんも言っていましたが、斉藤五段の玉が8八にいましたよね、9八香の形で。これはコンピュータが発狂するパターンなんです。



 電王戦の過去のものだと第2回の▲船江恒平五段―△ツツカナ戦も同様です。あのときは船江五段がずっと▲5九玉型で戦っていました。
 ボナンザ方式で評価関数を学習すると、安定した玉形に持っていく手の価値がものすごく高くなるんです。手動でやっていると、とてもここまで付けられないような数字になります。
 それは人間らしい指し手ともいえるんですが、落とし穴もあります。
 例えば本局のように▲9八香・8八玉の形にすると、先手は何百点も稼げる手が常にあるということになります。そうするとコンピュータが『あせって』無理攻めをしたり、自分だけがマイナスになるのを遅らせようとする、いわゆる水平線効果が現れます。36手目の△4四角などは水平線効果によるものかなと思いました。


※以下、▲5五角△同角▲同歩と進んだ

 プロが勝つパターンの一つがこれで、中途半端な囲いではあるものの意外に耐久性のある形にして、コンピュータをあせらせるというものです。
 最初にボナンザを見たときに驚愕したんですが、とにかく安定した玉形にする手に対して異常に高い評価がついていました。それでうまくいくこともあるんですが、逆効果になることもある、今回は悪い方の面が出てしまったということだと思います」
 
最後まで見たかった
【電王戦ファイナル第2局】

 
―続いて第2局Selene―△永瀬拓矢六段戦についてお聞きします。終わり方(△2七角不成)が衝撃的でどうしてもそこがクローズアップされますが。


※Seleneは角不成を認識できず、他の手を指し反則負けとなった。

「そうですね。最後まで見たかったというのはあります。形勢評価を表示していたやねうら王がどこで先手が悪いことに気づくのか、評価値が下がっていくところを見たかったです。
 あのようなバグは珍しく、なぜ気づかなかったのか不思議です。一部で読みを早くするために不成を読まないようにしているという解釈が出ていましたが、そのことと、相手の合法手を受け入れないというのは全く別問題です。
 歩、角、飛のように不成にすると働きが悪くなる場合に認識しないわけですから、香を2段目に成らない手も同様に認識できないかもしれません」
―将棋の内容についてはいかがですか?
「コンピュータの読みの浅さが出た一局でした。現在コンピュータ将棋は『最善手(とコンピュータ自身が考える手)の応酬を長く読むと勝ちやすい』ということになっていますがそれを実現するために、途中で駒損する変化をすぐに切り捨ててしまう傾向にあります。
 本局の最終手は角損する手ですから、かなり読みの浅い段階でカットされていたと思います。おそらくやねうら王もSeleneも見当違いの手を先まで読んでいたんでしょうね。
 一見すると単に駒損するだけのように見えて、先まで進めると実はいい手だった、というのはコンピュータの盲点になります
 YSSなどは駒を捨てて必至を掛けるような手を読めるように調整していました。人間もそうなんですが、『効果がありそうな手を深く読む』ということをさせるわけです。
 Seleneはおそらくそういったごちゃごちゃした工夫はしていなかったのだと思います。あの対局も、続けていればどこかで自分が悪いことに気づいたでしょうね。その意味で、やはり最後まで見たかったです」
 
見送られた▲9七角
【電王戦ファイナル第3局】

 
第1局、第2局ともコンピュータが負ける理由があったんですね。第3局▲稲葉陽―△やねうら王戦はいかがでしょう?やねうら王がプロではあまり指されなくなった横歩取り△3三桂戦法を採用して勝利しました。
「これはやねうら王さんも言っていましたが、ボロ負けすると思われていましたよね。横歩取り△3三桂というのはほぼ100%指してくると言われていて、本番でもそれが実現しましたから。
 事前にいわれていた▲9七角△8九飛成とさせて竜を捕獲するパターンで負けるのかなと思いましたが、その展開にはなりませんでした。


※ここで事前研究の▲9七角が出るかと思われたが、実戦は▲6八銀だった

 局面がごちゃごちゃっとしてきたので、これはコンピュータが有利かなと。
 横歩取りはコンピュータが弱いと言われていますけど、ごちゃごちゃした局面になってくると、急にコンピュータの強さが出てくる戦法です。
 本局はその強い方が出てしまったということでしょう。
 個人的には▲9七角としたらどうなったのか、見てみたかったですね」
 
