学習端末ではなく、“iPadはiPadとして使う”から面白い|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

学習端末ではなく、“iPadはiPadとして使う”から面白い

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

教育の世界には、“学校とはこうあるべき”、“勉強とはこうすべき“といった先入観が多く残っている。そんな既成概念を取っ払って、タブーに挑戦してきたのが立教小学校の石井輝義教諭だ。子どもたちが本気になれる学びに必要なものとは。新しい学びのデザインに込められた想いに迫る。

 

タブーな教室デザイン

日本で3校しかない私立男子小学校のひとつ、立教小学校(東京都豊島区)。同校が今年4月に改修したコンピュータ教室に入るやいなや驚いた。床に敷かれたじゅうたんは教室の中央部分が大きく切り抜かれ、天井からはプロジェクタが吊るされている。周りにはiMacプロが12台もズラリと並べられていて、一体、ここでは何の授業が行われるのだろうとワクワク感を与えてくれる。

この教室をデザインしたのは、同校のメディアセンター長で、2015年度のADEに選ばれた石井輝義教諭だ。同教諭は、これまでも同校のiPad導入やICT整備を牽引してきたが、この教室の改修については、“教室のタブーに挑戦すること”がコンセプトだったと話す。

「一般的に教室では“椅子にきちんと座りなさい”“机に落書きしてはダメ”と子どもたちはお行儀よくすることが求められています。しかし、この教室ではそういったものから一切開放してリラックスできる空間にしてあげたいと思いました。子どもたちは家でiPadを使うときは、ソファに寝転がりながら使ったりするのに、学校ではそれが許されないなんておかしいですよね」と石井教諭。

同教諭がこの教室のインスピレーションを得たのは、ニューヨークの学校を視察したときのことだった。その学校の教室には生徒数分の椅子がなく、代わりにベンチやソファが置かれていたという。

「生徒たちは決められた場所に座るのではなく、一人一人がMacを持って好きな場所で学んでいました。その光景を見たときに、そもそもここでは一斉授業を行う発想がないことに気づき、改めて教室環境が学びを創るのだと実感しました」

日本の学校では、子どもたちが教室に並んで座り、教師が黒板の前に立って教える一斉授業が当たり前だ。しかし、それではどうしても子どもたちが受け身になってしまう。2020年度から実施される新学習指導要領においても、学習者主体の学びが求められることから、学校の中にひとつでも新しい学び方を実践できる場が必要だと同教諭は考えた。

ちなみに、石井教諭の先を見据えた判断は、なにもコンピュータ教室に限った話ではない。これまでも同校にiMacを導入したり、2014年には小学3~6年生でiPadミニの1人1台を実施するなど、先進的な取り組みを進めてきた。その結果、同校は2016年にADS(Apple Distinguished School)にも認定された。

 

 

Apple Distinguished Educator 石井輝義教諭

立教小学校教諭。情報科主任。同校メディアセンター長・ICT教育プロジェクト委員会委員長。1、2年生はShared iPad(共有iPad)、3年生以上は個人所有で1人1台のiPad miniの環境を整備するなど、ICT環境の整備にチームの代表として取り組んでいる。2015年にADEに認定。SE/30からのMacユーザ。

 

 

規制ありきで子どもを育てない

筆者が見学した石井教諭の授業では、小学6年生の児童たちが情報科の時間に電子書籍作成ツール「iBooksオーサー(iBooks Author)」を使って、修学旅行のしおり作成に取り組んだ。今秋に訪れる関西地方の史跡や名所について、見どころを調べてまとめ、ひとつの作品として仕上げるという内容だ。

授業冒頭で石井教諭は、前時の振り返りとしてiBooksオーサーの機能を説明し始めた。児童たちは、同教諭の手元の画面が前のホワイトボードと床のスクリーンに投影されると、好きな場所に座って話を聞いていた。その間、わずか5分ほど。石井教諭は「子どもたちが早く始めたがっているのをわかっているので説明を短くしました」と話す。代わりにiBooksオーサーの操作マニュアルをiTunes Uで共有し、わからないときはそれを見ながら自分で進められるように用意している。児童たちは保管庫からMacBookプロを取り出し、さっそく作業に取り掛かった。

