「アプリ×データベース」が実現する高血圧患者への予見医療|MacFan

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「アプリ×データベース」が実現する高血圧患者への予見医療

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

7000人分の患者のデータを持つ医師と、エンジニア企業が手を組み、作られたアプリがある。ともすれば医師の本分が置き去りにされがちな「医療×ビッグデータ」の領域において、何を目標にするべきか。技術偏重の時代に改めて考え直したい、「選択と集中」の基準とは−−−。

 

 

「見える化」で精度を上げる

「医療×ビッグデータ」がトレンドワードだ。一方で、現状では「たくさんのデータを集めれば、何かしら役に立つだろう」という、曖昧な議論も散見される。しかし、ビッグデータを取り扱ううえで、サンプルサイズよりも重要なことがある。

それは「どんなデータを、何のために集めるのか」。たとえば、ビッグデータにより、ある病気の患者全体の傾向をつかむことができても、個別の患者にフィードバックできなければ、「研究のための研究」という批判は免れ得ない。

株式会社エー・アンド・デイ(以下、A&D)が自治医科大学循環器科教授の苅尾七臣氏と共同開発するスマートフォンアプリ「A&D Connect Smart」は、一見、デジタル血圧計で測定したバイタルサインを、ブルートゥース通信で受信・記録する“だけ”のアプリだ。しかし、本アプリでデータを集めることは、さまざまな病気のリスクになる「高血圧」の研究だけでなく、患者一人一人の健康にもつながるという。A&Dの開発担当・野添由照氏、そして苅尾氏は、医療へのデータ活用でどんな未来を描くのか。

A&Dは、その社名が示すように「アナログとデジタルの変換」を得意とするエンジニアリングの企業だ。電圧計や電流計、電子天秤、自動車エンジンの解析装置などとともに、血圧計など生体計測機器の製造も事業の柱とする。

一方、苅尾氏は高血圧治療の専門家で、24時間血圧計で7000人の血圧を計測したデータベースを構築している。その24時間血圧計を開発したのが同社だ。付き合いは20年以上に渡り、苅尾氏はA&Dを「日本の“ものづくり”精神を受け継ぐエンジニアの会社」と評する。

「どれだけデータを集めても、その測定の精度が低くては意味がありません。その点、この会社は手を抜かない。おかげで、世界最大級のデータベースを構築、研究に活用できています」(苅尾氏)

同社は2015年2月から「A&D Connect Smart」を提供している。ブルートゥース通信ができる血圧計・体重計・体温計と併せて開発し、計測結果は自動でアプリに送信される。苅尾氏はこのメリットを医療の「見える化」だとする。

「医者がどれだけ“血圧が大事だ”と言っても、患者にはなかなか聞いてもらえません。だから、日々の血圧の変化を、患者にもわかりやすい形で示す必要がありました」(苅尾氏)

患者が血圧を手書きで記録する方法では、継続できなかったり、「医者に怒られたくない」「医者を喜ばせたい」ために、数値をごまかしたりすることもある。治療に差し障らないようにするためにも、正確な記録ができるアプリ連係は有効だ。

「メールやSMSにより、ご家族や医師の方に共有することもできます。今回のアップデートでは、さらにサマリー(要約)のプリントアウトが可能になりました。これは現場の声を聞いてきた営業担当の者の意見を反映したものです」(野添氏)

 

 

「A&D Connect Smart」を共同で開発する自治医科大学内科学講座循環器内科学部門の苅尾七臣氏(右)と株式会社エー・アンド・デイ第3設計開発本部の野添由照氏(左)。

 

 

より具体的なアドバイスが可能

このようなデータによって可能になるのは「予見医療」だ。血圧などのバイオマーカー(生体指標)を集めることで、従来は発症後に対応するのが主だった脳・心血管疾患を未然に回避できるようになる、というのが苅尾氏のビジョンだ。

「高血圧が原因となる病気の発症リスクというのは、一直線に上がるものではなく、いくつかの要因が積み重なって、あるとき一気に上がるもの、と私は考えています。そうであれば、その要因をあらかじめ分散させておくことで、病気を予防できるのです」(苅尾氏)

血圧を上昇させる要因というのは、たとえば加齢。さらに、夏よりも冬に上がりやすいなど季節による変動、仕事始めの月曜日に上がりやすいなど週内の変動、朝上がりやすいなど日内の変動もある。タバコを吸うと上がりやすい、などの環境要因も加わる。

「問題は、これらの要因による上げ幅がどれくらいになるのか、個人差も大きいということでした」と苅尾氏は振り返る。より個別の患者に即した傾向の分析が求められる中で、このアプリのアイデアが生まれた。

