最新テクノロジーを駆使した“体感型”理科授業|MacFan

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最新テクノロジーを駆使した“体感型”理科授業

文●中務彩夏三原菜央

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

ICT教育主任として、和歌山大学教育学部附属中学校の1人1台iPad導入を推進した矢野充博教諭。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)を授業活用するなど、iPadでしかできない独自の実践が注目を集めている。「前に進むためにはとにかく動くしかない」と語る矢野教諭の多彩な取り組みに迫った。

 

 

共有iPadから1人1台を実現

和歌山大学教育学部附属中学校(全校生徒420名)で理科を担当する矢野充博教諭は、ICT教育主任として2019年に生徒1人1台のiPad導入を実現した。だが、その道のりは、決して平坦ではなかったという。矢野教諭が同校に赴任したのは2006年のこと。当時は、重さ約2キロの共有タブレットPCで授業を行っており、これでは写真を撮るのですら一苦労だった。

「生徒が授業中に考えたことを、紙や黒板ではなく、何か違う方法で共有できないかと思案していたときに、ちょうどカメラ付きのiPodタッチが発売されたんです。これを生徒1人に1台渡したら面白い授業ができるのではないかと考えて、40台購入し、写真が共有できるアプリなどを使って授業をしたのが2011年。そこから新しい学びの世界が開けてきました」

iPodタッチの導入で手応えを感じた矢野教諭は、その後はiPadを活用した授業スタイルを構築していく。2015年には、同校に108台の共有iPadが導入された。

「当初は、先生が授業でiPadを活用することに慣れる時期だったと言えます。iPadは共用のため、授業のたびに配付するのが面倒で、生徒の思考も授業ごとに途切れてしまう感じがありました」

2018年には、翌年の新入生への1人1台のiPad導入に向けてプロジェクトを発足し、教員でチームを組んで準備を進めた。その中で、もっとも気がかりだったのは保護者の理解を得ることだった。そこで、直接保護者にアンケートを実施し、自分の子どもがiPadを持つ場合、どんな不安があるかなどを細かく調査したという。

「保護者が抱いている不安は、『破損』『目的外の使用』『費用』の3つだとわかりました。破損に対しては選択制の補償サービスを用意したり、目的外の使用を防ぐためにアプリのダウンロードなどを制限したりして、保護者の不安が解消できるように精一杯対応しました。こうして、しっかりと親御さんに納得してもらったうえで購入いただき、2019年の新入生からiPadを1人1台で活用できるようになったのです」

 

矢野 充博教諭

理科教諭(研究主任・ICT教育主任)。2006年より和歌山大学教育学部附属中学校に勤務。同校の生徒1人1台のiPad導入の整備、理科とiPad活用セミナー、各地でのサイエンスショーへの参加など多岐にわたり活躍している。授業では、ロイロノートやApple Booksなどのほかに、AR・VRを活用した学習も進めている。Apple Distinguished Educator  2015、日本理科教育学会員。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。 世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

ARやVRを駆使

矢野教諭の理科における基本的な授業スタイルは、iPadアプリを活用し、子どもたちに身の回りで起こる自然現象などを見てもらうことで、自分なりの気づきを持ってもらうというものだ。しかし、コロナ禍によってオンライン授業が中心となり、苦慮したのが「実験」だった。生徒たちに実験の様子を伝える動画を配信したが、見るだけではしっかりと理解できないと言われたのだ。

「実験は自分で取り組むことが重要だと生徒たちは言います。実際に自分の目で見て、自分の手で進めることで実験技能が身につくのです。これらのことから、実験や観察を通じて生徒が自分の考えを友だちに伝えたり、逆に友だちからアイデアをもらったりする場面を大切にして、生徒同士をつなげる授業をより意識するようになりました」

そこで矢野教諭が1年前から授業で活用し始めたのが、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)だ。たとえば中学1年生の地学の授業にて、実際に恐竜の大きさを体感してもらうために、アップル純正ARオーサリングツール「リアリティ・コンポーザ(Reality Composer)」で3Dモデルを作成した。ある程度教員側が事前にパーツを作っておけば、生徒たちはそれを組み合わせるだけで簡単にARを作り出すことができるそうだ。