その後、グループに分かれた児童たちは、調査を担当する史跡・名所を決めたり、フィールドワークのコースを話し合ったりした。その間、話し合いの要点をホワイトボードの机に書き出す者がいたり、iPadミニで調べる者がいたりと、自然に役割分担をしながら進めていく。もちろん、iBooksオーサーを使って編集作業も同時進行で行い、児童たちはわからない部分を互いに教え合ったり、調べた情報を共有したりするなど活発に取り組んでいた。

こうした姿を見ていて驚くのが、立教小学校では児童たちが自由にネットで検索しながら、調べ学習ができていることだ。なぜなら一般的な小学校では、フィルタリングの規制があまりに厳しく、調べ学習ができないことが多い。石井教諭に同校のセキュリティについて尋ねると、「本校では児童が使う端末には規制をかけていない」と返事が返ってきた。

  「学校のネットが自由だからといって、“何でもしていい”とはなりません。スマホのカメラだって、電車の中で使えるからといって自由に撮影できるわけではないのと同様です。学校で機能制限や規制を設けて、子どもたちが間違いを侵さなくてよかったと考えるのではなく、インターネットの使い方で何が悪いのか、学校では分別のある、判断力のある子どもを育てることに重きを置くべきだと考えています」

 

 

授業冒頭でiBooks Authorの説明を聞いている児童たち。床のじゅうたんを切り抜いて、天井のプロジェクタから映写された画面はとても見やすい。両サイドにはiMac Proが12台並び、4人に1台で使える環境が整備されている。

 

 

子どもは本物が好き

石井教諭のiPad活用の根底には、“iPadはiPadとして使う”からこそ面白いという考えがある。一般的に小学校ではタブレットを導入する際に、敢えて大人向けのものを“教育向け”にカスタマイズして利用することが多いが、石井教諭は汎用性の高いiPadに機能制限を設けて制限してしまうと、教育的価値も減ってしまうと判断した。

  「子どもたちは本物が好きです。子ども向けに作られた教育サービスや製品は多くありますが、それだと飽きてしまうことが多いような気がします。特に今の子どもたちは普段の生活でもITデバイスに親しんでいますから、学校のiPadにだけ規制をかけてしまうといずれ使いたがらない可能性も出てくると思います」

プログラミング教材も同様だ。プログラミング教育必修化の影響で子ども向けにカスタマイズされたサービスが多く登場する中、石井教諭はロボティックボール「スフィロ・スパーク(Sphero SPRK+)」や組み立てロボット「教育版レゴ・マインドストームEV3」など、大人目線で面白いと思えるものを揃えた。

  「“使ってみたい”と思えるデバイスがあるからこそモチベーションが上がり、新しい学びにつながることがあると考えています。アップル製品は遊びの要素が多くて、子どもたちはどんどん自分からやってみたいと思わせてくれるところが魅力ですね」と同教諭は語る。

一方で、同校ではプログラミング教育そのものについては、言語活動のひとつとして位置づけている。プログラミングは創造性や論理的思考力の育成など、さまざまな学習効果が期待されているが、石井教諭は自身の経験からも、プログラミングを行う際に必要な思考を身につけることが重要だと考えた。実際にプログラミングの授業を行うようになってから、児童が相手を意識し、質問の意図を汲み取ったり、状況を判断して、なぜ説明が必要なのかを推測できる姿が見られるようになったというのだ。

デジタルネイティブと呼ばれる今の子どもたちを本気にさせるためには、大人が面白いと思うものを与えるに尽きる。この環境で学んだ子どもたちが、この先も突っ走っていけるように。石井教諭の挑戦は続く。

 

 

iPad miniでiTunes Uを見たり、検索サイトで調べたりしながら、MacBook Proで編集する児童たち。話し合いのポイントはホワイトボードの机にメモ。立教小学校では、学校共有のMacBook Proを45台整備している。

 

 

児童たちが課題に取り組んでいる最中は、「Apple Remote Desktop」で作業を見守る。「成果物を仕上げることも大切だけど、子どもたちは作業の過程で失敗してほしい」と石井教諭。失敗をどのようにカバーするか。子どもたちにとって、より大きな学びになる部分を大事にしたいと話す。

 

石井輝義教諭のココがすごい!

□これまでの当たり前や常識に縛られずタブーに挑戦し、子どもたちがリラックスできる教室をデザインした
□やってはいけないことを規制するのではなく、子どもたちが判断し、考える場を与えることを重視している
□iPadは学習用ツールとしてではなく、一般的なiPadとしての活用を徹底している

 

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、 Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。