教育・医療・Biz iOS導入事例

iPadが育む救急救命士の卵

文●木村菱治

千葉県にある国際医療福祉専門学校・救急救命学科では、今年度からiPadを活用したICT教育をスタートさせた。
新入生全員にiPadエアを配付したほか、教室にも情報機器を整備。
救命活動の訓練においてもデジタル機器を駆使して、より効果的な教育を追求している。

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国際医療福祉専門学校・救急救命学科は2年制で即戦力となる救急救命士の育成を行っている。海上保安庁の救難隊員の教育も行う唯一の私立校でもある。

 

新1年生全員にiPadを配付

今年4月、国際医療福祉専門学校救急救命学科に入学した51名の新1年生に、1人1台のiPadエアが配付された。これは救急救命士養成校としては、国内で初めてのことだという。また、2年生は、自分で購入したiPadを学校に持ち込んで使用できるようになった。2年制の同学科では、4月現在で約70名の学生がiPadを利用している。

 

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1年生に配付されるのはiPadエアの16GB、Wi−Fiモデル。まず、全8回に渡るネットリテラシーの講義を受け、試験に合格すれば、持ち帰っての使用が可能になる。

 

iPad利用のメインとなるのは、授業で使う資料の配付と成果物の提出だ。iPadの導入に合わせて、学科のWEBサイトを新設し、在校生用ページが用意された。ここには、従来プリントで配付されていた資料がPDFでアップロードされている。ここから学生は必要なものを自分でダウンロードして授業に臨む。資料には「ノート・エニタイム(Note Anytime)」などのアプリを使って、書き込みを行い、自分のノートとして充実させていく。提出物は、クラウドストレージサービス「ドロップボックス(Dropbox)」にアップロードするという形を採用し、スケジュールなどの連絡事項もWEB上で見られる。学内には、高速のWi−Fi環境が整備され、大容量のファイルも素早く転送できるようになっている。

授業でよく使われるアプリとしては、「ピンポン(PingPong)」がある。これはスマホやタブレットを使って、クイズ番組のように回答の集計ができるものだ。選択問題だけでなく、文章や絵による回答も可能。先生の質問に対して、全員がゲーム感覚で参加できるので、学生の集中力が上がるという。

 

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学生にも好評なアプリ「PingPong」。質問に手元のiPhoneやiPadから回答できる。選択式だけでなく、文章や絵での回答も可能。学生全員が参加でき、効率よく多くの問題を解くことができるという。

 

【国家資格】
救急救命士とは、心肺停止状態の患者に対して、医師の指示のもと救急救命処置を行える国家資格。救急隊員の中でも、気道確保や静脈路の確保といった高度な救急救命処置(特定行為)が行えるのは、この資格を持った人に限られる。

 

救助活動の訓練にもiPadが活躍

救急救命士の養成過程では、実習の報告やディスカッションを行う機会も多い。教室に設置されたインタラクティブプロジェクタや大型ディスプレイには、アップルTVがつなげられており、学生は自席を離れることなく、ワイヤレスで自分のiPadにある資料を映し出すことができる。従来は、必要なときだけプロジェクタを運んで来てパソコンにつないでいたが、接続トラブルなどで時間をムダにすることが多かったという。アップルTVを使うことですぐにiPadの画面を映し出せ、学生が自ら調べた内容を発表し、議論するといった、双方向の学習がやりやすくなった。

 

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iPadを使った授業風景。教室は黒板に替えて全面をホワイトボードに改修し、インタラクティブプロジェクタを設置。学生のiPadの画面も、アップルTVを通じてワイヤレスで投影できる。

 

さらに、iPadは実習でも活躍する。例えば、交通事故の状況を再現して、通報から病院への搬送までをシミュレートする臨地実習では、学生のヘルメットにウェアラブルカメラを装着して行う。カメラの映像はWi−Fi経由でリアルタイムにiPadに送信され、教員やほかの学生は、実習者の目線で訓練を観察できる。従来は見えづらかった手元がはっきりとわかることで、より厳密な訓練が可能になった。

 

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事故現場を再現した臨地実習。写真ではわかりにくいが、奥の壁面には、事故のドライブレコーダ映像が投影されており、現場の状況をリアルに再現している。

 

