iPadとロボットボールで作る新たな学び|MacFan

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iPadとロボットボールで作る新たな学び

文●大谷和利

児童全員が1人1台ずつiPadを手にしたら、どんな教育が可能になるのか? そんな試みを市立小学校3校を対象に実践している茨城県古河市が、公開授業を行った。プログラミングと球形ロボットを軸に展開された、これからの学びをレポートする。

実は学校向きのセルラーiPad

古河市は、2015年9月から市内に32校ある市立小・中学校に、iPadエア2のセルラーモデルを導入したことで知られる。中でも、重点整備校である3つの小学校には児童1人1台の環境が整えられ、そのほかの20校の小学校では1クラス分にあたる40台ずつが納品された。

この大胆ともいえる施策を推進したキーパーソンが、同市教育員会の教育部で参事兼指導部長という立場にある平井聡一郎氏だ。

これまで、iPadの教育機関への導入は、初期費用だけで月額課金のないWi-Fiモデルが常識だった。しかし、平井氏は、個人向けに用意されている端末代金の相殺プランが、なぜ法人向けにはないのか?という疑問を抱き、3キャリアに掛け合った結果、3社ともに提案を受け入れてもらえたのである。

最終的には、現状の通信カバーエリア状況や今後の通信品質向上に向けた取り組みなどを高く評価されたNTTドコモからiPadおよびモバイル回線の提供を受けることになった。

こうしたセルラーモデルの導入には、一般的にその通信コストが大きな課題と考えられるが、古河市では数億円と試算されたWi-Fiインフラの整備費用が不要であることや通信品質の確保・維持をキャリアに一任できるという点、またWi-Fi環境の有無に依存することなく学びの環境を提供できる点が決断の大きなポイントとなった。また、付加価値として周辺地域のLTEカバー率は向上し、住民の暮らしにも大いに役立つことが期待される。導入後数カ月が経過しているが、通信回線トラブルは一度も発生していない。

ちなみに、教室内でiPadの画面をデジタルテレビやプロジェクタに映し出す際には、アップルTVが用いられている。第3世代の後期モデルからエアプレイ(AirPlay)機能がWi-Fiベースステーションなしにピア・ツー・ピアで利用できるようになったことも、セルラーモデル導入の決定を後押しした要因の1つだった。

 

 

古河市教育委員会で教育部の参事兼指導部長を務める平井聡一郎氏。全市立小・中学校へのiPadセルラーモデルの導入や、スフィロSPRKエディションとアプリを用いた授業計画を推進されたキーパーソンである。iPadの保護ケースは古河市オリジナルカラーだ。

 

 

授業の合間にiPadを収納する充電ラックにも平井氏の大きなこだわりがある。多くの充電ラックは観音開きで、正面に児童が集中して混乱しがちだが、これは手前と奥の両面から片列ずつアクセス可能な構造になっており、限られた時間でスムースに出し入れできる。

 

 

プログラミングは基本スキル

今回の公開授業が行われた大和田小学校は重点整備校に指定されており、1クラスあたり十数人の児童で構成される小規模校だが、そのことがかえって1人1台の環境を整えるうえではプラスに働いた面もある。児童の学力レベルも高く、挨拶もはきはきしていて気持ちよい。

プログラミング教育といえば、従来は技術家庭科の一部として「プログラミング[を]学ぶ」ようなイメージで扱われていた。だが、世界的な潮流は、それを単なる知識ではなく学習者の基本スキルの1つととらえて、他の教科の中に組み込んでいく方向にある。

いわゆる、STEM(ステム)/STEAM(スティーム)教育の一環として、Science(科学)、Technology(技術)、Engeneering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)の各分野を融合する中で、プログラミングが強力な学習ツールとして機能するのだ。

その意味で、古河市教育委員会では「プログラミング[で]学ぶ」というスタンスを採っており、しかも、小学校と中学校を合わせた9年間のカリキュラムの中で継続的に能力を伸ばしていくことを重視している。ただし、小学生ではテキストベースのコーディングを習得することは難しいとの判断もあり、コマンドブロックを組み合わせるグラフィカルなプログラミング環境が採用された。今回取材した、1、4、5学年の公開授業も、こうした方針に基づく構成であった。

たとえば、1年生は「コーダブル・クラフト(Codeable Crafts)」というアプリを利用して、クリスマスや年賀状をテーマとするデジタルのグリーティングカードを作るという内容で、いわば図工的な授業の中に生活感を盛り込んだプログラミングが採り入れられている。

カードは、プリセットされた鳥などのキャラクターのテンプレートに色を塗って付属品をつけたのち、動きをコマンドブロックの並びによって決め、声を録音したり吹き出しにメッセージを書き込んで完成となる。簡素化されているものの、これは立派なオーサリングといえる。

4年生の授業は、算数をプログラミングと組み合わせ、自分で考えた文章問題をアニメーションを使って表現し、互いに出題し合うという、さらにユニークなものだ。利用するアプリは、ブロックベースのプログラミング環境として定番的な「スクラッチ(Scratch)」のモバイル版でより子ども向けにアレンジされた「スクラッチJr(ScratchJr)」である。