「平面よりもARを使って立体的に表現したほうが、より生徒たちの理解が進むのではないかと考えて、取り組んでみました。生徒たちはARを作っているときは真剣な表情ですが、形が出来上がるとうれしそうですね。これまでの教科書や問題集、解説動画だけの授業よりも、生徒たち自身がゆっくり時間をかけて作り上げる過程が、学びを深める要素のひとつになっていると感じています」

VRでは、国の名勝天然記念物に指定されている「」などを教材に、これがどうやってできたのかを考えてもらうために、VRヘッドセット「オキュラス・ゴー(Oculus Go)」を使って、生徒にVRを見せる授業も展開した。矢野教諭による新しいテクノロジーを駆使した体感型の授業は、常に子どもたちの心を惹きつけている。

 

授業実践を積極的に外部発信

矢野教諭の転機となった出来事が、iPad導入の過程で知ったADEに認定されたことだ。

「2015年にADE認定を受け、さまざまな教育者の方々と新しいつながりを持てたことは、私にとってターニングポイントでした。視野が広がり、まだまだ開拓できる領域があると考えるようになったのです。今はADEを通じて出会った、フランスの学校の先生と情報交換をしながら親睦を深めています。いつかフランスに行き、現地の生徒たちに授業をしてみたいと思っています」

シンガポールで開催されたADEインスティテュート(研修・研究会)での経験も、矢野教諭にインパクトを与えた。

「インスティテュートで世界から集まったADEと交流したことで、もっと自分の実践を皆さんに知ってもらい、何か良い影響を与えたいと考えるようになりました。それからというもの、以前はあまり投稿していなかったフェイスブック(Facebook)で授業実践などを積極的に発信するよう心がけています。今は世界中の先生とつながることができました」

フェイスブックのほかに、ユーチューブ(YouTube)での発信も本格的に始めた。自身のチャンネルを開設し、「アサリの解剖とスケッチ」や、「ペットボトル地層実験」など、理科に関する多様なコンテンツを公開し、人気を集めている。そのほかに、定期的にZoomによるオンラインセミナーを開催するなど、外部への発信は多岐に渡る。そんな矢野教諭を突き動かすのは、前に進み続けようとする強い気持ちだ。

「子どもの頃から何かを欲し、それを満たすためには自分で動くしかないと常に考えていました。次のステージとして、今後は3DプリンタとARを組み合わせた作品づくりに子どもたちと取り組みたいと思っています」

常に新しい情報にアンテナを張りながら、自身の実践事例を惜しげもなく発信し続けている矢野教諭。今後も多くの教員や子どもたちを巻き込みながら、魅力的な授業やコンテンツを生み出し続けていくだろう。

 

2019年に1人1台のiPad導入を実現したことで、生徒たちは「自分のiPad」を愛着を持って文房具と同様に活用できるようになった。

 

 

ARやVRなど、最新のテクノロジーを駆使した体感型の授業を得意とする矢野教諭。AppleのARオーサリングツール「Reality Composer」も授業で取り入れている。作成した3Dモデルは、ARコンテンツとして表示も可能だ。左の写真のように、雲の種類を立体的に理解できるなど、楽しみながら学習ができる。

 

 

和歌山大学教育学部附属中学校では、子どもたちが自分の考えを仲間と共有し、学び合うためのツールとして「ロイロノート・スクール」を活用している。iPadで実験の様子などの写真を撮り、コメントを書き込んだものをロイロノートにアップロードすることで、さまざまな生徒の提出物が一覧できる。

 

 

矢野教諭は、自らの授業実践をYouTubeで発信している。実際の授業で使える実験動画や、セミナーなど、さまざまなコンテンツをアップしている。【URL】https://www.youtube.com/c/yanotea/

 

矢野充博教諭のココがすごい!

□ 保護者の意見を尊重したうえで、1人1台のiPad導入を実現した
□ ARやVRなど最新テクノロジーを駆使した体感型授業を実践している
□ FacebookやYouTubeで自らの実践を積極的に発信し続けている