第20話 スマートな電子マネーはとても有能で無力な存在|MacFan

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デジタル迷宮で迷子になりまして

第20話 スマートな電子マネーはとても有能で無力な存在

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

本日、財布を忘れて出社した。以前は手元に財布がないと何かと不安があったが、今ではたいして気にならない。そもそも財布の中に現金が入っていないこともよくある。というのも、ほとんどの決済をiPhoneで済ませているからだ。

スマートフォン+電子マネーのメリットは、かざすだけで支払いが済むことだ。クレジットカードなどと紐づければチャージも不要で、支払いも簡単だし、時間がかからない。使ったお金はログが残るので、管理も楽だ。

そんなわけで、コンビニでもスーパーでも、どこかで外食したときも、支払いはもうずっとiPhoneだ。財布を開いて現金を探し、お釣りの額を気にしながらコインを数えて相手に渡し、お釣りを受け取ってそれを財布にしまうという、以前はやっていたはずの一連の作業が、無駄に見えて仕方がない。

スマホ決済を使う前、つまりiPhoneがNFCを搭載する前は、主にクレジットカードで決済していた。オンライン/オフライン含めて、カード決済は今でもよく使うが、いずれにしても、私にはキャッシュレスが向いていた。スマートフォン以前の話だが、当時からそのほうがスマートだと思っていた。

もう15年ほど前になるが、頻繁に海外取材に行っていた頃、現地ではクレジットカードが重宝した。小さな商店だろうが、タクシーだろうが、たいがいカードが利用できたので、使い慣れない通貨で支払うより便利だった。当時のヨーロッパの地方のタクシーなどではカードの数字を物理的にコピーするインプリンタが使われており、今思えば、セキュリティに関してはヒヤヒヤものだったが、気にせず使っていた。帰国して駅からタクシーに乗って自宅に戻ったとき、それこそ日本円を持っていなかったのでカードで支払おうとしたところ、使えないと断られ、日本で作ったカードが海外では使えたのに国内では使えないのかとあきれたものだ。

そんな時代に比べれば、国内もキャッシュレス化が進んだ。セキュリティ面に不安がないわけではなく、一部の新興電子マネーがちょくちょく不正送金されては炎上したりしているが、慎重に市場を広げてきた古参の電子マネーには安心感もある。ようやく夢の会計システムが整ったという印象だ。

スマホを持っているにもかかわらず、わざわざ現金で支払っている人も相変わらずいる。現金のやりとりのためレジ前でやたら待たされたりすると、ときにイライラしてしまうこともある。今手に持っているそのスマホで、なぜ瞬時に決済しないのかとやきもきする。

と、今でこそこんなことを言っているが、私もかつては「おサイフケータイなど使うものか」と思っていたクチだ。ただ、その理由は何だっただろうかと考えると、もちろんよくわからない仕組みの電子マネーが信用しづらいという気持ちは作用していたが、一番イヤだったのは名前が残念な感じだったことだ。「おサイフ」も「ケータイ」も、何だか二重にダメなフレーズだ。名前がスマートではなかった。

また、キャッシュレスなら何でもいいわけではない。支払いの際にバーコードをスキャンして支払額を手入力し、店員に確認してもらってから支払いを実行する、みたいな操作が必要なら、その結果何円お得になろうと電子マネーを使う気はしない。こちらも全然スマートではない。

ここまで主張しておいて何だが、キャッシュレスにこだわる私でも現金決済することがある。近所のお気に入りのパン屋では、スマートな電子マネーが使えない。アップルがどんなに頑張ろうと、この美味しいパンの前では無力なのだ。

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。