テックギークを生み出すオンライン高校の「教育」革命|MacFan

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テックギークを生み出すオンライン高校の「教育」革命

文●山脇智志

プログラミング(コーディング)を柱に据えた教育を掲げて、2014年に開学したオンライン高校の「コードアカデミー高校」。初年度の報告会で発表されたそのチャレンジの一部始終をレポートしよう。

学びのオルタナティブ

コードアカデミー高等学校(以下、コードアカデミー高校)の松村太郎副校長が終始一貫して言い続けてきたことがある。

「高校だからこそ、できることをやろう」

この言葉には、2つの意味がある。昨今注目を浴びているプログラミング教育「市場」の中で独自性を打ち出すこと、そして県の教育委員会に認可された「正規の公教育」としての矜持を持つことだ。唯我独尊。ただし、ソーシャル時代がゆえの「共有と協調」をどのように学校のカラーとして「社会の要請」への応答として保持していくのか。開学から1年。「プログラミング必須のオンライン高校」という日本における初の試みの成果を発表する報告会の場は、設立に携わった筆者にとっても興味深いものとなった。

まず、コードアカデミー高校についての概要について触れておこう。

同校は長野県の学校法人信学会が設立主体となり、2014年4月に開学した広域通信制高等学校である。学校の本部は同法人が拠点の1つである長野県上田市に置く。設立の過程と、現在の運営サポートには筆者が代表を務めるITx教育関連企業、キャスタリア株式会社が関わっている。信学会はキャスタリアの株主であり、これまでも数々のIT技術を活かしたサービスや施策を教育の現場で導入し、実現してきた。

コードアカデミー高校もそんな過程の中で生まれた。2013年1月、信学会の中で次世代に必要な技能を学ぶための教育をどう構築するかという議論があり、同会およびキャスタリアのメンバーも含めて議論をしていく中で、プログラミングを必修とするようなオンラインで学ぶ高校を作ろうということになったのだ。

こうした結論に達したのは、松村副校長が2012年秋に米国ニューヨーク市にできた「Academy for Software Engineering」という高校の取材に行ったことが発端だ。その年にできたばかりの新設高校である同校はニューヨーク市長自らが設立に乗り出し、民間のベンチャーキャピタルやコワーキングスペースの協力でできたものだった。公立高校でプログラミングにフォーカスした高校ということに感銘を受けた松村副校長は「日本でもそういう活動ができるのではないか?」という思いに至り、筆者とともに信学会へと提案して、設立に向けて動き出すこととなった。

議論を重ね、教育内容や特徴、そしてカリキュラムなどを検討し2013年6月に長野県教育委員会に設置を申請、同年12月に長野県知事より設置認可を得て、翌年の2014年4月の開学に至った。出生率が減っている日本において、現在は高校を新設するのは通常でもうまくいって3年以上、もしくはそのほとんどが認可されないという非常に狭き門である。そのためには、これからの未来におけるコード教育の重要性と、この高校の必要性を県教育委員会に詳細に説明した。

コードアカデミー高校のチャレンジは、この3点について検証するためのもであると、同校の企画段階から設立、現在の運営を担当する信学会の栗林聖樹次世代教育開発部長は説明する。

「1つ目はまずどんな学校をつくるのかという理想を語り合う中で、日本のギークやニートと呼ばれる若者たちは非常にクリエイティブな人になり得るのではと考え、それを顕在化させること。2つ目は、その一方で少子化が進むという運命を背負った日本の社会と、ものすごい勢いのテクノロジーの進化に教育としてどう回答するべきなのか?の解を出すこと。3つ目は、(誤解をおそれずに言えば)今の東大を頂点にした教育のヒエラルキーは偏差値で出来上がっており、それに対して我々はオルタナティブな領域を創ること。そして、そこでの学びによって得られた知識や技能がどのような仕事を生み出すのか示すこと」

この意見は、ある意味で、今の世の中にある高校から見れば非常に実験的でありながら、その実、すでに訪れているITというインフラの社会的な存在意義を問うている。

 

 

コードアカデミー高等学校の設立メンバーで現場を取り仕切る松村太郎副校長。ITジャーナリストでもある同氏の知見とネットワークがフルに活かされた教育がオンラインで行われる。

 

 

プログラミング教育におけるメンターの1人、株式会社メルカリの大庭慎一郎氏。エンジニアの視点から学生たちの質問や疑問への対応を行っている。

 

クラウドキャンパスの効用

さて、2015年2月に開催された報告会では同校での教育に関して細かく説明がされた。そもそも通信制は生徒が自ら学習する「自主学習」と、実際に集まり、先生から授業を受ける「スクーリング」で構成される。そして通信制高校は大学などと同じ単位制をとっており、学年末や期末の試験の結果で評価され、全部で74単位を3年で取得する。自主学習をオンラインで行うコードアカデミー高校においてのキャンパスはグーグル社の「グーグル・アプス・フォー・エデュケーション(Google Apps for Education)」であり、生徒同士や先生との交流はその中にあるSNS「グーグル・プラス(Google plus)」を利用している。

