第22話 優れたiPhoneのタップがダメな世界を生み出していく|MacFan

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デジタル迷宮で迷子になりまして

第22話 優れたiPhoneのタップがダメな世界を生み出していく

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

iPhoneのディスプレイは本当に大きくなった。プロ・マックス(Pro Max)などは特に巨大だ。とはいえ、Macなどに比べると、スマホの画面は小さく狭い。もちろん目との距離で適切な画面サイズは決まるので、見るためのデバイスとしては問題ない。

ただし、スマホの画面はタップするものなので、指先という物理的な面積との関係もある。その意味では、スマホのディスプレイはかなり狭い。わずかな面積のスイッチでオン/オフを切り替え、まるでスパイの暗号のようなメニューアイコンを見つけ出してタップしてメニューを開く。よく考えると、かなり器用な操作を強いられているように思う。

しかし、不思議とミスタップなどの操作のエラーが少ない。特にiPhoneの場合、ミスタップへの対処が秀逸で、無意味なタップには無反応だったり、反応するまでに余裕を持たせていたりする。iPhone以前のタップデバイスにはそのような冗長性がなく、その点こそがiPhoneが実現した革新的なインターフェイスだと、個人的には思っている。意志を持って指を動かしてはじめて動作するクリックとは異なり、触れるか触れないかでオン/オフが切り替わるタップは、本来であればかなり神経質なスイッチになるはずだが、iPhoneのタップは無意識で操作できるほど高度で、当時は感動した。「全画面でタップするデバイスはiPhone以前からあった」などと物知り顔の意見を目にすることがあるが、その点でユーザ体験としては雲泥の差があった。

ともかく、こうして世界に根づいたスマホを操るための気軽な操作「タップ」だが、それに至高の価値が生まれているのが現在だ。スマホやタブレットに限った話ではあるが、とにかくタップ。タップさせようとして世の中必死なのだ。

日ごろのニュースもスマホで見ることが増えたが、集客するための見出し詐欺に必死だ。誤解を生むようなキャッチフレーズや、不快な言葉を使って煽る見出しは多い。リテラシーの高い人なら「釣られるものか」と無視できるが、多くの人はシンプルに釣られる。

そんなサイトの関連記事に埋め込まれた広告への呼び込みも必死だ。やせるの太るの毛深いのと、気持ち悪い画像に添えられたどぎついキャッチフレーズは、もはやコピーライティングとはほど遠い乱暴な単語の羅列だ。人々の目に留まり、タップさせたら正義なのだ。

WEBサイトや無料アプリに割り込んでくる動画広告も必死だ。30秒ほどの動画を再生させて最後に表示されるリンクをタップさせるわけだが、20秒くらいで動画が終わったように見せかけ、画面を消すための×印が見つからない視聴者が何となく画面に触れることを誘発し、リンクに飛ばそうとする。ユーザが間違えて触れようと、タップはタップなのだ。そして数多くの人が引っかかるので、有効な手段となっている。

アプリも必死だ。課金させるため、もはやユーザが間違えてタップしやすいようにインターフェイスを工夫しているとしか思えないものが横行している。何なら親のスマホで遊んでいる子どもが、誤ってタップして課金してもいいのだ。

ユーチューバーも必死だ。見出しはもちろん、映像に入ってもいない目を引くサムネイルを貼り付け、ウソの情報でタップさせようとする。ただのパッケージ詐欺なのだが、それに対する罰則も明確ではないので、やりたい放題だ。

無意識に操作できるほどの高度な技術が詰め込まれたiPhoneのタップを逆手に取り、操作しづらい画面が生まれていく。ワナだらけの小さな画面が現れるたびに、タップするものかという緊張といらだちで、指先が震える思いだ。

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。