教育・医療・Biz iOS導入事例

「教育の進歩の分母は技術の進歩」という思想

文●山脇智志

ザ・ブルーハーツに魂を揺さぶられロックスターを夢見た少年は成長を遂げ、iPadを使った新しいカタチの学習塾を起ち上げた。その既成概念にとらわれない自由な発想は、それもまた「Rock」であった。

Rock or 起業

「中学校3年生から高校1年生の頃にずっと考えていたんです。将来はロックンローラーか、起業家のどちらかになりたいって。だって人生に終わりが来ることはわかってしまっている以上、自分の未来はある意味見えてしまっているわけじゃないですか。だから『Rock or 起業』という選択肢だったんです」

これはもちろん、ミュージシャンへのインタビューではない。進学塾メイツを運営する株式会社メイツ代表取締役の遠藤尚範氏は、学習塾を通じた教育事業での起業理由を尋ねるとこう答えてくれた。都内屈指の進学校へ進んでも情熱をたぎらせた遠藤少年は、一浪して早稲田大学理工学部へと進む。大学生になりバンドを組んでギターを始め、起業家への夢もますますリアルなものへとなっていった。しかし、 「入学して初めて気づいたんですよね。理工学部ってところがとんでもなく忙しい学部だってことに」。

現実と理想との間で逡巡した結果、遠藤氏は思い切った決断をする。入学後3カ月で自主退学を選び、翌年の入試で早稲田大学商学部を受験して見事入学。商学部を選んだのは「一度潜って授業を受けたときにとても刺激的だったから」。文系学部の学生として起業への準備を進めることになったが、もはや宿命のごとく遠藤氏に同じ問題が降りかかる。起業と大学生活、どちらも本気で取り組もうとすれば両立は難しい。遠藤氏は、休学という道を選ぶことにした。

「実は理工学部を辞めて、商学部に再入学するときに両親に土下座して許しを乞うたんです。どうしても起業家になりたいから、と。そのときの条件は『きちんと卒業すること』だったんですが、やはり商学部に入ってみても起業のほうで時間を取られてしまう。再度、土下座をして休学させてもらうことにしました。でも結果、そんな立ち位置にいることが我慢できなくなって、また自主退学をしました。今度は退路を断つという思いで」

現在、25歳の遠藤氏。波乱に富んだ20歳前半の頃の話である。

 

 

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株式会社メイツ代表取締役の遠藤尚範氏。都立高校から東大模試数学全国上位、早大模試数学全国1位という輝かしい成績を残し、早稲田大学先進理工学部応用化学科に入学するが、起業のため自主退学。その後、再び同大学に入学し自主退学するも、経営の勉強をしながら進学塾を起ち上げた。

 

 

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東京・高田馬場、渋谷、石神井公園に教室を構える進学塾メイツ(http://mates-sch.com)。個別指導塾全体で蔓延っている問題に疑問を呈し、生徒一人一人に最適化する本来の意味での個別指導を行う。

 

手段としてのiPad

メイツは2010年に遠藤氏と、現役の早稲田大学1年生の数名で設立された。受験を終えたばかりの彼らは、その受験メソッドや知恵を活かそうと集団授業体の塾をスタートさせたのだ。しかし、いざ教える側に回ってみると、生徒ごとの持つ能力や知識が違うことから限界を感じる。集団授業から個別指導に切り替え、大学受験から中高生向けへと内容も切り変えた。それ以降、徐々に成果が出始めたのだが、人に依存してしまうティーチングスタイルでは、講師に対して教育方法や指導法などのやり方を伝え、しっかりと育成しなければビジネスを拡大することは難しかった。

そんなときに目にしたのが、国が2020年までに一人1台のタブレット端末を学校で生徒に配付するというニュースだった。タブレットを使った教育に可能性を感じ取った遠藤氏は情報収集を始め、実証実験授業などの場に参加しながら、その可能性を「確信」へと変えていった。

しかし、さまざまな実証で用いられていた方法やツールは自分たちの個別学習授業にそのまま採用するのは難しかったという。そこで自分たちでツールを構築することを決意し、まずはエンジニアの育成から開始。たとえばアプリエンジニアは公務員試験を勉強中の中学時代の友人を見つけ、彼にMacとオブジェクティブCの教科書を一緒に買って与えるところからスタートした。ただし、それは決してテクノロジーありきでの戦略ではなかったと語る。

「タブレットありき、技術ありき、ではないんです。もともと自分たちが求める理想を実現するためにいろいろ調べて試して実行してきた中で、手段としてiPadが有効そうだなと思ったから使うことにしただけです。目的は良い指導をすること。そのために今後も新しい技術や端末があれば、使っていきたいと思っています」。

現在、塾は東京・高田馬場、渋谷、石神井公園にあり、計100台のiPadが設置されている。塾全体での生徒は200名、iPadを使った個別学習コースには100名が在籍する。アンケートを通した保護者からの評判も良く、結果をきちんと出していることへの信頼を塾と保護者の間で構築できている。

