嘘を本当にするために|MacFan

アラカルト Tales of Bitten Apple

嘘を本当にするために

文●藤井太洋

第46回星雲賞日本長編部門を受賞したSF作家、藤井太洋氏のApple小説です。

イラスト/灯夢(デジタルノイズ)

 

工場主のサイトウが電卓を叩くと、電子ボイスが「〇・五レアル」と読み上げた。日本円だと十六円。提案額の倍だ。

「高すぎる」と答えると、サイトウは首に両手をかけて舌をべろんと出した。

「ジャンボさん、これ以上安いと、わたしが首吊ることになるよ」

おれはビールケースに厚ベニヤを載せた簡単なテーブルから、複雑なパターンが型抜きされた薄い銅板をつまみ上げた。携帯電話の電波感度をあげるという名目のアンテナシールだ。もちろんそんな効果はない。飾りだ。

おれがこのアンテナシールを知ったのは、ここブラジルのジュンディアイにあるiPhone組み立て工場前で、「iWork」と書かれたプラカードを手に「働きたいの!」とシュプレヒコールをあげる女性工員たちの映像だった。同名のApple製品を知らない彼女たちはSNSで笑われていたが、おれが目をつけたのは彼女たちの手にしていたiPhone 5cだった。

いや、背面に貼りつけられたシールだ。内部構造を反映したかのような網目模様は、廉価版のiPhoneを高級時計のシースルーのように見せていた。

「かっこいいシールじゃないか。たくさん売ってやるよ。だから一枚あたり〇・二五レアルだ」

さあて、と言いながら宙を睨もうとしたサイトウが通りに声をあげた。

「ラウラ! もう終わったのか」

振り返るとストライキのプラカードを肩に担いだ女性が黒いスーツ姿の男性を従えて歩いてくるところだった。ラウラと呼ばれた女性は肩をすくめた。

「社長のメッセージを聞いて今日は解散。工場のアメリカ移転はないって」

「信用できるもんかね。大統領が海外工場を閉めさせるって息巻いてるじゃないか。そっちはお客さんかい?」

「カリフォルニアから来ました。工場の件ですが、彼がそう言ったなら閉鎖はありません」

黒服の男は名刺を出してジョン・スミスと名乗り、その響きに自分で笑った。偽名なのだ。

「ジャンボさんの噂は伺っていますよ」

「ロクな話じゃないだろう。あなたもシールが目当てかい?」

頷いたスミスはラウラに言った。

「ラウラさんの5cに、アンテナシールは貼ってありますか?」

「ええ」ラウラが怪訝な顔でライムイエローのiPhoneを取り出すと、スミスは素早く取りあげてSIMを抜いた。

「何するのよ!」

スミスは取り返そうと伸ばしたラウラにSIMを押しつけた。

「あとで7を差し上げます」

スミスはiPhoneの画面を数度タップしてから、工場前の道路に放り投げた。ライムグリーンのケースが一回転してコンクリートに角から当たり、ガラスにヒビを入れてから地面に転がる。

「ちょっとお。吸い出してない写真があるのよ─」と道路へ向かったラウラの手首を、おれは?んだ。

「待て、近寄るな」

基盤とケースが焼ける刺激臭が立ちのぼる。おれはラウラを引き寄せて道路に背中を向けた。瞬間、バン、という音と共に飛び散ったポリカーボネートの破片が背中にあたる。

燃えるiPhoneを確かめようと振り返ったおれの肩をスミスが叩いた。

「ジャンボさん、調査を助けていただけませんか?」

ひいっ、と遅れた悲鳴が背後で上がった。腰を抜かしたサイトウの声だった。




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