コンピュータの序盤
【電王戦ファイナル第4局】

 
続いて▲ponanza―△村山慈明六段戦はいかがでしょうか?相横歩取りでponanzaが徐々にリードを広げ勝ち切った将棋でした。
「村山六段の研究手順が見られなかったのは残念ですが、とにかくponanzaが強かったですね。
 コンピュータは序盤が弱いと言われてきましたが、3駒関係によって表現された膨大な駒の位置関係を学習することによって、よりよい場所に駒を配置する力が格段にアップしました。
 序盤で暴発せずに本局のようなじわっとした戦いになれば、コンピュータの序盤は強いということが証明された一局だったと思います。
 少しずつコンピュータ側の模様が良くなっていって勝ち切った、ponanzaの完勝譜だと感じました」
 


AWAKEの強さの証明
電王戦ファイナル第5局】

 


ここまで2勝2敗で最終局を迎えました。最後は21手で投了という衝撃的な結末になりました。
「恐れていたものがついに出てしまった、という感じです。事前貸し出しというルールがある以上、いつ起きてもおかしくない事態でしたが、ここで起きてしまいました。
 AWAKEは3駒関係の高すぎる次元を減らす工夫が成功した非常に優秀なプログラムだと聞いています。
 評価関数にこのような本質的な工夫を施して成功しているとしたら相当強いプログラムのはずです。
 ですので、どんな将棋を指すのか見てみたかったのですが、本局はそういうものが全く関係ない内容になってしまいました。
 阿久津八段は勝敗にあまり執着しないタイプに見えましたので、本局の指し方は意外でした。
 逆に言えば、阿久津八段でさえ、あのような指し方を選ばざるを得なかったことが、AWAKEの強さを証明しているともいえます。
 私個人としては、AWAKEの将棋に興味がありましたので、勝敗よりも将棋の内容を見てみたかったですね」
 

※この香上がりでAWAKEの投了。



無差別級の勝負が見たい
【電王戦全体を通じて】

 
ありがとうございました。電王戦は今回がファイナルとなりますが、電王戦全体を通してどのような感想をお持ちでしょうか?
「振り返ってみると、やはり第2回が一番面白かったですね。真剣勝負という感じがしましたし」
―第3回からルールが変わって事前貸し出しが義務になりました。このハンデはやはり大きいですか?
「ええ。かなり大きいと思います。このルールでコンピュータ側にとって一番つらいのは『自分の得意な戦法だけ入れておけない』ことです。
 ある戦法しかやらないということにすると、徹底的に研究されてしまいますから。
 人間側はとっておきの手を用意しておくことができますが、コンピュータ側にはそれができません。これは大きいですよ。私のプログラムも戦法による勝率の差はかなりありました。
 今にしてみると笑ってしまうような話ですけど、あるプログラムは対戦相手がプルダウンで表示されて、それを選んでから対局していました。相手との相性を見て、戦法をその都度変えていたんです。
 私はそこまではしませんでしたが、どの戦法が得意か、ということは結構詳しく調べていました。得意戦法が指せないというのは相当なハンデでしょうね」
―貸し出すとしても、そのあと直せればいいのでしょうが。
「ええ、練習用として貸し出して、本番はチューンナップしたもので勝負すればまた違うでしょうね。私は第2回のときも人間側が結構やれていたと思っていましたので、ルールを変えてケチがつくよりも、あのルールのままでやって欲しかったと思っています。
 直前準備の面白さも失われてしまいました。コンピュータもプロの棋譜を使っているから、という意見がありますけど、そのことと事前に貸し出すというのは全く別の問題です」
―しかしその第3回のルールでもコンピュータ側の勝利となりました。
「コンピュータにとって得意戦法に絞れないというのは確かに大きなハンデなんですが、人間側も貸し出されたからといって、ズバリ研究手順にはめるのも難しいということだと思います。持ち時間5時間というのはたくさん練習できる長さではありませんし」
―なるほど、同じ設定で繰り返し試行しにくいと。
「ええ。ですから持ち時間が短い方がコンピュータとしては厳しかった可能性もあります。時間が短いほどたくさんのテストプレイができますから。5時間の場合でも本気でやろうと思えば複数のコンピュータを使って何人もの人間が同時にテストプレイをすればいいわけですが」
―もし棚瀬さんが人間VSコンピュータ将棋の対局を企画するとしたらどうしますか?
「やはり第2回のようになんでもありの無差別級の勝負が見たいですね。コンピュータ側もGPSのように何台も使うのもアリで。私はそれでもまだいい勝負が見られると思っています。個人的には勝敗よりもどういう将棋の内容になるのかに興味があります」
―確かに第2回のような負けたときの悲壮感は今はないですね。
「プロ棋士も負けを淡々と受け入れていますし、解説も悲壮感はないですよね。そういう意味でも第2回はドラマチックでしたね。」


