嫌いな教科第1位の数学を、ワクワクする内容に変える授業実践|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

嫌いな教科第1位の数学を、ワクワクする内容に変える授業実践

文●江田由衣三原菜央

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

社会人を経験し、広い世界を見てきたからこそ、数学をとおして伝えられることがある。東京成徳大学中学・高等学校の廣重求教諭は、異色の経歴を武器に、数学を多様な視点から見つめ続けている。校内でのiPad導入をきっかけに、自らの過去を強みに変えて、あらゆる授業実践に取り組む姿に迫った。

 

 

映画の世界から数学科教員へ

東京都北区にある東京成徳大学中学・高等学校で教鞭を執る廣重求教諭は、一風変わった経歴を持っている。数学科の教員でありながら、大学時代は社会工学を学び、在学中に建築事務所やシンクタンクで働きながら地域活性化活動にも参加。その活動が縁となり、卒業後は国際こども映画祭「KINDER FILM FESTIVAL(現:キネコ国際映画祭)」で働いていた過去がある。大手企業スポンサーや映像制作会社、映画監督や声優など、さまざまな人と関わり合いながら、映画の世界で生きてきた。

「映画祭の仕事はやりがいが大きい一方で、期間限定のイベントという側面がありました。それならば継続して子どもたちの成長に携わることのできる仕事に就きたいと思うようになり、教員を志すようになったんです」

縁あって東京成徳大学中学・高等学校で数学科教員になったのが、2008年の春。着任当初は、大学で数学を専門に学んできた先生方と肩を並べて働くことに負い目を感じていたという。

「大学で数学科の教員免許を取得していたものの、ブランクがあったので、当時は数学を学び直しながら授業に取り組む毎日。正直不安でしたね。それでも今は、多様な経験をしたからこそ数学をとおして伝えられることがあると思っています」

そんな廣重教諭の転機となったのが、授業でのiPad活用だ。同校では2015年に共用のiPadが導入され、準備期間を経て、2017年には生徒1人につき1台のiPadが配布された。2018年に中学1年生の担任となった廣重教諭は、この年にはじめてiPadを使った授業に取り組んだ。

「当時の私の携帯電話はガラケー。iPadはおろか、スマホすら触ったことがありませんでした。しかし、iPadとの出会いが私の教員人生を大きく変えていったのです」

 

廣重 求教諭

東京成徳大学中学・高等学校/数学科・教務部⻑。筑波大学(社会工学類)を卒業後、国際子ども映画祭「KINDER FILM FESTIVAL」の企画・運営を行い、2008 年より教員に。iPad 等のテクノロジーを積極的に活用し、生徒たちの創造力を引き出す授業に取り組む傍ら、教務部⻑として教員間での実践共有やスキルアップの研修を行っている。2019年Apple Distinguished Educator(ADE)認定。。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

好事例は積極的に学内外へ共有

廣重教諭がはじめて授業でiPadを活用したのは、学年全体で取り組んだ探究学習「身近な物と世界各国のつながりを調べよう」という実践だ。文化祭に向けて教科横断型で取り組んだ実践で、キーノート(Keynote)を使って生徒が伸び伸びと多様な表現で発表を行う姿を目の当たりにした。そしてこの頃、すでにADEに認定されていた同僚の影響で、廣重教諭もADEを目指すようになる。

「校内にADEの認定を受けた先生がいるという環境は、とても恵まれていたと思います。授業での実践をリアルタイムで見ることができ、相談も頻繁にしていました。また、その先生からのアドバイスもあり、授業をこまめに映像や写真で記録するようになりました」

ADEへ応募する際には、授業での取り組みをまとめた映像が必要になることがある。探究学習での授業の様子を写真や映像に記録しまとめる作業をとおして、少しずつ過去の自分の経験が今にも活かされているのを感じていた。

「授業での取り組みを動画にまとめながら、学校という場所でも映画の世界で培ったスキルや感性を活かすことができるんだと、点と点がつながり、線になっていくような感覚でした」

そうして廣重教諭がADEに認定されたのは、2019年のこと。オーストラリアで開催されたADEインスティテュート(研修・研究会)では、とにかく何でもトライしてみようと、初参加ながら発表者として英語でプレゼンテーションをする役割にも挑戦したという。