ユニークな使い方としては、プロジェクションマッピングによる血溜まりの再現がある。傷病者役の学生の上からプロジェクタでiPadの画面を投影、画面に教員が赤くペイントすることで、出血しているような状況を作り出す。もし、止血処置がうまくいっていないと判断すれば、視覚的に理解できるよう、血を塗り足すこともある。実際の血糊を使った訓練は、準備に時間がかかるため頻繁には行えないが、この方法なら日常的にリアリティの高い実習が可能だ。また、学生自身が心臓マッサージを行う様子をiPadで動画撮影し、皆でフォームのチェックを行うこともあるという。iPadをディスプレイやプロジェクタに接続できる環境を整えたことで、利用範囲が大きく広がっている。

 

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実習者のヘルメットには、ウェアラブルカメラを装着。どこを見ているか、手技は正しく行われているかを教員やほかの学生がモニタで確認できる。

 

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奥の大型モニタには、ヘルメットに装着したウェラブルカメラの映像がiPad経由でリアルタイムに表示されている。

 

国家試験の完全合格を目指す

こうしたiPadを核とした最先端のICT教育の導入で目指すのは、救急救命士国家試験の全員合格だ。同校の国家試験合格率は、全国平均を上回っているが、全員が合格するまでには至っていない。ICT教育環境導入プロジェクト担当である専任教員の小澤貴裕氏は、次のように語る。

「今年は、受験した36人中35人が合格しました。ここ数年、全国平均を上回っていますが、やはり学校としては全員を合格させたい。全員の理解度を高めるためには、聞くだけの一方通行の授業ではなく、学生と教員、学生同士が双方向にやりとりできるインタラクティブな教育環境が必要だと考えました」

救急救命士養成校は3年制や4年制が多いが、同校は2年制を採用している。短い期間で、より多くの内容を教えるためにも、本格的なICTの活用に踏み切ったという。

導入前には、15カ月をかけてさまざまな学校や医療現場におけるICT導入事例を見学し、検討を重ねた。当初は、eラーニング的な使い方だけを想定していたが、調査を進めるうちに、できるだけ学生が自由に使えるようにしたほうが効果的なことがわかった。デバイスとしてiPadを選択したのは、性能や使いやすさに加えて、ウイルスなどのセキュリティ上の心配がほかのものに比べて少ないことが大きな要因だという。

 

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国際医療福祉専門学校・救急救命学科学科主任およびICT担当の小澤貴裕氏。救急救命士としての10年間の現場経験を持つ。当時の救急現場に、iPadのようなツールがあれば助かったと思うことが多いという。

 

まだ導入して間もないシステムだが、学生と教員、学生間がネットワークで常につながることで、気軽に情報のやりとりができるようになった。従来の紙ベースの情報伝達では、どうしても連絡漏れや配布物の紛失といった問題が発生しがちだったが、デジタル化によって確実な情報伝達が可能になった。学生に伝えたい情報があれば、すぐその場でアップロードするのだという。

生徒の1人に聞くと、「iPadを使ってから、資料の整理に困らなくなりました。これまでは教科ごとに分けてファイルに綴じていましたが、数が多くて大変でした。今はすべてiPadの中に入っているので、調べたいときにすぐに調べられます」と話してくれた。

また、つながりがよくなることで生まれる化学反応にも期待している。「最終的には、学生自身が覚えたことを自作マニュアルにまとめて、共有できるようになってほしい。お互いに教えあうことが、最後の1人を合格させることにつながるはずです」と小澤氏。

今後は、アップストアにあるさまざまな医療系のアプリも活用していく予定だ。有料のものは、学校側でボリュームライセンスを購入するなどして、在学中は学生が自由に使えるようにする。

小澤氏は、ここで身につけたICTの知識が、将来現場に出たときにも役立つはずだと語る。

「これから、救急の現場でも、ICTの活用が進んでいくことは間違いありません。ここでICTの使い方を身につけた卒業生が、現場で何らかの触媒のような役割を果たして、よりよい救急医療を実現してくれればと思います」

 

【SNS】
学生のSNS利用を禁止する学校も多いが、同学科では学生にインターネットのメリット・デメリットを説明したうえで、積極的にツイッターやフェイスブックを利用している。SNSが社会にこれだけ普及した今、ネットリテラシーのを身につけないまま社会出ることのほうが危ないという判断からだ。

 

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