 
今とはレーティングで比較できないほど弱かった
【将棋プログラムについて】

 
―ここからは将棋プログラムの歴史と今後についてお話しいただきたいと思います。1998年にIS将棋で初めて世界コンピュータ将棋選手権で優勝し、東大将棋を出したとき、棋力はどれくらいだったのですか?
「弱かったです。アマチュア初段はありましたかね。それで調整のために目隠し将棋の機能を入れたんです。阿部光瑠五段があの機能を使って棋力が上がったという話をされていました。意外なところで役に立っていたようです。
 最初に優勝したときはまだ弱くて、実力1位という感じではなかったです。優勝したあと、YSSの山下さんが車にパソコンを積んで来てリベンジマッチを挑まれたのが懐かしいですね。結果は2連敗でした。1年後には結構強くなったんですが、今度は5位になってしまいました。形勢が3000点くらい勝っているところから逆転負けをしてしまって(笑)。当時は時間のない終盤はドキドキでしたね」
―その次の3年目にまた優勝されましたよね。
「3年目のときは実力でも1番だったと思います。ただその後に激指が出てきたりしてまた大変になりましたが。
 このころのコンピュータ将棋選手権が一番盛り上がっていたのではないでしょうか?2001年に55チームが参加したのが最多で、これはいまだに破られていません。テレビも入ってすごい盛り上がりでした」
 
もっとラクな学習を誰かが開発できればいい
【人間との戦い】

 
―コンピュータ将棋対人間ということでいうと、いかがでしょう?特に印象深い対局はありますか?
「優勝した1998年飯田弘之五段と四枚落ちで対局して負けています。最初はこんなものだったんですね。
 2003年の鈴木大介八段との駒落ち3面指しは強烈に覚えています。本当に強かったです。激指が序盤にタダで取れる歩を取ったんですが、鈴木八段に言わせるとそれは悪手で、実際完勝したんです。激指の鶴岡さんがあの歩を取らないようにするにはどうプログラムすればいいのかまるで分からないと途方に暮れていました」


