教育・医療・Biz iOS導入事例

ICTによる効率化を阻む「心配の壁」の越え方

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

今後、より重要性を増す在宅医療。しかし、そこに大きな役割を果たす薬剤師の業務には、大幅な「ムダ」がある。そのムダを生み出すのは、新しいものへの根拠のない抵抗感。どうすればこの「心配」という壁を越えられるのか。iPadなどのデバイスを活用して薬剤師業務の効率化を進める徳永薬局に、その心得を聞いた。

 

非効率な紙ベースの業務フロー

「一寸先は闇」ということわざは、健康でいることの難しさを言い当てている。今は元気だとしても、数分後に突然、意識を失って倒れ込むことがないと保証できる人は、誰もいないのだ。

脳梗塞を発症し、命は助かったものの、下半身麻痺になったとする。生活には介護が必要だ。医療費の高騰やベッド数不足の影響で、病院に入院できる期間はそう長くない。3カ月もすれば、家に帰される。

それでもあなたは医療にアクセスしなければならない。自分の命をつなぐために。

在宅医療の必要性というのは、まさにこのような状況にある。患者が通院できないのであれば、医療のほうから患者のところにやってくるわけだ。ほかにも、終末期医療、つまり癌などで病院でできる治療がなくなった場合、自宅で最期を迎えることを望む人にも在宅医療は必要だ。このように、社会において在宅医療のニーズは増している。

しかし、その重要なプレーヤである薬剤師の間では、在宅医療について否定的な反応もあるという。それは、在宅医療にムダが多いためだ。

関東地方を中心に約70店舗を展開し、在宅医療に積極的に取り組む徳永薬局グループの在宅部統括部長・薬剤師の小林輝信氏は、在宅医療における薬剤師業務がまだまだ紙ベースになっていたと指摘

 

 

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神奈川・山梨・東京を中心に店舗展開をする徳永薬局株式会社の在宅営業本部本部長・小林輝信氏。2010年に同社在宅部を立ち上げ、薬剤師・介護支援専門員として在宅医療に携わる。

 

「一般的なフローでは、まず医師が患者さんのもとを訪問して、処方せんを書きます。それをもとに、薬剤師が薬を持って、患者さんの家に行きます。ご自宅では薬の話をして、生活の相談に乗り、内容をメモして、薬局に帰り、パソコンで打ち直して薬歴(カルテ)に記入する。さらに、ほぼ同じ内容を記録簿や報告書に記入しなければいけない。すごく効率が悪いですよね。でも、長い間これが普通だったんです」

煩雑な義務は残業に直結する。「在宅医療に積極的になればなるほど、超過労働になる傾向がある」と小林氏。

また、在宅医療では、365日24時間の対応が求められることもネックだった。情報が集約・電子化されていないと、患者や医師から問い合わせがあるたびに、薬局に保管されている薬歴を見に行かなければいけなくなるのだ。深夜であろうと休日であろうと、呼び出しがあれば一度は職場に移動しなければいけない。これは大きな時間や労力のムダになる。

  「なぜ在宅医療の普及が進まないのか、面倒だといわれるのか。それはこの効率の悪さによるものです。あえて在宅医療をしなくても、これまでは放っておいても患者が来た。いくら国の施策で在宅医療をやれといわれても、やりたくないのが実情でしょう。残業も増えるし、薬剤師が足りない薬局もある。そもそもどうやればいいのかわからない。このような事情で、在宅医療は積極的に取り組む薬局とほとんどやらない薬局に二極化してしまいました」

過去にももちろん、効率化は試みられていた。しかし、それはたとえば「エクセル(Excel)でフォーマットを整えて、ファイル名だけ変えればいいようにするような、根本的な解決とはほど遠いものだった」と小林氏は振り返る。そんな状況を打破したのが、iPadの登場だった。

 

 

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病院・クリニック・介護施設・薬局などのための、医療に特化したソーシャル医療連携プラットフォーム「メディカルケアステーション」。たとえば、訪問頻度の高い介護士と、頻度の比較的低い医師や薬剤師の間でも、リアルタイムに情報を共有し、各自が空き時間に確認できる。【URL】 https://www.medical-care.net/html/

 

 

ムダな業務時間を削減

iPadを初めて見たとき、小林氏は「これで何かできるのでは」と直感したという。訪問診療仲間の薬剤師と雑談していたところ、たまたま通りかかったその息子がシステムエンジニアだったことが、大きな転機になった。

それ以前にも、業務効率化アプリについて制作会社に相談したことはあったが、訪問医療の薬剤師業務をイエス/ノーチャートのようにパターン化してもらえればできる、という返事だった。しかし、医療にはイエス/ノーでパターン化できないことが圧倒的に多いという。

