第18話 見たくないものを見せられるかわいそうなスマホユーザ|MacFan

アラカルト デジタル迷宮で迷子になりまして

デジタル迷宮で迷子になりまして

第18話 見たくないものを見せられるかわいそうなスマホユーザ

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

以前は結構なゲーマーだったのだが、最近はすっかりiPhoneでミニゲームしかやっていない。自分のゲーム好きを知っているので、本格的なゲームを始めると時間を奪われてしまうのが理由だ。文字どおり暇つぶしのゲームなので、課金などせずにゆるゆると遊んでいる。しかし、気分転換のはずのゲームであるにもかかわらず、無課金勢にとってイライラの元になるのが、何かにつけて表示される広告だ。

特にゲンナリさせられるのが、いわゆる「コンプレックス広告」の類。コンプレックス広告とは、体型や毛髪など、多くは外見のコンプレックスを刺激して商品を宣伝する広告のことだ。昔から雑誌広告などでおなじみのものだが、主戦場がスマートフォンの画面になってから、とにかくクリックさせようと必死なものが増えた。毛穴がどうの、腹の肉がどうの、加齢によるシミがどうのと、トラッキングの結果として年齢的に気になることを声高に訴えながらインパクトの強い写真や動画を見せる。見た目が気持ち悪かったり、それこそ自分のコンプレックスを突かれて気分を害したりするのに加え、「毛深い人は嫌がられる」といったストーリーで知らず知らずのうちに差別的な価値観を植えつけることから、社会問題にもつながる。

これはゲームに限った話ではなく、ユーチューブ(YouTube)やニュースサイトなど、ネットのあらゆる場面で登場する。レコメンドウィジェットによって記事のサムネイルに不快な広告がぶら下がったウェブメディアなど、それが原因で見たくなくなってしまう。

例外もあるだろうが、広告表示は基本的には邪魔なものであり、ユーザ体験の価値を下げることが多い。それが気分を害するような内容であれば、余計にそう感じるだろう。コンプレックス広告を扱わないメディアも現れ、もはや存在しないほうが平和そうだ。

それでも誰かがクリックし、広告としての役目を果たしているのだろう。私のiPhoneには、相変わらず不快な広告が現れる。

この手の広告に対する懸念は、もうひとつある。写真や映像の品質の低さだ。もちろん、あくまで「私の目に留まっているものは」という前提になるが、ものを作っている立場から見ると許しがたいレベルの広告が多い。撮影方法から色調整、キャッチコピーやフォントの使い方など、雑なものが目につく。SNSの投稿っぽく見せるのが狙いかもしれないが、どちらかというと粗製濫造に見える。

スマホゲームの無課金勢と言えば、学生や子どもたちも多い。表示内容は異なるが、きっと私と同じように広告を頻繁に見ているに違いない。そんな質の低い“作品”を見せ続けられると、「この程度でいいんだ」という感覚はどうやっても育っていく。それが子どもたちの手元で表示され続ける状況は、何だかモヤモヤする。

人は慣れの生き物だ。それを見て育てば、むしろそのような「雑な作り」に安心感を覚えるようになる可能性がある。人類がこのスパイラルに陥ってしまうと、コンテンツの劣化は加速するのではないか。

いや、実はすでにそういった層がターゲットの本流となっていて、それに向けた高度なコンテンツ作りの結果が、このさえない広告たちという可能性もある。すると、置いてけぼりなのは、こんな愚痴っぽいことを言っている自分のほうなのかもしれない。

なお、iPhoneの「設定」で[Appからのトラッキング要求を許可]をオフにしたところ、突然広告がマイルドになった。広告主は離れるだろうが、ユーザ体験は改善する。たまたまかもしれないが、アップルユーザで良かったなと思うのは、こんなときだったりする。

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。