「将来的な目標は、より患者に即した分析によるアドバイスができること。今回は、まず手始めに、現状の日々の血圧の変化をユーザにわかりやすくした印刷レポートをアプリに追加しました」(野添氏)

ユーザがこのレポートを医師に見せることにより、医師と患者のコミュニケーションが深まり、より深い情報の共有ができると考えられる。たとえば「朝に血圧が上がりやすいので、寝る前にそれを下げる薬を飲んでおきましょう」などのアドバイスが可能になり、それらは病気の予防に直結することになる。

 

 

計測、計量、医療機器、健康器具の分野におけるさまざまな電子機器を製造・販売する株式会社エー・アンド・デイ。同社の体組成計「UC-411PBT-C」は、国内で初めてAppleからMFi認証を受けた医療機器である。【URL】https://www.aandd.co.jp

 

 

「目の前の患者の幸せ」を目標に

苅尾氏は医療におけるデータ活用について「目の前の患者の幸せが二の次になるような研究では意味がない」と警鐘を鳴らす。データがもてはやされる時代に、ともすれば「医師が患者を数字として捉えてしまう」という危機感からだ。

「もちろん、研究の対象は集団ですが、10万人いようと、あくまでも1人の患者×10万なのです。そのことを忘れてしまえば、それは患者の助けになるという医師の本分から外れた、自分の飯の種、名誉のための研究になるでしょう」(苅尾氏)

だからこそ、集めたデータを元にした予見医療の提供を目標にする。「なんとなく大事」「危険」ではなく、たとえば「血圧の値が10下がると、脳卒中と心不全のリスクが25%、心筋梗塞のリスクが20%下がる」と伝えられるように。

「専門家として大事なのは、リスクを定量化し、はっきりとした指標を示すこと。データがさらに集まることにより、より個別的に、目の前の“あなた”には何が大事なのか、何%危険なのか、と伝えることができる。そうでなければ、患者には届きません」(苅尾氏)

苅尾氏と野添氏は、将来的に、このようなデータをクラウド上に集めて分析し、医師ではなくアプリ自体が個別にアドバイスできるようにするのが目標であるとした。これには、2011年に発生した東日本大震災時の経験が影響している。

「当時、私たち自治医科大学もチームを組んで、被災地に入りました。そこで目の当たりにしたのは、医療設備も整わない中、未曾有の震災によるストレスで高血圧の状態にある患者の皆さんでした」(苅尾氏)

防げたかもしれない死を何度も経験したことが、ITに知見があった訳ではない苅尾氏の転機になった。医者の数が足りないなら、ITを活用すればいい。とはいえ、何をどうすればいいかもわからないため、A&Dに相談したという。

一方、野添氏は「“ものづくり”だけではダメ」と強調する。「作ったデバイスをどう世の中の役に立てるかは、それを活用する人次第。我々のようなメーカーにとっては、“誰と組むか”も非常に大切なのです」と野添氏は語る。

「テクノロジーを扱うのは人である」とはよく言われる。扱う人次第で、社会に利益をもたらさないばかりか、損害を与える可能性すらある。その最たる例が医療分野だ。そんな中、A&Dと苅尾氏の試みには一層期待が集まるだろう。

しかし、この試みは現在、ビッグデータ分析を担うパートナーを探している段階であり、まだ道半ばといえる。だが、医師不足などの問題が噴出する今、少なくとも冒頭で言及したような、曖昧な議論に終始している場合でない。

あらためて必要なのは「選択と集中」。A&Dと苅尾氏の関係のように、その基準の1つが「人」である。技術偏重になりがちなこの時代だからこそ、何を重視するのか。「A&D Connect Smart」は、それをもう一度考え直すきっかけになる事例だ。

 

 

A&D Connect Smart

【開発】A&D Company, Limited
【価格】無料
【場所】Mac App Store>ヘルスケア/フィットネス

 

 

「A&D Connect Smart」は、血圧、体重、体温などのバイタルサインをBluetoothでiPhoneなどのスマートフォンに簡単に記録できるアプリ。本アプリに対応する機器のボタン1つでペアリングでき、計測データは自動的にスマホ側に受信される。iOSの「HealthKit」やMicrosoftの「HealthVault」に計測データを共有できるのもポイントだ。

 

 

計測データをメールやSNSで送信できるほか、最新バージョンでは紙のプリントアウトに対応。手書きで記録する必要はなく、医師への報告も簡単且つ正確に行える。

 

 

A&D Connect Smartのココがすごい!

□計測した血圧や体重、体温などをアプリ上で一括管理できる。
□アプリ上のデータをメールやSNSで医師に送信できる。また、紙でのプリントアウトにも対応。
□具体的な治療につながるデータの「見える化」に成功している。