「私立じゃなくてもできる!」 ICTを推進する公立校教員の挑戦|MacFan

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「私立じゃなくてもできる!」 ICTを推進する公立校教員の挑戦

文●江田由衣三原菜央

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

ICTを活用して華々しい実践を繰り広げる学校の多くは、予算や環境面で恵まれている私立であることが多い。しかし、公立学校でのICT活用に意義を見出し、挑戦を続けているのが滋賀県守山市立明富中学校の中西一雄教諭だ。「ゼロからのスタート」だったと語る同教諭は、どのように道を切り拓いていったのだろうか。

 

 

ゼロを1に変えた助成金

「守山市教育委員会の教育研究所研究員としてICTを活用した実践授業を見学した際、ある学校で生徒が1人1台のiPadを使っているのを見て、衝撃を受けました。それ以来、目指すべき教育の姿が明確になったんです」

そう話すのは、2015年にADE(Apple Distinguished Educator)認定を受け、現在は滋賀県守山市立明富中学校で理科を受け持つ中西一雄教諭だ。初任校のときから授業におけるICTの有効性を感じてはいたものの、ICTは教員側が扱うもので、生徒自身がICTを活用して授業を行うという発想はなかったという。守山市の研究員として2年間勤務した後、明富中学校に赴任。そこから中西教諭の挑戦が始まった。

 「意気込みはあったものの、本当にゼロからのスタートでした。公立学校だったこともあり、予算面や環境整備の面など、難しい問題が山積みだったんです」まず取りかかったのは、タブレットを購入するための資金の調達だ。試行錯誤した末に辿り着いたのが、助成金の活用だった。初めて手にした助成金で、18台のiPadを購入。実際に、授業で生徒にiPadを渡してみた。

 「最初は写真や動画を撮るとか、書類に文字を書き込んで提出してもらうとか、簡単な操作から始めました。そこから、撮った写真を使ってプレゼンテーションをしたりと、どんどんステップアップしていきました」

iPadを活用した授業に手応えを感じた中西教諭は、さらに環境整備を進めるべく、次々と助成金の申請を行った。2020年度までに手にした助成金は総額約800万円。今では、理科室で1人1台iPadが使える環境が整っている。

 「助成金の申請は、誰にでもできます。予算面で苦しい公立学校にとっては、助成金の活用はICTを進めるうえで大きな手段のひとつではないでしょうか」

私立学校とは異なり、公立学校でICT教育を進めるには、環境面や予算面で困難が多い。それでも、ICTの活用で授業に風穴を開けたいという中西教諭の熱い思いが、助成金というひとつの突破口を見つけ出したのだった。

 

 

滋賀県守山市立明富中学校教諭。民間の研究助成金を元に、ICT環境整備が遅れている公立中学校で独自に1人1台iPad環境の整備に注力。学習者同士が協力し合い、教え合いながら学習を進めていく協同学習のひとつである「ジグソー法」を取り入れたアウトプット型理科授業に取り組んでいる。2015年ADE認定。信念は「環境のない公立でもやればできる」。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

ADE認定で得たサードプレイス

少しずつ校内や近隣校の先生たちにも変化が見られるようになった。中西教諭が授業でiPadを使う様子を見て、もっとICTの理解を深めたいという思いを持つ先生が増えていったのだ。そうした先生たちが有志で集まり、ICT活用研修を行うようになっていく。その研修会こそが、中西教諭がADEを取得するきっかけとなった。

「あるとき、研修会でiPadに関する講義を頼まれたんです。いろいろと調べている中でアップルの教育部門の方と知り合いになり、ADEの存在を知りました。すぐに応募して、2015年にADEに認定いただきました」

これまで公立校の中では先進的にICT活用を進めていると自負していた中西教諭にとって、ADEという新しい世界—サード・プレイスを得たことは、その後の教員人生に大きな影響を及ぼした。特に、他国の教育者も集まる「ADEインスティテュート」での最初の衝撃は、今でも忘れられないという。

「ICTの活用方法が本当に多様で、自分にはない視点を見つけることができました。世の中にはものすごい先生方がたくさんいて、もっともっと上を目指さなければと刺激を受けましたね」