どちらの授業も、流れの説明やプログラミングの進め方を含めて、自然にアルゴリズム的な考え方が身につくように工夫されており、児童たちも紙とiPadの双方を違和感なく使いこなしている印象を受けた。

 

 

1年生の授業は、ブロックベースのコーディングでアニメーション付きのストーリーを作れるコーダブル・クラフトアプリによる、グリーティングカードの制作。テンプレートを利用したキャラクターの設定から発表までを、3時間構成でこなしていく。

 

 

4年生の授業は、子どもでも簡単にプログラムできるスクラッチをさらに易しくしたスクラッチJrアプリを使い、自分で考えた算数の文章問題をアニメーションで表現するというユニークなもの。数年前には考えられなかった学びが、iPadによって実現している。

 

 

スフィロもいち早く導入

5年生には、来春に最上級生となることから、新入学の1年生を歓迎するためのアトラクションを用意するというテーマが与えられ、本誌でも以前に採り上げた球形ロボット「スフィロ(Sphero SPRKエディション)」を体育館に持ち込んでのダイナミックな授業となった。スフィロの採用は、時間が限られたITCの現場ではシンプルな道具ほど効率が良いとの考えに基づくものだ。

正方形のエリアを校内に見立て、3つの角を通るコースを想定してスフィロをプログラムする。目的は、スフィロを道案内役として新6年生が1年生を連れてコース上を歩き、それぞれの角で大和田小学校の魅力ベスト3を説明することだ。

教育利用を念頭に開発されたSPRKアプリを使い、走行や方向転換の合間に、たとえばカラーチェンジや小刻みのジャンプなど、2人1組のチームで考えた「アピールする動き」を加えて変化を付けるのだが、最初はコースアウトや移動距離の不足などで、思った走りにはならない。しかし、速度×時間=距離の知識から、パワー(速度)とモーターオンの時間のパラメーターを変えたり、方向転換の前にしっかりスフィロを停止させるなどの工夫によって、徐々に狙った動きを実現できるようになっていく。このように、プログラミングの成果が目に見える成功体験となって認識できることで、児童たちは次々に新しい挑戦をしたくなるのだ。また、授業を参観したゲストの意見に耳を傾け、より良い説明や全体の流れの改善にも熱心に取り組む姿勢が見られた。

平井氏は、こうした新しい学びへの道筋をつける調整役として各校を回っており、中学校ではIoTも視野に入れて「ラズベリーパイ(Raspberry Pi)」を使った授業も計画するなど、今後の日本のイノベーションにつながる学習環境の整備に尽力される予定である。

 

 

自分で作ったキャラクターを楽しげに見せ合い、動かしながら特徴を説明する1年生たち。各自が、自分の名前が入ったiPadを他の文房具と同じように器用に操っている。

 

 

スフィロSPRKエディションを採り入れた5年生の授業は、来年度の新入生を在校生が歓迎するときに、大和田小の魅力を紹介するアトラクションを作るという内容。学校に見立てたエリア内の3点を通り、途中にアピールする動きを盛り込んだプログラミングを行う。

 

 

プログラムのテーマや特徴、3点を通過する順番、コースの見取り図などを含む「仕様書」を作成し、付箋に書き出した動きのコマンドを貼って並べることでアルゴリズムを決定。それをそのままiPad上のSPRKアプリで再現していく進め方は、とてもわかりやすい。

 

 

ビデオ撮影の動画から再構成した、あるチームのスフィロSPRKエディションの軌跡。プログラミング結果が目の前のスフィロですぐに確認でき、モータのパワーや回転秒数のパラメーター調整にフィードバックしていけるので思い通りの動きを作りやすい。

 

 

授業の成果として、ゲストを新入生に見立てて各チームがプログラムで動くスフィロを先頭に個々のコースを案内する時間が設けられた。1人がロイロ・ノートのプレゼン画面を動かし、もう1人が注意事項などが書かれた「やくそく」の読み上げを担当した。

 

 

一方で、すべての授業に共通しているのは、すべてを電子機器に頼るのではなく、最初に紙と鉛筆を使って問題やストーリー構成を考えさせるところである。あえてiPadを伏せた状態で行うこの作業が、実際にはアルゴリズムを考えることにつながっている。

 

 

【統計】
SPRKベースのカリキュラムに興味を持つ学校は、ここ数ヵ月で急速に増えており、原稿執筆の時点で世界1万5000校が採用。5000人の教師が、10万人の児童を対象に授業を行っているとの統計情報が発表されている。日本でも今後、採用校が増えそうだ。

 

【取扱】
スフィロSPRKエディションは個人でも購入できるが、現時点で日本ではアップルストア(実店舗、オンラインショップ共)のみでの扱いとなっている。教育機関が大量に導入する場合には、http://www.sphero.jp/company/contact/ を参照されたい。