「同校の大きな特徴であるコード必修というのは、テクノロジーと教育を結びつける面で非常に良く、根源的でダイレクトなテーマです。そしてクラウド上にキャンパスを作るというコンセプトを実現しました。通信制という形態に限らず、普通の学校においても、これからの新しいキャンパスの形はネットによって変革がもたらされるはずです」と、クラウドキャンパスの効用を松村副校長は語る。

教育内容については、通常の高校と同じような一般科目を学ぶ以外に、必修のコード科目がある。1年次は日本語でプログラムが学べる「SUNABA」を履修する。SUNABAはプログラミング初心者にとって大きな壁となる「英語とデバッグ」を取り除いて、まずはプログラムというものがどうできているのか、どういう概念なのかを会得するのに最適な言語だ。2年次からはiOSアプリ構築のための最新言語である「スウィフト(Swift)」を学ぶと同時に、自分の作品を作る。

また、同校には実際に企業で働くエンジニアがメンターとなって、生徒の疑問などに答えてくれるメンターアワーが週に2時間設定されており、そこでわからないことをメンターに質問できたり、メンターは生徒に次のチャレンジを与えたりなどが行われている。

一方、年に2回開催されるスクーリングは、本部のある長野県上田市で行われる。夏に開催された本年度第一回では、一般科目の補習授業やリアルな授業ならではの取り組みとしてミニコンピュータである「ラズベリーパイ(Raspberry pi)」を使ったハードウェアでのプログラミングを行った。

 

 

学校本部のある長野県上田市にある学校法人信学会が設立主体のコードアカデミー高校は、「クラウドキャンパス」という新たな概念を打ち出している。

 

 

コードアカデミー高等学校(http://www.code.ac.jp/)は、「デジタルを学ぶ。デジタルで学ぶ。インターネットが大好きなあなたのための、通信制高校」。通信制高校として初めて、プログラミングコード学習が必修となっており、プログラミングの基礎を学びながら、普通科高校を卒業することができる。

 

学校ってなんだろう?

報告会では学績番号1番の生徒の紹介がされ、本人も会場に来て感想を述べた。もともと彼はコンピュータが好きだったが、「好きならば作れ」という父親の言葉で同校に入学し、プログラミングにのめり込んだそうだ。入学後、彼はハッカソンに出たり、企業でインターンを経験して才能を思い切り開花させ、現在はハードウェア系ベンチャーの社員3番目として働き始めているという。

設立以来、メンターとして生徒たちに関わってきた大庭慎一郎氏はこう語る。

「生徒はどうすればプログラムを学ぶのか? 学び始めはどうすればいいか? それを常に考えます。自分の体験からいえば『ファミコンが欲しい』と親に言ったらPCを買ってくれて、自分でゲームを作りながら学びました。やはり『作りたい』という目標や動機があるのは良いことです。たとえばゲームを作るのであれば、どうしてもグラフィックなどの学校では学べないことを習得しなければなりませんし、数学で学ぶ関数など学校教育での知識も身になります。2年次以降は生徒が作りたいものを作らせるようにしていますが、それをどう見つけるかということ、そして作品をきちんと完成させることの重要性を教えていきたいと思っています。また、技術者として自分のプロジェクトの意義や、客観的に評価をもらうことの意味も教えていけたらと思っています」

自らはITジャーナリストとして、日本のみならず世界のITの最先端事情を見続けている松村副校長が思い描く教育の実践は、常に未来という視点から語られる。

「この1年は新たな時代の『学ぶことと学び方』を定義してきました。コードアカデミー高校という新しい学校をデザインする際に考えたのは、『学校の入り口と出口』のこと。これからは入学後も卒業後も決まった道ではなくても良い時代が来ると思いました。『学校の当たり前ってなんだろう?』と。通信制が当たり前ではなかったのがこれまでの時代です。でも、それをどう変えて、新たな教育や学校の世界観を構築することができるのか、それが大きなチャレンジです」

そして、このような形で1年やってきたことで気づいたのが、冒頭の「高校だからこそ、できることをやろう」という言葉だ。いつの時代でも生徒は1人で学ぶのではなく、仲間と一緒に語り合ったり、悩みを共有しながら一緒に成長し、そして卒業というゴールを目指す。学績番号1番の彼はこの高校に入って別人のようにエネルギッシュになった。学校という場でこんなに人が変わるのかということを認識できたこと、それこそが松村副校長が同校の成果をもっとも実感した瞬間だった。

 

 

 

学生および保護者と談笑する学校法人信学会の栗林聖樹次世代教育開発部長(写真左)。学生のみならず保護者との信頼関係の構築も重要となる。

 

【卒業】
コードアカデミー高等学校は、通信制高校として英語や社会といった普通科目も学習しながら、3年間で普通高校を卒業することができる。他校からの転校生や編入生などは前籍高校の修得単位を生かして、前籍高校と合わせて計3年間で卒業することも可能だ。

 

【学習】
通信制高校では自宅に送られてくる添削課題が、学習の基本になる。コードアカデミー高校の場合は、グーグル・アプスを用いて自宅にいながらインターネットを通じて行う。ネット上でディスカッションをしたり、生徒間のコミュニケーションをとることもできる。

 

文●山脇智志

ニューヨークでの留学、就職、起業を経てスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。 現在、代表取締役社長。近著に『ソーシャルラーニング入門』(日経BP社)。【URL】http://www.castalia.co.jp/