実際にメイツの教室を見渡すと、卓上にiPadミニがアームによって固定されている。生徒たちは教室にやってきて着座すると、iPadを起動してアプリを起ち上げログイン、本日やるべきコースを黙々とこなしていく。アプリにログインすると同時に保護者に向けてメールが飛ぶ仕掛けがある。これにより、子どもがちゃんと塾に来ていること、そして学び始めたことの両方を保護者は知ることができる。また、塾に「いる時間」「学習をした期間」などもデータとして保護者に提供している。それらのデータは生徒自身や講師の指導にも役立てられる。

メイツでの学習は基本的に生徒たちが自分で進めていき、講師は後ろから生徒の学習状況やiPadの画面を俯瞰し、困っていたり、質問を求める生徒への指導を行う。

同じ問題を繰り返し、間違わなくなるまでやり通すのだが、やはり同じ問題を何度も解くのでは生徒たちのモチベーションは下がる。そのためにアプリにはゲーミフィケーションを採用している。たとえば出題のパターンが1巡目と2巡目で順番が入れ替わったり、苦手な問題や領域などが数値やパーセントで表示される。ほかの生徒たちを含めた全体正答率を表示することで、その数値を見ながら「これは落としちゃいけないものだ」と自ら認識していくようになる。

「英語ばかり勉強している生徒がいた場合、じゃあ今度は数学をやろうと生徒に提案したり促したりすることがデータを基に行うことができます。今までだと講師の肌感覚だったものが、データによって可視化されることで明確になるわけです。講師の質に依存するのではなく、メソッドとそれを裏打ちするデータにより、高い次元での教育を実現できます。技術の進歩と寄り添って前に向かうのが私たちの教育です。教育の進歩の分母は技術の進歩だと信じていますから」

能力&知恵×情熱

遠藤氏は、決してメイツの教育がいわゆる上位校などに進学する生徒のためだけのものではないと語る。家庭環境、社会環境をタブレットが変えられる可能性を信じている。

「教育とは社会全体の底上げ作業です。これまでの教育では、その利益を享受できるのは残念ながら一部の子どもに偏ってしまっていました。あえて踏み込んでいえば『子どもへ責任を持つのは誰なのか?』。自分自身の指導経験からいえば、学校だけではなく家庭にその要因が大きいと思います。タブレットが配布され、家庭にも持ち込まれるとそこでの教育格差は減少するはずです。一人一人の生徒を指導していて、わからないところをきちんと教えてあげることで自分で勉強するようになる。その子の歴史を巻き戻して、ちゃんとわからなかったときにそれを教えてやりたいと思うことがあります」

自分たちの「能力」と「知恵」を若き「情熱」だけで駆動させていた教育事業は、iPadと出会ったことにより、日本国内では類を見ないほどテクノロジーに立脚した新たな教育へと進化した。遠藤氏はこう語る。

「自分はまだ講師として生徒への指導を行っています。でも自分たちの作るシステムに自分の指導が負けたら引退しようと思っています。今はまだそれは個別指導の補助ツールでしかありません。しかし、その立場が逆転したとき、つまり先生は補助的になったと思ったときが先生を引退するときです」

テクノロジーを自己の教育の思想と重ねるほどに「信頼」する姿は、まさに人生の選択肢を2つに決めた若き日々と同じだ。

「中3のときに松下幸之助の本を読んで、そしてザ・ブルーハーツの音楽を聞いたときに『この人たちは最高に自分の人生を楽しんでるな!』と思ったことが起業家とロックンローラーという道を目指そうと思ったきっかけでした。結果、起業家の道を選びましたが、昔ヒロトがこう言ってたんです。『落語家だってロックができる。どんな職業でもできる』。だから、私も自分のやりたいことをやるだけです」

 

 

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メイツの教室の机の上には、iPadミニがアームによって固定されている。生徒たちは教室にやってくると席に座りiPadを起動してアプリを起ち上げログイン、学習を開始する。タブレット学習を用いることで、理解度に合ったスムースな先取り学習ができること、一人一人の習熟度に合った最適な問題演習を行えることが大きな特徴だ。

 

 

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メイツが独自開発した教材アプリ。各生徒の進度やレベルに合った問題を選択して演習していき、習熟度を自ら理解することが可能。できない問題、わからない問題に関しては、講師が疑問や悩みをピンポイントに解説・指導する。習熟度合いは講師も確認でき、データによって可視化されるので講師間の感覚やスキルに依存せず、一人一人の生徒に合わせて最適なアドバイスを行える。

 

【数倍】
アプリは間違えた問題を優先的に出題するシステムなので、解けば解くほど生徒一人一人にカスタマイズされていく。また、、すぐに丸付けがされるので、問題演習量は従来の紙の参考書に比べて数倍は軽く超えています。

 

【共有】
アプリを利用すると、ログインからログアウトまでにどの単元を何分、何問、どれくらいできたかが保護者にメールで届けられる。これにより、教育の不透明性が解消され、生徒の問題点を保護者の方と共有できる。

 

文●山脇智志

ニューヨークでの留学、就職、起業を経てスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。 現在、代表取締役社長。近著に『ソーシャルラーニング入門』(日経BP社)。【URL】http://www.castalia.co.jp/

 

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