身内に医療関係者がいることで、現場の微妙なニュアンスを再現できるシステムエンジニアの協力を得て、在宅医療を支援する「ランシステムNEXT」は開発された。

  「訪問時にはiPadを持っていって、患者さんと話をするときにアプリを起動。薬局のサーバに保存されている患者さんの情報と照会しながら、問診や相談内容をアプリに打ち込んで保存、これで業務完了です。一回で薬歴にも記録簿にも報告書にも記録されますから、2~3時間は削減できているのではないでしょうか」

徳永薬局がこのシステムを最初に開発したのは約6年前。現在、在宅医療専門の薬局が6店舗あり、抗がん剤の調剤など高度な処方まで可能にしている同グループでは、月に1000人以上の患者を訪問し、年に500人ほどの看取りをする。訪問する中には小児がんの患者など、処方が難しい患者もいるため「この薬局でできないことは、もうどこの薬局にもできない」と小林氏。

だからこそ、必要不可欠なのは効率化。14~5年前から在宅医療を中心に活動しているという小林氏は「効率化をセットにしないと現場は疲弊してしまう」と警鐘を鳴らす。

「医療者というのは、どうしても自己犠牲をして働いてしまうものです。私自身、8年ほど1人で、24時間365日、ある地域の訪問診療を担っていました。その頃は“この地域は自分が守っている”という感覚だった。しかし、あるときケガをして2週間ほど入院してしまったんです。その間、地域の医療はストップしてしまった。そこで私は“こんなものは医療じゃない”“継続できないと意味がない”と悟ったんです」

以来、小林氏は効率化、そして教育など、再現性を持たせる仕組み作りに取り組んでいる。同グループに導入されているiPadは約40台で、在宅医療を専門にする薬剤師には全員にiPadが導入されている。また、「メディカルケアステーション」という完全非公開医療者用SNSを利用して、1人の患者の情報を、関わる複数の医療者で共有。医師と薬剤師、介護士など職種間でのコミュニケーションにムダがないように、ここでも効率化を図っている。

 

「成功事例を作る」ことが突破口

  「在宅医療に対して否定的な姿勢を取っていても、高齢化によりもっと患者さんが増えたときに、今のままでは対応できないんです。日本の医療を支えるためには、在宅医療をしないという選択肢はいずれなくなります。将来も考えたうえでの対策を、今からしていかなければなりません」

一方で、新しいことには抵抗がつきものだ。たとえば、患者の個人情報をサーバーにアップすることには、今も根強い批判がある。小林氏はこれに「法的にすべての要件を満たしていることは大前提」としたうえで、パスワードやログインタイムを設定し、VPN回線を整備し、その他さまざまなセキュリティ上の手を尽くしたうえで、それでも心配だとする意見は「きりがない」と強調する。

「先日、“アクセスしているのが本人であることはどうやって証明するのか”という質問がありました。じゃあ、指紋を設定しますか、と。そうしたら“指紋だって…”となる。であれば、まず、前向きにやる人たちと一緒に、成功事例を作ることです。効率化に成功し、トラブルも残業もなくなれば、抵抗感がある人も、いずれ新しい方法に手を出すでしょう」

従来、紙だったカルテが電子化されるときも、一部に強い抵抗があったことはよく聞かれる。しかし、電子カルテは実際に普及した。紙よりも明らかに便利だからだ。小林氏は取材を次のように締めくくった。

「“朝から晩まで忙しい”というのは“効率化をしていないからでは”という見方もできます。医療はもう、ICT化による効率化が待ったなしの業界です。変化に対応できる人材でなければ、この危機的状況を一緒に乗り越えられません。すべてトライアンドエラー。その癖をつけていくことが必要だと私は信じています」

 

 

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小林氏を取材した徳永薬局成瀬在宅センターは、在宅医療を専門にする薬局の1つで、抗がん剤の調剤など高度な処方も可能。行政とも連係し、隣には地域包括支援センターを併設する。【URL】http://www.tokunaga-p.jp/

 

 

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在宅医療支援アプリ「ランシステムNEXT」では、アプリに表示される問診項目を上から順に聞いていけば、必要な事項をすべて網羅できるようになっている。問診の項目は複数のベテラン在宅医療薬剤師と作成した。

 

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徳永薬局のココがすごい!

□在宅医療を担当する薬剤師全員にiPadを支給している
□アプリで在宅医療業務のムダを徹底的に効率化している
□クローズドSNSにより他職種との連係を強める



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