2016.12.27
第46回星雲賞日本長編部門を受賞したSF作家、藤井太洋氏のApple小説です。
イラスト/灯夢(デジタルノイズ)
地下鉄銀座駅、松屋口の狭い階段から地上へ出たおれは、習慣になっていた動きで通りの向かいに顔を向けて、欠けたリンゴを見上げた。八年前まで4Fのジーニアスバーがおれの勤務先だった。
Apple GINZAだ。
一階の自動ドアが開いて、細身の男性と、ワインレッドのワンピースを着た女性が現れた。男性は先輩ジーニアスの常木昌三(つねきしょうぞう)。銀縁の眼鏡は変わっていないが、記憶よりも髪が薄くなり、背中が丸まっている。女性は彼がメールで書いていた顧客だろう。
常木は上を指さした。三階のフォーラムに行こうと言っているのだ。暗がりで隣り合って座れば打ち合わせにはなる。Wi─Fiも速く、平日の昼間ならば確実に座れる。だが、おれは首を振ってGINZAに背を向けて築地方面へ歩いた。
ゆっくりと歩いていると、スニーカーとハイヒールの足音が近づいてきた。
「ひどいなあ、蜂谷くん。お客様を歩かせるなんて」
「ひどいのはどっちですか」おれは振り返った。「僕がGINZAに入れなくなったのは常木さんのせいでしょう」
「悪かった」
常木は頭をぺこりと下げた。彼がやらかした新製品のリークを押しつけられて、おれは職を失ったのだ。
「ここにしましょう」
おれは古びた喫茶店を指さした。