「世界中の先生と関わる中で、教育はこんなにも多様なんだと衝撃を受けました。これまでの自分の教育観とは別世界で、その世界観に圧倒されっぱなしでした」

世界中のADEとの交流をとおして視座が上がったことで、廣重教諭は授業以外の部分にも改革の手を伸ばすようになる。それが教員の働き方改革だ。自ら率先して必要な業務を取捨選択し、常に効率的にできないかを考えICTを活用。上手くいった事例は積極的に学内外へ共有するようにした。

「今まで教員という仕事はクローズドな世界で、孤独を感じることも多かったんです。でも、ADEインスティテュートでは皆で協力して進めていこう!という雰囲気を感じました。私の学校にはADEの先生が4人もいるので、多くの先生方と協力しあって、より良い環境を作っていきたいです」

 

数学は美しい

その後も、廣重教諭のiPadを活用した授業実践は進化し続けている。数学の授業で行った「教科書を作ろう!」では、iPad、アップルペンシル、キーノートを使って自分たちで数学の教科書をつくるという実践を行った。教科書の内容を書き写すことを禁止したり、教科書にない知識を載せたりするよう促すことで、生徒たちは自然と教科書を読んで内容を把握し、自分なりにアウトプットをして学びにつなげていく。数学が苦手な生徒が表現やデザインを工夫し、アニメーションを使うなど楽しみを見出し、生徒同士の自然な教え合いが生まれた。

また「身の回りに潜んでいるMATHを探そう!」という探究学習では、生徒の興味関心に沿ったテーマから身近に潜む数学を探し、1枚の絵や写真で表現するという実践を行った。すると、シマウマの縞模様やクラシックバレエ、伊能忠敬の地図測量など、想像を超える面白い視点からの作品が提出された。

 「iPadを使って授業をするときに意識しているのは、生徒がただアプリで勉強ゲームを楽しむような消費者にならないようにすること。iPadを活用し自分たちで感じ、考え、創り上げる楽しさを見出すことで、自主的に学ぶようになると思っています」

数学は教科の性質上、ICTの導入が一番遅れている教科とも言われている。基本的に問題を解くことがメインになるため、紙とペンさえあれば良いと考える人も少なくない。

「“Math is Beautiful(数学は美しい)”という言葉をよく使うんですが、生徒たちにはICTを使って数学の美しさや多様性に触れてほしいですね。そうすることで、数学に苦手意識を持っている子どもたちにも数学の魅力を伝えられると思っています」

社会工学的に考える視点や映画祭の仕事に携わってきた経歴など、教員をするうえでは役に立たないと思っていた過去。それがICTと出会いADEの認定を受けたことで、やっと自分の強みだと感じられたと話す廣重教諭。それを武器にして、これからも数学の美しさをたくさんの生徒に伝えていくことだろう。

 

 

「教科書を作ろう!」での生徒たちの作品。主体的に創作するだけでなく、理解したことを生徒同士で教え合う雰囲気が根付き、テストの成績も向上した。

 

 

「身の回りに潜むMATHを探そう!」での生徒たちの作品。生徒一人一人がそれぞれのテーマを見つけ、探究する難しさがあったが、斬新な視点、多様な表現が生まれた。

 

 

生徒たちは夏休みの長期休暇中、教室の枠を超えて、世界中に広がる豊かな数学の世界を体験し感じることを目的に、各自で課題に取り組んだ。上記は「数学の世界観を広げよう、深めよう」というテーマで、掲示板ツール「Padlet」上に投稿された生徒たちの課題の一部である。。

 

 

廣重教諭は自身の数学の授業において、頭の中で数式や図形を動かすイメージをアニメーションや音楽を用いた動画で見せるようにしている。紙とペン、黒板よりもICTを使ったほうが格段に理解しやすいという。

 

 

廣重教諭はICTを活用して上手くいった実践を積極的に学内外で共有している。以前は対面での研修を企画していたが、コロナ禍ではYouTubeやオンライン研修会などを活用している。

 

廣重求教諭のココがすごい!

□ 数学でiPadを活用し、創造力を引き出す授業に取り組んでいる
□ 教育実践や働き方改善に役立つ事例を積極的に学内外へ共有している
□ さまざまなアイデアで教科の枠を越えて探究的で多様な学びを実現している