※週刊将棋紙上企画『COM3強VSA級棋士指し込み3面指し』
鈴木大介八段は激指、YSSに飛車落ちで勝利、飛車落ちで敗れたIS将棋にも角落ちで勝った。

―ただその後はコンピュータの対人勝率が上がっていますね。
「2005、6年辺りでコンピュータの並列化ができるようになったんです。これが大きかったですね」
―2006年にはボナンザがコンピュータ将棋選手権で優勝しています。
「ボナンザが出てきたときにこれは他のプログラムと明らかに違うということがすぐに分かりました。YSSの山下さんに会ったときに『学習ですよ』と教えられました。
 自分も学習しないとと思ってやり出したんですが、最初は何をどうやって学習すればいいのか全く分かりませんでした。学習と言っても大きく分けると二つの手法に分かれます。一つ目は強化学習と呼ばれるもので、ランダムにやらせて勝ったら何かが良かった、負けたら何かが悪かったということを積み重ねて、強くしていくものです。
 もう一つはお手本があって、そのお手本に近づくように学習させるというものです。いろいろ試した結果、二つ目のお手本(=人間の棋譜)を真似る方法しかないだろうという結論にたどり着いて、そこから試行錯誤を繰り返していたのが2006年辺りです。
 2006年は悪戦苦闘していて、その年のコンピュータ将棋選手権に間に合いませんでした。その年の選手権で優勝したのがボナンザです」
―IS将棋から棚瀬将棋に書き換えた頃ですね?
「当時はまだボナンザのソースが公開されていませんでしたから、ボナンザと自分以外で学習を取り入れているソフトはほとんどなかったと思います。それだけ学習のプログラムは難しくて、私も失敗の連続でした。その状態から一気に学習が広まったのは、やはりボナンザのソースコード公開が大きかったですね。
 ただ、コードが公開された今でも学習は苦労が絶えない手法で、1ヶ月マシンを動かし続けて学習したのに出来上がったものが妙に弱い、ということはよくあります」
―IS将棋から棚瀬将棋になって、やはり劇的に強くなりましたか?
「いや、実は怖くて戦わせていないんですよね。後戻りするつもりもなかったので。指し手の雰囲気は変わって、確かに人間っぽくなったのですが、実際のところ本当に強くなったかどうかは分かりません。
 ボナンザも最初に優勝したあと、学習していないソフトに負けていました。当時はまだ従来型の評価要素を使用していたためだと思います。つまり、駒得や飛車の動けるマスの数といった『評価要素』はこれまでのままで、それに対する『点数』だけを学習させていたのです。
 この状況を一変させたのが3駒関係による評価要素の導入です。これはその名の通り3つの駒の配置を評価するというもので、これによって『何を評価するか』も機械的に決めることになりました。もちろん3つの駒の関係の中には意味がないと思われるものも数多く含まれていますが、これが大変有力な方法で、私はこの3駒関係の発明が学習を効果的にする上で非常に大きかったと見ています。
 現在では将棋プログラムにとって3駒関係をベースにした学習は必須となっており、それを前提とした上でそれぞれのプログラマーが工夫を加えているという状況だと思います」
―今の将棋プログラマーのモチベーションは何なんでしょう?
「コンピュータ将棋選手権もありますが、やはり今は電王戦が大きいんでしょうか」
―コンピュータ将棋選手権と電王戦では持ち時間にかなり差がありますよね。強いプログラムはどんな持ち時間でも強いものですか?
「基本的にはそうですが、持ち時間によって最適な評価関数も変わります。昔はマシンのスペックが低くて処理速度が遅かったですよね。それは持ち時間が極端に短いことと同じですが、当時は評価関数に例えば王手飛車とか桂馬のふんどしとかいった知識を入れることで先が読めないことを補っていました」
―なぜ棚瀬さんは強い将棋プログラム開発をやめてしまったんですか?
「単純に疲れたからです。結構疲れるんですよ、実際。マシンの準備もそうですし、それに先ほども言いましたけど、学習には気苦労が多いんです。例えば学習の結果出来上がったものが何かおかしいとしても、何がおかしいのか分からないわけです。将棋の学習はデータを大量に投入すればどんどん強くなる、というものではないんですね。もっとラクな学習を誰かが開発できればいいんでしょうけど」
―今は人間の棋譜を使ってコンピュータが学習している、という状況ですが、今後逆にコンピュータが新しい定跡を人間に提供するということはあるんでしょうか?
「人間の盲点になるような細かい手は今もすでに出ていますし、これからも出るでしょうね。ただ、全く新しい戦法や囲いを生み出すというようなレベルでの創造となると難しいかもしれません。基本的には人間の棋譜を使って学習していますからね。
 ですから可能性があるとすれば人間の棋譜を全く使用しない強化学習によって強くなったプログラムの方ですね。現在はまだ結果が出ていないようですが、人間も何も分からない状態から矢倉や穴熊を生み出したわけですから、可能性はあるかもしれません」
―その他に、今後の将棋プログラムの活用方法として、テレビ対局などでの形勢評価の表示というのがあると思います。
「そうですね。以前チェスの大会で全ての対局がネット中継されていてしかも全対局の検討モードがWEB上に無料で公開されていました。あれはすごいなと思いましたね」


