デジタル迷宮で迷子になりまして 第19話|MacFan

アラカルト デジタル迷宮で迷子になりまして

テクノロジーの普遍的ムダ話

デジタル迷宮で迷子になりまして 第19話

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

だからアップルウォッチはやめられない

以前は機械式の腕時計を愛用していたのだが、初代モデルが登場したときからアップルウォッチ(Apple Watch)を使っている。特に目的があったわけではない。「何が起きるか、とりあえず着けて過ごしてみるか」くらいの考えで導入した。しばらくして気がついたのは、これは通知を逃さないためのデバイスだということ。

メールにせよ、メッセージにせよ、届いたらすぐに気がつく。iPhoneは常に身につけているわけではないので、たとえば、本来はトイレに行って席に戻ってきたらメッセージに気づくはずが、トイレの中でメッセージに気がつく。それがメリットかどうかはさておいて、導入前であれば気がつかなかったはずのタイミングで、つまりiPhoneが手元にない場面でメッセージに気がついたという経験は、「導入によって何かが起きた」という印象を受ける。

しかし冷静に考えると、実際にはどうでもいいことだ。どうせ2~3分後には気がつく。同じことは、電話やらLINEやら、要するにすべての通知で起こる。もしかすると、電話の通知はタイミング的に意味があるかもしれない。通話もできる。しかし、トイレの中で電話には出たくない気もする。

そういえば、アップルウォッチはSuicaとして使える。iPhoneをポケットから取り出さなくても、手首をリーダに近づければ支払いができる。いつもと違う方法で支払うので、何だか意味がありそうな気がする。駅の自動改札も手首を近づければ通過できる。何かスマートっぽいアクションのため、意味がありそうに感じる。でも、ポケットからiPhoneを出すのはたいした手間ではないし、改札を通るのに左手首のアップルウォッチを右側のリーダにかざすのは、ちょっとコツが必要だ。そもそも私の場合、iPhoneはたいがい手に持っている。

いや待て、飛行機の搭乗時にQRコードをかざすのは特別感が高いのではないか。しかし、画面が消えていないか確認したり、エラーが出ないように慎重にかざしたりしている気がする。特別感はあるが、ややぎこちないかもしれない。これもリーダが右側なのでiPhoneのほうが早いし、何なら紙チケットをかざすほうが気が楽だ。いや、そんなことはない。アップルウォッチで通過するしぐさこそが未来の姿なのだろう。この微妙に無理な体勢が、アップルが提唱する未来の姿なのか…?

でも、アップルウォッチは血中酸素濃度が計測できる。これはすごい。アップルによれば、95~99%が正常値らしい。いつの間にか取得されている過去のデータを確認したところ、何度も85%くらいが記録されていた。調べてみると、酸素吸入が必要なレベルらしい。知らない間にだいぶ弱っていた可能性があるが、それがわかったところで特に何もやることがない。

これまでいくつかのデバイスを装着してきたが、アップルウォッチの登場以降、単機能の製品にわざわざ手首という場所を譲る意味はもはや見いだせない。アップルウォッチは、iPhoneと連係しているからこそ便利で、装着する意味がある。ただ、記録され続けているヘルスケアのデータも、いつか意味を持つのではないかという強迫観念となり、装着する理由になっている気がする。

そうだ。アップルウォッチはシリーズ5で、革新的な進化があった。画面が常に表示可能になったのだ。これによって、なんと手首をチラ見するだけで時間がわかる。さまざまな機能の中で、もっとも使うのは時計だし、実際便利だ。そういえばかつて、そんな便利な道具を手首に着けていたような記憶がある。しかし、アップルウォッチが便利すぎて、思い出せないのだ。

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。



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