第43話 クラウドサービスたちに人質を取られた生活|MacFan

アラカルト デジタル迷宮で迷子になりまして

デジタル迷宮で迷子になりまして

第43話 クラウドサービスたちに人質を取られた生活

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

Macを使っている最中にアラートが表示された。確認すると、契約中のストレージサービス「ドロップボックス」の中のファイルがうまく同期していないようだ。空き容量が足りないので更新ができないという。

ドロップボックスは仕事で多用している。何となく使い始めたが、使い勝手がいいので継続しているのだ。右クリックだけでファイル転送が簡単にできるし、いざというときのバックアップや巻き戻し機能も心強い。もちろんアイクラウド・ドライブも利用しているが、こちらはどちらかというと“iOSデバイスがぶら下がっているサーバ”という感じで、業務にはもっぱらドロップボックスだ。ドロップボックスに頼って仕事をしていると言っても過言ではない。

そんな中で急に「利用できない」と言われたのだが、唐突に仕事のやり方がわからなくなったような妙な喪失感を覚えた。まるで羽をもがれて飛べなくなったような感覚は、「なくなると困る」という恐怖心を呼び起こした。

原因は単に契約期限が切れただけだったので、すぐに支払って事なきを得たが、このサービスにそこまで依存していたのかと、あらためて思い知らされた。そしてそのときに気がついたのだが、料金も以前より結構上がっていた。

しかし、利用料が上昇したから解約するかと言えば、おそらくやめることはない。クラウドサービスが業務に組み込まれているのだから、やめるにしても代替する機能が必要だ。それを探したり、使い勝手や利用料を比較したりと、それに伴う作業も膨大だ。それに、Mac内のデータの大半がクラウドに上がっているような状況で、データをどこかに移し替える作業を想像しただけでも面倒すぎる。

そう考えると、私はすでにクラウドサービスに膨大なデータや日ごろのフローを人質に取られているも同然だ。もう後戻りできないレベルで頼り切っている。ドロップボックスに「サービスを中断するのはご自由ですが、この膨大なデータをどう管理するのですか?」と詰め寄られたら、「このまま利用させていただきます」と答えるしかない。

しかし、所持するデータ量はこの先も基本的に増えていく。たとえばアイクラウドにしても、iPhoneで撮影する写真や動画は増えていく一方だろう。つまりその意味で、状況の改善は見込めない。技術革新がない限り、半永久的にクラウド依存が続くのだ。

この手の現象は、ストレージサービスにとどまらない。たとえば、プレイリストを埋め尽くしたアップル・ミュージックの曲を、今さらサービスを解約して買い直すのかと考えると、面倒だから継続しようとなってしまう。自分だけならまだしも、ファミリープランは家族を巻き込むので、サービス解除の難易度はより高い。

そしてこれらのサービスは、基本的に値上がりする。下がった例を見たことがない。すでに複数のサービスで価格改定が行われている。たとえば、通販にも頼りっきりなので、アマゾンプライムの会費が年額5900円に変更になっても黙って従うしかない。確か加入したときは3600円だったはずだ。

見ている途中の海外ドラマが山ほどあって解約できない各種映像配信サービスの価格上昇も、なかなかにエグい。ディズニープラスの料金は“放っておくと自動的に”月額1320円になるらしいが、加入したときは770円だったので、もはや倍増と言っていいレベルだ。

しかし、われわれは黙って従うしかない。大量のデータや利便性の高いサービスの提供を人質に取られているからだ。そして人質の人数は、この先も増えていくに違いない。

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。