 
「キング・オブ・ボードゲーム」を決めたい
【ネット将棋】

 
―ここからは現在棚瀬さんが力を入れているネット将棋のお話をうかがっていきたいと思います。まず、棚瀬さん自身のこれまでのネット将棋との関わり方について教えてください。
「最初にやったのはJAVA将棋でした。今のネット対局とはまた違う面白さがありましたね。
 一度クリックした駒のマス目の色が変わるんですが、これが相手にも見えるんです。なので、次にこの駒を動かそうとしているな?というのが分かって面白かったです。
 また、PCのホスト名が表示されていて、チャット機能もついていました。一度、東大工学部のホスト名の相手と当たったことがあったんですが、途中チャットに『hurry up』と書いてきたんです。そこで私も手を返すと同時に『hurry up』と入力。以下応酬続く、という楽しい事件もありました。工学部だったので私は秘かに激指の鶴岡さんだったんじゃないかと思っているんですが(笑)」
―ちなみに、PCの対局サイトを作ろうという気持ちはなかったですか?
「それはなかったですね。PCはユーザーで満足していました」
―対局サイトとしてはガラケー専用アプリの「東大将棋」がありますね。
「東大将棋との対局はもちろん、人間同士でも持ち時間が一手25時間の対局が最大12局同時にできます。さらに、東大将棋作成の詰将棋が1日に10問出題される終盤力ドリルや次の一手問題など、棋力アップの機能も充実しています。メニュー豊富ですからガラケーを使っている方はぜひやってみてほしいです」
―持ち時間25時間の対局は中毒性があるようで、ハマっている人も多いようです。さて、続いて現在棚瀬さんが運営しているアプリ「将棋クエスト」についておうかがいしてよろしいですか?
「最初に『碁クエスト』を作りました。



Android版は2013年の12月スタートです。囲碁にはあまり手軽にできる対局アプリがないようだったので、囲碁から着手しました。ただ最初はまったく見向きもされず、2014年の夏くらいまでほぼ無人でしたね。9路盤は最初は馬鹿にされていたところもあったと思うのですが、徐々にその面白さが認知されて、今の流行に至っているんだと思います。
将棋クエスト』は2014年の6月からです。「現在平日の夜で囲碁は600人程度、将棋は500人程度が同時に対戦しています。



 クエストシリーズ全体では登録者数15万人を超えています。
 私自身がある程度努力しないと実力が上がらない競技が好きで、なおかつその実力をレーティングのような数値できちんと計るのが好き、ということがあります。複数の観点から正確なレーティングが出るものを作りたいと思ったのがクエストシリーズ開発の動機です。『将棋クエスト』では先手・後手や戦型別のレーティングを出しています」
―人がいなかったときは自分で相手をしたりしたんですか?
「ええ。人間としかやりたくないという方が何分も対局待ちをしていたら自分でやるしかないですからね。多面指しをしたこともありますよ(笑)人が集まるまでは大変でした」
―将棋対局の部分はシンプルで、レーティングなどの成績表示はしっかりしているので、将棋が強くなりたい人にとっては非常にいいアプリだと思います。
「そうですね。強くなりたいと思って勉強すると、それを試してみたくなってまた対局するので、上達することは重要だと思っています。上達しているときが一番楽しいですしね。今、将棋クエストにはワンポイント定跡講座や詰将棋問題集を実装しようと思っているので、ユーザーの方にはぜひこれを使って上達してほしいですね。
 基本的に初心者の方でも楽しめるように作ったつもりです。全く戦法を知らない人でも『戦法辞典』というメニューで勉強して、強い人の将棋で学んでいただければと思います」


※戦法辞典の画面。先日嬉野流が追加された。

―他には総合ランキングが面白いですよね。
「クエストには将棋、囲碁の他にチェス、リバーシ、ついたて将棋もできて、その総合レーティングを競うというものです。将棋で勝てなくなったときに気分転換で他の種目をやったり、新しいゲームを覚えて上達するのも面白いと思います。
 ゆくゆくはボードゲーム5種競技をやって、『キング・オブ・ボードゲーム』を決めたいですね」
―壮大な構想ですね。囲碁クエストは9路盤が新鮮で、プロ棋士の間でも広まっているようですね。NHKでも紹介されていました。
将棋クエストは乃木坂46の伊藤かりんさんも始めたそうですし、これからどんどんユーザーが増えていくと思います。本日は長い時間ありがとうございました。
「ありがとうございました」