40人のクラスでも1対1の授業に近づける果敢なチャレンジ|MacFan

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40人のクラスでも1対1の授業に近づける果敢なチャレンジ

文●牧野武文

神奈川県にある鎌倉学園の1人の教員が、実に面白い試みを始めている。クラス一斉授業でも、ブレンド型学習を実践するなどして1対1の授業に近づける方法を模索しているのだ。この結果、周りの教員も積極的にiPadを活用し出すなど、鎌倉学園での学びが変わりつつある。

大量導入の負担を大幅軽減

メディアでは、教育現場においてタブレット普及が進んでいるという報道が頻繁に流されているが、そのほとんどが「○○でタブレットを○○台大量導入」というものだ。しかし、導入しただけで活用されないのではまったく意味がない。事実、導入でつまづいてしまって、計画が思うように進まないという事例も起きている。

その最大の壁が導入作業、いわゆるキッティングだ。iPadも箱を開けてすぐに使えるわけではなく、アップルIDを取得し、ログインし、セキュリティ対策やアプリ管理等を行うためのMDM(Mobile Device Management)を導入する必要がある。この作業を学校側(教員)が行うのは負担が大きい。

このような導入の問題を、アップルのDEP(Device Enrollment Program)を利用し、スムースに解決したのが神奈川県の鎌倉学園中学校・高等学校だ。

2014年2学期に生徒用の共有端末としてiPadミニ2を50台導入したときはキッティング作業を有償で代理店に依頼し、その後は有志の教員がiPad用カート(48台用)を用いてiPadとMacを接続し、「アップルコンフィギュレータ(Apple Configurator)」で設定した。端末へのアプリ導入、監視などの設定をすると1回の作業に数時間かかった。

そこで、3学期末に全教職員用のiPadエア80台を追加導入する際は、DEPに対応したMDM「モビコネクト」(MobiConnect for Education)を利用。これにより、キッティング作業は大幅に軽減された。代理店に依頼する必要はなくなり、箱を開けてから5分から10分程度の作業でMDMの監視下に置くことができた。「今回はカートも使わずに、先生を集めて、先生に箱を開けてもらってキッティング作業をしてもらいました」(小林勇輔教諭)。DEPを使う方法であれば、アップルIDの設定やWi—Fiなどの課題は残るものの、生徒用に一斉配布するiPadを各生徒にキッティングしてもらうことも可能になりそうだ。

 

 

神奈川県鎌倉市にある鎌倉学園中学校・高等学校( http://www.kamagaku.ac.jp)。広大な建長寺の境内に隣接して建ち、静寂な環境の中で学べる。

 

 

DEPが使えなかった時代はアップルコンフィギュレータをインストールしたMacにiPadをUSB接続して、1台1台設定しなければならなかった。DEPに対応したモビコネクト(http://www.mobi-connect.net/mce/)を利用すれば、iPadを購入したときの注文番号またはシリアル番号を入力するだけで、すべてのiPadをMDM監視下に置くことができる。写真は実際に先生方にキッティングしてもらったときの様子。箱を開けて電源を入れ、アプリインストールのためのアップルIDを入力するだけでいい。

 

 

授業で習うことは生徒それぞれ

しかし、スムースに導入されだけで、教員がiPadを授業で利用するようになるわけではない。そこで授業スタイルそのものを変えることに挑戦しているのが小林教諭だ。小林教諭は従来の一斉授業スタイルに大きな課題を感じており、iPadだけでなく、生徒のほとんど全員が持っているスマートフォン、自宅のインターネット環境を利用したブレンド型学習を実践している。

ブレンド型学習とは、「eラーニングと通常授業のブレンド」などさまざまな定義があるが、重要なのは「生徒のペースで授業進度を決められる」という点だ。小林教諭は、数回分の授業内容のプリントとそれを解説した動画をあらかじめ作成し、生徒たちと共有する。生徒はスマートフォン、iPadなどを使って、そのプリントと動画をいつでも好きなときに見ることができる。このような教材を使って、授業前に予習しておくことが原則で、授業はそれを応用した課題に挑むことになる。「でも、クラブ活動などで忙しく、予習教材を見てこれない生徒もいます。そういう生徒は授業中に教材を見ることから始めます」。