学校内では他社のタブレットが導入されているが、中西教諭の理科室では今も1人1台のiPadで授業を進めている。それは、アップル製品には他社にはない魅力があると感じているからだ。

「アップルのデバイスは、基本的な操作さえ覚えたら、生徒たちが直感的にどんどん使っていくことができます。複雑さがなくて圧倒的に使いやすいので、生徒たちもどんどんのめり込んでいきます」

ICTの可能性を見出し、次々に新しい挑戦をしようとしても、横並びを気にする公立学校の組織文化によって、その挑戦が阻まれることも少なくない。それでも中西教諭は、公立学校でADEとしてICT活用を推し進める姿勢にこだわり続けている。

「ICTは、家庭環境や学習環境、認知能力にかかわらず、どの子にも平等にプラスの力を与えてくれるもの。それを証明していくのが、私の使命です」

 

アウトプット中心の授業へ

中西教諭の授業の中では、iPadを主にアウトプットのツールとして活用している。そして、そのアウトプットの方法は、スライドなのか動画なのか、生徒が自由に選択し、自由に表現できるようにしている。ベーシックスキルとしてキーノート(Keynote)やiMovieを教えつつも、生徒は自分が使いたいアプリを自由にダウンロードし、自分らしく表現することができる。

「授業の中で必ずアウトプットの機会を作っているので、生徒たちは学んだことを自分の言葉に変換します。そうすることで、学びのモチベーションが変わりました。iPadを取り入れたことによる一番の効果は、生徒たちの学習への参加度が上がったことだと思います」

中西教諭は中学1年生から3年生までの理科を教えているが、学年によってアウトプットとインプットのバランス配分を変えながら授業を進めているという。中学1年生であればインプットとアウトプットの割合を5対5に、2年生では4対6、3年生では3対7と、徐々にアウトプットの配分を多くするように授業設計をしている。これまで実験的に行った授業の中には、事前に各iPad内に授業の手順を動画や写真でまとめたブックを配信し、先生がいない状況で、iPadを見ながら生徒が自分で授業を進めていく、というものもあった。ICTの活用によって、授業自体が「180度変わった」ことを中西教諭自体が実感しているのだ。

中西教諭は今後、大学院の博士課程後期に進み、ICT活用における教育効果や子どもの変容を、心理学的視点から捉える研究を進めていきたいと考えている。

「現状に満足せずに進み続けるためにも、博士課程後期でまた新たな学びや気づきを得たいです。そしてこれからも、公立校でもこれだけやれているんだ、ということを発信し続けていきたいですね」

GIGAスクール構想の実現により、今後全国の公立小学校、中学校でICT環境が急速に整備されることとなる。公立校にこだわり、果敢に挑戦を続けていく中西教諭の姿が、多くの先生方の目に留まることを願ってやまない。

 

 

1991年に開校した守山市立明富中学校。学校教育目標「心豊かでたくましく人生を切り拓く生徒の育成」の実現をめざし、地域に根ざした教育の推進に取り組んでいる。

 

 

2015年にADEに認定された中西教諭。「ADEの集まりに参加してみたら、世の中にはとんでもない人がいると感じることができ、新しい目標ができた」と話してくれた。

 

 

中西教諭の授業は学年ごとにアウトプットとインプットの割合を変えており、この3年生を対象にした物理の探究型実験での割合は7対3で実施されたという。

 

 

生徒は自分が使いたいアプリを自由にダウンロードできるなど、アウトプットの方法はさまざまだ。中西教諭は、ベーシックスキルとしてKeynoteやiMovieの使い方を教えているという。

 

 

「地学分野の気象の移り変わり」の単元で、日本付近の天気の変化を、気象サイトから収集した天気図や衛生画像を用いてKeynoteでまとめ、解説している中学2年生。

 

中西一雄教諭のココがすごい!

□ 環境整備が難しいとされる公立校で、助成金を活用して自らICT環境を整備した
□ iPadを活用し、学習者主体のアウトプット型授業を設計している
□ 公立学校でICTを普及していくことにこだわり、挑戦し続けている