「利用者のため」、「スタッフのため」のiPad導入|MacFan

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「利用者のため」、「スタッフのため」のiPad導入

文●木村菱治

東京でサービス展開する訪問看護ステーション「ケアプロ」では、iPadを使った訪問看護システムを導入した。それにより、業務の大幅な効率化とスムーズな情報共有を実現。スタッフの「退社時間が格段に早くなった」というシステムとはどんなものか、同社に聞いた。

ケアプロは、開業して2年ほどの新しい訪問看護ステーション。24時間365日対応で、利用者の生活をサポートしている。

 

 

在宅医療に不可欠な訪問看護

ケアプロは、東京の中野区と足立区でサービスを展開している訪問看護ステーションだ。訪問看護ステーションとは、自宅などで療養中の患者や障がいを抱えている人および高齢者などに、看護師や理学療法士といった医療の専門家を派遣するサービスである。サービスの内容は、血圧や体温、呼吸、脈拍といった日々の健康状態のチェックから、日常生活の看護、リハビリ、医療機器使用のサポート、服薬指導や管理など幅広い。利用者の中心は高齢者だが、在宅で医療支援を必要とする人なら、若い人や乳幼児でも利用できる。もちろん、看護は主治医の指示の元に行われ、また、医療保険や介護保険の適用も受けられる。

ケアプロ在宅医療事業部事業部長・岩本大希氏は、訪問介護の重要性について次のように語る。

「訪問看護はまだそれほど知られていませんが、非常にニーズの高いサービスです。今、日本の病院のベッドの数はどんどん減っていて、国も入院日数を短縮するために在宅医療を推進しています。そこで要になるのが、なんといっても看護師です。病気や障がいを抱えた方や高齢者が家で暮らすためには、日々のケアはもちろん、ヘルパーやケアマネージャーに対して注意を喚起してリスクをコントロールするなど、医療の専門家としての看護師の能力が必要とされています。特に、これから団塊の世代が亡くなる『2025年問題』を迎えるにあたって、訪問看護はとても重要な役割を担っていくでしょう」

ケアプロは、24時間365日のサービスを提供している。緊急時の対応はもちろんだが、年末年始も含めて毎日のケアが必要な人や、日中は仕事をしているために夜間しかサービスを受けられない人などに向けて、フルタイムの対応が欠かせない。

 

訪問看護の現場でのiPad。利用者の過去の情報もすぐに見られる。ヘルパーなど、ほかの職種との情報交換には、利用者宅に置かれた手書きノートが使われている。

 

ケアプロ在宅医療事業部 事業部長・岩本大希氏。

 

【6795】
全国訪問看護事業協会の「平成26年訪問看護ステーション数調査結果」によれば、平成25年4月1日現在、稼働中の訪問看護ステーションの数は6795カ所。平成12年から23年の間は5000カ所程度で推移していたが、平成24年度から大きく増加した。

 

訪問先へiPadを携帯

ケアプロのスタッフは全員、支給されたiPadを携帯して訪問先へと向かう。訪問先では、iPadと併せて導入されたWEBベースの訪問看護システムにアクセスして、利用者の情報を参照したり、当日の健康状態やケアの内容、申し送り事項などを入力する。iPadはセルラーモデルを使っているので、携帯電話回線を通じて訪問先でもアクセス可能だ。また、ここで入力した情報は、あとから同じ利用者をケアする別のスタッフが見て看護に役立てる。また、データは請求情報とも連動しており、再入力することなく看護実績に応じた請求処理が行える。

このシステム導入の目的は、事務処理の軽減とスタッフ間の情報共有だ。

「保険適用のサービスでは、現場で行った看護の実績によってさまざまな保険に請求処理を行う必要があります。この作業はとても手間がかかり、これまでは紙で書いた実績をパソコンに打ち込んでいました。しかし、これでは入力ミスが起こる可能性が高く、事務処理の負担も大きなものでした。今は、現場でスタッフが入力した情報がそのまま保険請求のデータにも反映されるペーパーレス処理が実現しています」と岩本氏は続ける。

「ほかのメリットは、情報の共有がいつでもできることです。iPadを持っていれば、どこにいても患者さんの情報が確認できます。紙で管理していると、スタッフが事務所に来ないとわかりません。例えば、夜の緊急対応中に利用者の息が止まったとします。そのときに救急車を呼ぶのか、呼ばないのか、どちらを利用者が希望しているのかは非常に重要なことです。こうした情報もデータベースを見ればすぐにわかるので、夜中に電話で確認する必要もなくなります。このように情報を一元化することで、どのスタッフが利用者の元に行ってもきちんとした対応ができるようになりました」