授業内で行う作業は生徒それぞれ、学んでいる単元も異なる。「だいたい2、3単元分にばらけて学習しています」。こうした各生徒で異なる進捗状況をまとめているのが評価シートだ。生徒全員が自分がどこまで進んで、どこでつまづいているかということをiPadで指でなぞって簡単に図示できるシートを作り、これをロイロノートを使って、教室のプロジェクタに表示する。小林教諭は全員分の評価シートを見ながら各自の進度状況を把握し、多くの生徒がどこでつまづいているかを把握する。

 

 

ICT担当として活躍する小林勇輔教諭(科目は物理)。「これまでの授業では理解の定着を生徒に丸投げしていた」と語る。定着に寄り添うことが教員の仕事だと自覚している。

 

 

 

小林教諭は事前に数回分の授業内容のプリントと動画を生徒に配布する。これを用いて生徒は自分のペースで学習することができる。授業では生徒の進捗状況が異なるが、多くの生徒がつまづいていると感じた部分は、ホワイトボードの前でワンポイントセミナー方式の少人数講義を行う。

 

 

 

生徒は自分の作業の進み具合、感想などをiPadのロイロノートを使って書き込むと、その全員分の内容がプロジェクタにも表示される。教員はこの一覧を見ながら、作業の進行具合を把握する。授業が終わったあとでも、わからない部分を小林教諭に聞いている生徒の姿が印象的だった。

 

 

1対1の授業が理想

授業中、小林教諭は生徒の間を巡回し、作業を見て個々にアドバイスを与えているが、多くの生徒が同じところでつまづいていると感じたときは、ホワイトボードの前で講義(というよりワンポイントセミナーに近い)を行う。このとき「○○についてもう一度解説するよ!」とクラス全員に声をかけるので、聞きたい生徒はホワイトボードの前に集まってくる。必要がない生徒は、そのまま自分の作業を続けるという具合だ。

このようなブレンド型学習の方法を取り入れると、教員はクラス全員に一斉に目配りをする必要がなくなる。そのときそのときで、つまづいている生徒だけに集中すればよくなったのだ。「私は教員としての能力がさほど高いほうではないので、全員に目配りをしなければならない一斉授業は、自分の能力を超えていると感じていました。一斉授業だと、進度についてこれない生徒はどうしてもぼんやりし、場合によっては寝てしまう生徒が出てきます。しかし、全員が自分のペースで学ぶことのできる今の授業スタイルだと、生徒たちがよく集中してくれます」。ワンポイントセミナーは、聞きたい生徒だけ聞くため、10人程度になることが多い。少人数であるため、生徒たちもよく質問をする。一方的な講義ではなく、生徒たちとの対話が多い。「自ら学ぶことのできる生徒たちはある程度1つのグループにしています。彼らはほとんど手がかからない。わからないことがあっても、生徒同士で教え合って解決してくれますから。今後はこの生徒たちを教師役にして各グループに配置し、学び合わせたいと思います」。

しかし、小林教諭のブレンド型学習は完成しているわけではない。まだ課題は多く、試行錯誤を続けている段階だ。「授業は1対1でやるのが理想。でも、一斉授業は1対40だった。それを40人のクラスで、1対1に近づける方法を模索しています」。

この小林教諭の姿を見て、ほかの教師も次第にiPadを授業で活用し始めているそうだ。注目すべきは、「デジタル機器が苦手」という教員も積極的に活用を考え始めている点だ。「最先端のデジタルツールを入れて授業スタイルを変革する」といわれると重荷に感じる。しかし、授業で生徒の理解度が進んでいるという効果を見せられれば、プロであれば活用することを考え始める。教員たちにとって重要なのは「最先端ツール」ということではなく「生徒の理解度向上」なのだ。鎌倉学園のiPad導入は、まだ始まったばかりだが、着実に授業を変え始めている。

 

 

「デジタル機器は苦手」という英語の伊是名希教諭も、積極的にiPadを活用し始めている。単語カードをiPad化しただけというシンプルな利用法だが、効果は抜群。使用前の単語テストでは平均点が63点だったものが、iPad使用後は80点以上に伸びたのだ。生徒が自作した写真を利用するなど演出面も考えることで、生徒がよく集中し、記憶に残るようになったという。

 

【SNS】
生徒たちのスマホ利用率は95%を超える。小林教諭は「エドニティ」(http://www.ednity.com)も利用している。これは教師と生徒限定のSNSで、連絡事項、質問などもSNSでやりとりできる。

 

【動画】
小林教諭によると、生徒用に作成する教材動画は長くても5分程度に収めるようにしているそうだ。これは生徒が手持ちのスマートデバイスなどで、いつでも、何度でも見られるようにするためだ。