磨け、磨け、磨け!|MacFan

アラカルト Tales of Bitten Apple

磨け、磨け、磨け!

文●藤井太洋

第46回星雲賞日本長編部門を受賞したSF作家、藤井太洋氏のApple小説です。

イラスト/灯夢(デジタルノイズ)

 

地下鉄銀座駅、松屋口の狭い階段から地上へ出たおれは、習慣になっていた動きで通りの向かいに顔を向けて、欠けたリンゴを見上げた。八年前まで4Fのジーニアスバーがおれの勤務先だった。

Apple GINZAだ。

一階の自動ドアが開いて、細身の男性と、ワインレッドのワンピースを着た女性が現れた。男性は先輩ジーニアスの常木昌三(つねきしょうぞう)。銀縁の眼鏡は変わっていないが、記憶よりも髪が薄くなり、背中が丸まっている。女性は彼がメールで書いていた顧客だろう。

常木は上を指さした。三階のフォーラムに行こうと言っているのだ。暗がりで隣り合って座れば打ち合わせにはなる。Wi─Fiも速く、平日の昼間ならば確実に座れる。だが、おれは首を振ってGINZAに背を向けて築地方面へ歩いた。

ゆっくりと歩いていると、スニーカーとハイヒールの足音が近づいてきた。

「ひどいなあ、蜂谷くん。お客様を歩かせるなんて」

「ひどいのはどっちですか」おれは振り返った。「僕がGINZAに入れなくなったのは常木さんのせいでしょう」

「悪かった」

常木は頭をぺこりと下げた。彼がやらかした新製品のリークを押しつけられて、おれは職を失ったのだ。

「ここにしましょう」

おれは古びた喫茶店を指さした。




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