また、iPadならではといえるのが、写真による情報共有だ。

「高齢者が夜中に転ぶなどして体に傷ができているとき、患部の写真を撮って共有すれば状態の変化が一目瞭然です。また、物がどこに置いてあるのかはご家庭によって決まっていますが、こうしたことも写真で記録しておけば同じことを何度もご家族に尋ねる必要がなくなり、お互いにストレスのない看護が可能になります」

 

利用者情報の入力画面。記録だけなら手書きのほうが速いが、情報共有や転記の手間がないので、トータルでは省力化につながっている。

 

写真で情報共有できるのがiPadの大きなメリット。利用している薬や、傷の状態などを素早く撮影して共有できる。

 

スタッフが語るメリット

実際にiPadを携えて活動するスタッフにも話を聞くことができた。

理学療法士(PT)の浅田貴子氏は「退社時間が格段に早くなりました」と話す。「以前は、患者さんの訪問先で記入した紙の記録を事務所で要約してメールで全社共有していました。しかし、今ではその必要がなくなり、訪問が終わったらそのまま帰ることもできます。また、PTは薬は専門外なので、訪問先で知らない薬が出てきたときにiPadですぐに調べられるのも便利です」

看護師の倉松勇多氏は「私は字がキレイではないので、手書きではないiPadでの記録はとても助かっています(笑)」と意外なメリットを語ってくれた。また、「写真をすぐに撮って共有できるのはとても便利です。患者さんが持っている検査結果なども写真に撮っておくことで、いざというときにかなり役に立ちます」とも。

利用者からは「最近は便利なものがあるんだねぇ」といわれる程度で、特に拒否反応のようなものはないとのこと。唯一困るのが、訪問先の電波状態がよくないときだという。

一般的に訪問サービスというと、オフィスの壁に地域の地図やスケジュール表が大きく貼り出されているのが常だが、ケアプロのオフィスにはそれがない。代わりにiPadを用いた地図アプリの使用とグーグル・カレンダーによるスケジュール管理によって、効率よく、正確な手配が可能になっている。もう1つ重要なことは、過去のデータの分析が容易になったことだ。紙ベースでは単純な集計でさえも大きな手間がかかるが、デジタルデータなら分析に必要な集計や統計処理も瞬時に行える。

 

iPadの導入効果や課題を、学会で発表した資料。同業社にとっても貴重な情報となるはずだ。

A http://carepro.co.jp/about/seminar20131116_01.pdf

 

同社では、訪問看護師の数を増やすため、訪問看護ステーションと就職希望者をマッチングする無料のサイト「CAN-GO」も運営している。

 

コスト削減にも効果的

昨年、ケアプロはiPadの導入コストや効果の検証結果を日本在宅看護学会学術集会で発表した。そこでは、システム導入にかかった費用対効果などが細かく報告されている。導入コストでもっとも大きいのは、システム移行に伴う事務処理や教育にかかる人件費。そしてセルラーモデルなので、毎月の通信費がランニングコストとしてかかること。しかし、導入によって看護師と事務員の行う7業務のうち1業務が削減でき、そのほかは時間の短縮を実現した。特に効果が大きかったのは請求と送付作業で、1カ月あたり1200分もの時間短縮につながっている。また、情報収集や看護記録、情報共有でも合計で1件あたり23分の時短効果が得られた。すべての効率化を人件費(10人)に換算すると、1カ月で38万円以上のコスト削減を果たせるという。

「導入にはそれほど大きな費用はかかりませんでした。iPadはすぐに使い方がわかりますし、若いスタッフが多いこともあって教育にかかる時間も短かったと思います。業務が削減できれば、看護師がより現場でのケアに注力できますし、退社時間もより早くなります。そして、より多くの患者さんに対応できる余裕が生れます」と岩本氏。

比較的単独行動が多い訪問看護において、いつでも情報支援が得られるメリットは大きい。iPadによるサポートは、経験の浅い若い看護師の活躍の場を大きく広げることにもつながるはずだ。

 

【課題】
東京都訪問看護支援検討委員会の報告書(平成25年3月)によれば、訪問看護ステーション開設にあたって困難と感じる課題のトップは「職員(2.5人以上)の確保」(72.5%)。また、訪問介護の実施での困難な場面としては、「1人で判断を求められること」がトップとなっている。