幻のジム|MacFan

文●藤井太洋

第46回星雲賞日本長編部門を受賞したSF作家、藤井太洋氏のApple小説です。

イラスト/灯夢(デジタルノイズ)

 

真っ赤な内装のカフェのテーブルに、サンキスト農場のロゴが印刷されたプラスチック製の収穫ケースが載っていた。中は細く仕切られて通し番号が書かれ、様々な世代のiPhoneがびっしりと並んでいる。

縦に五十枚、横に三枚。それが三段入っているから、都合四百五十枚のiPhoneが入っている。拙い英語でそう説明してくれたのは、ケースを持ち込んだ華人の老婆、タニア・リイだ。

「三百ドルでどうだい。ハチヤさん」

答えずにいると、友人のダイクが肩に手をかけてきた。

「婆さん、五十年も古物商やってるベテランだ。品物は確かだよ」

「見りゃわかるよ」

ジャンクだ。

収納の細かさはたいしたものだが、バンコクの湿気はアルミの外装を錆び付かせている。どうせほとんど盗品だろう。おれの興味はロックされていない端末の数だけだ。五枚もあれば元は取れる。

タニアは茶を啜って言った。

「他に売りに行ってもいいんだよ」

「いいよ。十ドルで売れるといいな」

元ジーニアスがレストアしなければ、錆びたアルミ屑(くず)だ。

「なんだいその言い方は」タニアは通りを指さした。「日本人(リーベンレン)なら、あんなふうに礼儀正しくするもんじゃない」

確かに、一目でそれとわかる日本人の旅行者がいた。鍔広の帽子を被った男は日陰に立ってぴんと背を伸ばし、旧型のiPhoneを通りに向けていた。

「お、トレーナーさんだ」




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